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2020/3/15 18:54

海と楽しいキャラクターが迎える「ごめん・なはり線」――心ときめく12の秘密

おもしろローカル線の旅63 〜〜土佐くろしお鉄道・阿佐線(高知県)〜〜

 

高知県内を走る土佐くろしお鉄道・阿佐線。ごめん・なはり線という愛称で呼ばれている。その名称のとおり後免駅と奈半利駅の間を結ぶ路線である。

 

列車からは土佐湾の美しい海景色が楽しめる。そして高知出身の漫画家やなせたかしさんが描いたキャラクターが駅で出迎える。沿線に人気プロ野球球団のキャンプ地もある。今回はごめん・なはり線で、心ときめく旅を楽しんだ。

 

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↑土讃線との接続駅、後免駅と奈半利駅を結ぶ「ごめん・なはり線」。使われる車両はすべて9640形気動車だ

 

 

【ごめん・なはり線の秘密①】四国縦貫鉄道が路線計画の始まり

初めに、ごめん・なはり線の概要を見ておきたい。

路線と距離土佐くろしお鉄道・阿佐線/後免駅〜奈半利駅42.7km *全線単線・非電化
開業2002(平成14)年7月1日、後免駅〜奈半利駅間が開業
駅数20駅(起終点駅を含む)

 

土佐くろしお鉄道は第三セクター方式で路線を運営する高知県の鉄道事業者だ。高知県の南東部を走るごめん・なはり線のほか、南西部を走る、中村線(43.0km)と宿毛線(すくもせん/23.6km)の路線を運営し、列車を走らせている。

 

ごめん・なはり線が開通したのは今から18年前と比較的新しい。だが、開業まで困難な歴史を秘めていた。次に路線誕生の経緯を見ていこう。

 

路線が計画されたのは、今から100年近く前の1922(大正11)年4月こと。「四国縦貫鉄道構想」という計画が始まりだった。この時に阿佐線の計画が持ち上がった。高知から徳島まで海に沿って鉄道線を通す壮大な計画だった。

 

 

【ごめん・なはり線の秘密②】四半世紀に渡り鉄道空白地帯だった

「四国縦貫鉄道構想」が発表されたすぐあとに、後免駅と安芸駅との間を結ぶ高知鉄道安芸線(あきせん/26.8km)が開業した。全線の開業日は1930(昭和5)年4月1日のことだった。

 

その後、路線は土佐電気鉄道(現・とさでん交通)安芸線となる。同路線は当時の国鉄在来線と同じ軌間幅(1067mm)で後免駅から高知駅への列車の乗り入れもしていた。

 

太平洋戦争後には全線電化された。ところが、1974(昭和49)年春に廃止されてしまう。廃止の理由は赤字増大のためだった。ちょうど1965(昭和40)年の春から国鉄阿佐線の建設が本格的に進められていた。もともと利用者が少ない地域に複数の鉄道路線はいらない。土佐電気鉄道では早めに見切りをつけて用地を売却、赤字の解消を目指したというわけである。

↑後免駅〜安芸駅間には1974年まで土佐電気鉄道安芸線の電車が走っていた。ごめん・なはり線はその一部用地を利用している(写真は穴内駅)

 

ところが、1981(昭和56)年暮れに国鉄阿佐線の工事が凍結されてしまう。当時の国鉄は赤字が増大し、経営再建を模索していた。黒字化が難しい新線造りは避けたいところだった。すでに18.9km(全区間の約44%)の工事が完了していたのにである。

 

その後、国鉄民営化と同時期の1986(昭和61)年に土佐くろしお鉄道株式会社が創立された。この会社発足とともに、ようやく阿佐線の新線造りが見直されることになった。1987(昭和62)年春から工事が再開された。そして2002(平成14)年に後免駅〜奈半利駅間の路線が開業したのである。

 

安芸線が廃止されてからすでに28年の時ががたっていた。高知県南東部の鉄道空白地帯に四半世紀の時を経てようやく鉄道路線が復活したのである。

【ごめん・なはり線の秘密③】車両は9640形。読みはくろしお

ここでごめん・なはり線を走る車両の紹介をしておこう。ごめん・なはり線の車両はすべてが9640形だ。「9640」は「くろしお」と読む。土佐くろしお鉄道という会社名に合わせているのである。

 

車両は全長20m。ステンレス製の車体を持ち、JR四国の1000形気動車と連結して運転ができる構造となっている。座席は大半の車両がセミクロスシート仕様だ。使われる10両のうち、2両が特別仕様車で、9640形1S・9640形2Sという車両番号となっている。この車両、国内でここのみという形をしている。どのような車両なのか、次に見ていきたい。

↑通常の列車に使われる9640(くろしお)形。車両の長さ20mで1両もしくは2両編成で運行される

 

 

【ごめん・なはり線の秘密④】ぜひ乗りたいオープンデッキ車両

特別仕様の9640形1Sと9640形2Sには海側(南側)にオープンデッキがある。オープンデッキには手すりがあるものの、ガラス窓が付かない。デッキに出ればトロッコ客車のように吹く風を直に感じることができる。車両は左右非対称のちょっと不思議なスタイルである。

 

同車両は時刻表に運行時刻が掲載されている。オープンデッキ付き車両は主に「しんたろう号」、「やたろう号」という列車名で運行されている。ごめん・なはり線内(JR線内の利用は不可)では、オープンデッキに出ることができ、その魅力が楽しめる。他社には無い車両だけに一度は体験してみたい車両だ。

↑太平洋を泳ぐクジラをモチーフにして生まれた青いボディの9600形1S。海側にオープンデッキが設けられる

 

↑海側に設けられたオープンデッキ。展望デッキとも呼ばれるようにドアを開け一歩外にでれば、土佐湾のパノラマが楽しめる

 

↑9600形1Sの車内。2人用の転換クロスシートに加えて、車内の通路沿いには折り畳み式の補助椅子を備える

 

【ごめん・なはり線の秘密⑤】各駅のキャラクターに注目したい!

筆者はごめん・なはり線に乗車するために起点の後免駅へ向かった。後免駅の改札口を入り0番、1番ホームへ向かう。そこでかわいらしいキャラクターに出会った。

 

キャラクターの名前は「ごめん えきお君」。駅員をモチーフにしたキャラクターだ。ごめん・なはり線の全駅には、こうした駅独自のキャラクターが、駅の構内や入口などに立つ。

↑JR土讃線との接続駅、後免駅。駅舎には駅名がひらがなで表記されていた。キャラクターは0番線・1番線ホームの西側に立つ

 

キャラクターを描いたのは故やなせたかしさんだ。アンパンマンの作者で知られるやなせさん。生まれは東京ながら、父母の故郷、高知県香美市香北町(かみしかほくちょう)へ移り住み育った。東京へ出た後も故郷への思いが強く、四国そして高知の鉄道会社へ自らの素材を複数提供している。具体的な列車の例としてはJR四国の「アンパンマン列車」であり、「瀬戸大橋アンパンマントロッコ」だ。

 

やなせ氏の出身地のそばを走るごめん・なはり線。やなせさんが描いた駅のキャラクターたちは、その名前も興味深い。

 

後免町駅は「ごめん まちこさん」。隣の立田駅(たてだえき)は「たてだ そらこちゃん」といった具合。「たてだ そらこちゃん」は近くに高知龍馬空港があることから、この名前になったそうだ。こうしたキャラクターのいわれをたどる旅もおもしろい。

↑後免駅の次の駅、後免町駅。駅前に「ごめん まちこさん」が立つ。同駅はとさでん交通の後免町駅停留場にも近く乗換に便利だ

【ごめん・なはり線の秘密⑥】あかおか駅に全キャラクターが揃う

筆者は全線を乗車し、往復するとともに、後日には全駅を巡り全キャラクターと出会いに訪れた。20駅あるので、全駅巡りはなかなかハードだった。

 

もし、多くのキャラクターを出会いたいと思う方には、あかおか駅で下車することをおすすめしたい。同駅の高架下にはキャラクター広場が設けられ、ここにやなせさんが生み出した各駅のキャラクターが納められる。駅以外のキャラクターも何体かある。やなせファン必見の駅といって良いだろう。

↑あかおか駅の高架下に設けられたキャラクター広場。20駅のキャラクターが勢揃い。さらに地元・赤岡のキャラクターも飾られる

 

本稿では、主要駅のキャラクターの紹介とともに、全駅のキャラクターを2枚の写真にまとめてみた。それぞれ味わい深い顔立ちをしている。

 

20ある駅の中で興味深かったのは田野駅のキャラクターは「田野 いしん君」。幕末に高知で活躍した土佐勤王党の二十三士(田野町の「二十三士公園」で処刑された)をモチーフにしている。キャラクター作りには、沿線の歴史にもしっかりと目を向けているわけである。

↑立田駅から和食駅までのキャラクター。みなキャラクターの名前にさりげなく駅名が織り込まれている

 

↑こちらは赤野駅から田野駅まで。各駅のキャラクターはホームページ「ゴトゴトweb」に解説があるので参考にしていただきたい

 

ちなみに沿線出身の偉人も多い。たとえば三菱財閥の創業者、岩崎弥太郎は安芸駅の北3kmの場所に生家がある。坂本龍馬とともに薩長同盟に奔走した中岡慎太郎は、田野駅がある田野町に隣接する北川村の出身だ。前述したごめん・なはり線を走る「しんたろう号」「やたろう号」という列車名は、この2人の偉人の名を元にしている。

 

 

【ごめん・なはり線の秘密⑦】踏切が少なめの高架構造の路線

ここからは路線の案内に話を進めたい。

 

ごめん・なはり線の起点は後免駅。列車の半分以上はJR高知駅までの乗入れ列車で便利だ。ちなみに起点の後免駅から奈半利駅までの片道運賃は1080円。往復する時には乗り放題のフリーきっぷ1670円を利用すればお得だ。なおJR線内の高知駅〜後免駅間では、フリーきっぷが利用できない。

 

起点の後免駅からすぐに高架区間へ入る。南国市の市街を眼下に眺め、次の後免町駅に到着する。この駅は、とさでん交通後免線の後免町停車場に隣接しており乗換に便利だ。後免町駅とすぎると、郊外の印象がより強くなる。

 

ごめん・なはり線は踏切が少なめの高架線構造の区間が大半を占める。踏切はごく一部にあるのみだ。そうした構造を活かし、最高時速は110kmと速めだ。沿線にはビルが少なく高架上を走る左右どちらの窓からも景色が楽しめる。これが同路線の大きな魅力となっているといって良いだろう。

↑後免駅からすぐに高架区間を走る。ちょうど黄色に黒ストライプの阪神タイガース応援列車が後免町駅付近を通過した

 

 

【ごめん・なはり線の秘密⑧】あかおか駅から海景色が素晴らしく

物部川橋梁を渡ると香南市(こうなんし)へ入る。のいち駅は香南市の玄関口だ。駅近くにお店もあり賑やかだ。この先、周辺に田畑が多くなる。次のよしかわ駅を発車後、しばらくすると、土佐湾が見えてくる。赤岡漁港を眼下に眺めつつ、あかおか駅に到着する。この駅は前述したように高架下に全駅のキャラクターを納めたキャラクター広場がある。

 

このあかおか駅からはトンネル区間を除き、ほぼ土佐湾沿いに走り始める。あかおか駅から先、西分駅(にしぶんえき)から赤野駅付近までは、とくに海の眺めが素晴らしい。もしオープンデッキ車両に乗車したならば、ぜひデッキに出て、土佐湾の展望と、潮風を体感していただきたい。

↑赤野駅〜穴内駅間の旧安芸線跡を活かしたサイクリングロードからの撮影。空気が澄んでいる日には遠く高知県西南部も望める

 

↑夕方にごめん・なはり線に乗車すれば車内から土佐湾越しに沈む夕陽を楽しむことができる

【ごめん・なはり線の秘密⑨】安芸といえば阪神ファンの聖地!

土佐湾を眺めるうち、穴内駅(あなないえき)から安芸市へ入る。安芸市と聞けば、プロ野球好きの方の中にはわくわくする思いを抱く方も多いかと。筆者もそんな中の1人だ。このローカル線の旅も、安芸に立ち寄りたい目的もあった。

 

安芸駅のひとつ手前、球場前駅の目の前に安芸市営球場がある。この球場の愛称は「安芸タイガース球場」だ。この愛称どおり阪神タイガースとの縁が深い。ごめん・なはり線が開業する前の、土佐電気鉄道安芸線が走っていた1965(昭和40)年度から阪神球団のキャンプが行われてきた。今も若手中心の秋季キャンプ、そして2軍の春季キャンプにこの球場が使われている。

 

高架駅を降りると、目の前に安芸ドーム(屋内練習場)がある。メイングラウンドはドームの裏手だ。取り囲むスタンドにはおもに女性ファンが多く集まり、熱心にグラウンドに目を向けていた。

↑球場前駅が安芸市営球場の最寄り駅。駅のキャラクターは「球場 ボール君」。駅前のトラ仕様の自販機には思わず笑ってしまった

 

筆者が訪れたのは秋。時間に余裕がなかったため小一時間で引き上げたが、穏やかな空気が球場を覆っていた。もっと過激に若手を鍛えるシーンが出会えるのかと思ったが、これで大丈夫なのだろうか? とちょっと不安にかられた。

↑安芸市営球場のメイングラウンド。秋の安芸キャンプには多くのファンが集い、にぎわっていた

 

 

【ごめん・なはり線の秘密⑩】車庫がある安芸駅構内が気になる

さて球場前駅から次の駅、安芸駅を目指す。後免駅から安芸駅までは約40分の距離だ。安芸駅は沿線で最も賑わいが感じられる。この駅止まりの列車も多い。奈半利行の列車の乗客も、多くがこの駅で下車してしまった。

 

鉄道ファンにとって、安芸駅は気になる駅だ。駅構内に検車区があり、留置線には出番を待つ車両が多くとまる。一般塗装の9640形以外に、「てのひらを太陽に号(9640形10)」「モネの庭号(9640形5)」や、オープンデッキ付きの車両9640形S2が停車していた。

↑薄緑色のオープンデッキ車両は9640形2S(左)。車体には魚や野菜などのイラストが描かれる。右は9640形の一般車輌

 

安芸駅の次の駅、伊尾木駅は同線では珍しい地上部分を走る。この伊尾木駅の裏手には頑丈な造りのタワーが立っていた。このタワーは「避難タワー」と呼ばれる施設だ。太平洋に面した高知県は、南海トラフ地震による津波の被害が予想されている。高台にある施設と共に、こうした巨大な避難用にタワーを設けていざという時に備えているわけだ。

↑伊尾木駅の北側にある「津波避難タワー10号」。収容人数は160人と多い。沿線には複数の津波避難タワーが設けられている

 

【ごめん・なはり線の秘密⑪】駅ホームにある海抜表示の意味は?

沿線にはもしもの津波が発生した時に備えて、避難タワーをはじめ津波用の施設が多く用意されている。

 

安芸市の資料によると、ごめん・なはり線の駅も緊急避難所に指定されていた。たとえば穴内駅ホーム、ここは収容人数190人とある。球場駅前ホームは収容96人、下山駅ホームは収容190人となっていた。もしもの災害にはこのように複数の駅が緊急避難所として使われる予定になっている。

 

このあたり太平洋に面した高知県の沿岸部ならではの備えと言って良いだろう。

 

唐浜駅(とうのはまえき)から列車は安田町へ入る。次の安田駅と安田町内の駅が続く。田野駅は田野町、奈半利駅は奈半利町とそれぞれ町の玄関口となる。安芸駅ほどの賑わいはなかったものの、駅前はしっかり整備されていた。

↑ごめん・なはり線の終点・奈半利駅。キャラクターは「なは りこちゃん」だ。駅前から室戸方面や安芸駅へのバスが出ている

 

起点の後免駅から通して乗れば、約1時間前後で終点の奈半利駅に到着する。奈半利駅は高架上の駅で、ホームには高さ海抜12.9mとあった。ホームに掲示された案内には「津波浸水予測では浸水しない地点ですが、注意して下さい」とある。この奈半利駅ホームも、同線の他の高架上の駅と同じく、緊急避難場所に指定されていた。

↑奈半利駅のホームにあるホームの高さを示す表示。加えて避難場所であることを示す案内が掲示される。こうした表示が沿線各所で見受けられた

 

 

【ごめん・なはり線の秘密⑫】徳島方面へ行く公共交通機関は?

奈半利駅は高架上にある駅だが、線路はその先、ぷっつりと途切れている。駅の先、遠洋漁業の基地として知られる室戸市がある。当初計画された国鉄の阿佐線は海沿いを走り室戸へ。そして阿佐海岸鉄道の甲浦駅(かんのうらえき)まで線路が結ばれる計画だった。

 

現在、奈半利駅と室戸、室戸の先、甲浦駅の間は高知東部バスによって結ばれている。両駅間の距離は約70km弱あり、バスで約1時間50分かかる。

↑奈半利駅前からは高知東部バスの利用が可能。室戸や阿佐海岸鉄道の甲浦駅へ向かうバス便もある。お遍路ツアーで利用する人も多い

 

国鉄阿佐線により、ごめん・なはり線の奈半利駅と結ばれる予定だった阿佐海岸鉄道の甲浦駅。この駅は、高知県の最東端にある駅だ。高知県内の駅とは言うものの、徳島県との県境がすぐ間近にある。鉄道の利用ならば徳島県の県庁がある徳島駅に向かうほうがはるかに便利だ。

 

阿佐海岸鉄道では、現在DMV(デュアルモードビークル)という、バスとしても運行できる鉄道車両の導入を進めている。まだ正式な導入日は発表されていない。導入後は同鉄道の路線を走り、終点の甲浦駅に設けられたアプローチ道路を降りて、路線バスのように道路上を走る。現在の予定では週末に、室戸市内まで足を延ばす案も計画されている。

 

このDMVが好調で利用者が増えれば、車両の増備が可能となりそうだ。となれば将来は奈半利駅まで足を延ばす希望も見えてくる。沿岸を巡る予定で計画された国鉄の阿佐線。先人たち100年前に描いた夢は、DMVという姿に形を変えて、実現する可能性を秘めている。

 

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