ここ10年のボールペン、特にゲルインクボールペンの進化というのは、基本的に「インクの発色クッキリ!」に焦点を当てたものだったと思う。ブラックはより黒々と黒く、イエローやピンクなどの淡めカラーですら筆記色として使えるほどにクッキリするなど、とにかく視認性・可読性の良さが主戦場となっていたのである。
もちろん、それに関してなにか文句があるわけじゃない。むしろ「読みやすいクッキリしたインクをありがとう!」なのだ。しかし、こちらも生来のへそ曲がりをこじらせて、もう一ひねり入れたいタイプである。「本当に読みやすいだけでいいの? 読みにくいインクは駄目なの?」と言いたいときだってある。だってもしかしたら、その読みにくさの先に、なにか新しい地平が開けているかもしれないじゃないか。
ゼブラ
サラサナノ スモークカラー
0.3mm径・全4色(左から:スモークピンク・スモークカーキ・スモークブルー・スモークオーカー)
各200円(税別)
サラサナノの新色は読み取りにくい「ひみつ色」インク!
そんなねじくれた独り言を聞いてくれたわけはあるまいが、ゼブラ「サラサナノ」シリーズから3月に数量限定で発売された「スモークカラー」は、視認性の悪さ・読みづらさを活かした「ひみつ色インク」なのだと言う。ところで、自分で言っておいてなんだが、「読みづらさを活かす」ってどういうことなのだろうか?
その特徴を解説する前に、あらためて従来の「サラサナノ」についておさらいしておこう。2021年に発売された「サラサナノ」は、ゲルインクの0.3mm径という極細芯ながら引っかかり無く筆記ができる、というボールペンである。これは軸後端に搭載した「うるふわクッション」というサスペンション機構によるもので、紙表面の微細な凹凸に足を取られないため、サラッと気持ちよく書けるという仕組みだ。
リフィル自体は従来からある「サラサクリップ」0.3mm径リフィルと共通ということもあって、ローンチ時点でカラーラインアップが全32色という超大ボリュームだったのも、魅力のひとつである。今回は、さらに限定カラーが4色追加されたということだが、実はこの新色がクセ者なのだ。……ということで、「サラサナノ スモークカラー」の新色がとにかく視認性めちゃ悪インクである、という話に戻ろう。
新色はスモークピンク・スモークカーキ・スモークブルー・スモークオーカーの4色。つまりは、ここ最近のトレンドカラーであるスモーキーなくすみ色なのだが、その淡さがちょっと尋常ではないのである。どれぐらいかというと、手帳やノートに使っても、書いてる本人にギリで見える程度。横から覗き込んで読み取るのは、ほぼ不可能というレベルだ。
スモークピンクやブルー辺りはまだ視認できなくもないが、スモークオーカーに至っては書いた本人ですら確認することがやや危ういぐらいである。そんなの商品化していいのか? と心配になるかもしれないが、大丈夫。だって、「読み取りづらさ」こそが「スモークカラー」の正しい機能なのだから。
例えば手帳にプライベートな予定やコメントを書き込む場合、それは基本的に他人に見られたくないものだろう。万が一にも上司や同僚なんかに覗き見られて「おっ、土曜日はデートか?」などニヤニヤしながら言われたりしたら、たまったものではない。そこで、見られてしまう前にあらかじめ自衛しておくのもありじゃない? というのが、この読みづらいスモークカラーの価値というわけだ。
そもそも0.3mm径というだけで可読性はやや落ちるのだが、そこに淡発色インクの組み合わせというのはかなりハードな代物だ。若い人の網膜ならまだしも、ピントが合いにくくなったアラフォー、アラフィフ世代の視力では実に視認しづらい。若い人にだけ聞こえるモスキート音ならぬ、モスキートカラーと言えそうな発色だ。
なにより、ゲルインクに過剰なまでのクッキリさが求められているこの時代に、あえて激淡インクを投入してきたというゼブラのチャレンジ魂には、本当に頭が下がる思いである。
実用性うんぬんよりも、こんな面白いインク買わないと損でしょ? という意味で、ぜひオススメしておきたい。少なくとも文房具好きなら必携で間違いなしだ。