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2023/4/7 10:45

新潟の地場企業がなぜ?「重機の世界大会」に2大会連続で決勝進出した田中産業の技術の源

建設機械世界大手のキャタピラー社が主催する重機オペレータの世界大会「キャタピラー グローバル オペレータ チャレンジ」というものがある。世界各国から5000人以上が参加し、重機の腕を競うというものだ。2022/2023大会は、3月14日にラスベガスで決勝戦が開催され、9名のオペレータがテクニックを競い合った。

 

実は、その大会に2回連続で出場している日本企業がある。新潟県上越市を中心に総合建設業を営む田中産業だ。設備や実績が充実した大手のゼネコンではなく、地場の企業が世界を相手に技術力を披露できるのはなぜか? 前回の記事では、世界大会に出場した今井雅人さんの超絶スキルを紹介したが、本稿ではその理由に迫っていきたい。

 

↑新潟県上越市にある田中産業の本社

 

重機200台保有は国内トップクラス

田中産業のルーツは1961年。創業者である田中利之氏が田中産業を法人化し、土木、重機施工などの技術力を活かしガス田の開発に着手。その後、新潟県を代表するゼネコンとして地元のインフラ整備を担う企業へと成長を遂げている。

 

同社は創業以来、「地域社会に貢献する」を会社の理念に掲げ、建築、土木・舗装、骨材生産、農業の4事業を柱として地元に根付いた企業として社会貢献を果たす。直近では上越と魚沼を結ぶ新たな地域高規格道路、通称『上沼道』の工事にも多数関わっている。なお、この道路は「命の道路」とも呼ばれ、孤立している山間地と都心部を繋ぐ重要な役割を担う。また、関越自動車道へもアクセスできる道路としても注目を集めている。

 

田中産業が特徴的なのは、キャタピラー社との協力により200機もの重機を自社で保有する点だ。これは国内トップクラスの台数だという。拠点となる上越市は豪雪地帯ということもあり、特に除雪車に関しては70台を保有。冬季には総延長150kmに及ぶ除雪作業を行っている。

 

↑田中産業が保有する重機の一部

 

保有する重機の台数が多ければ多いほど、各種管理やメンテナンス費用、それに伴う人件費が嵩んでいく。なぜ200機もの重機を保有するのかという問いに対して、田中産業の回答は極めてシンプルだ。

 

「自社で重機を所有することで万が一の場合にはすぐに駆けつけ、人々の安全を守ることができるからです」(常務取締役 田中朗之氏)。

 

↑田中産業 常務取締役 田中朗之氏。同氏は「キャタピラー グローバル オペレータ チャレンジ」の応援団長でもある

 

社会的な役割を担い、地域に貢献するーー実直な企業姿勢が伝わってくるが、この「重機を数多く保有していること」が世界に対峙できるテクニックを産み出すきっかけにもなっている。

 

数ミリ単位の操作精度を磨く

多数の重機を所有していても、それらを迅速かつ正確に操作できなければ宝の持ち腐れだ。そのため、同社ではオペレータの育成にも力を注ぐ。今回の「キャタピラー グローバル オペレータ チャレンジ2022/2023」への参加も、その取り組みのひとつという位置付けだ。

↑キャタピラージャパンのサイトより

 

同社が使用するキャタピラー社の重機はGPSとの連動による情報化システム「ICT」を搭載し、機械管理から施工管理、生産管理、安全管理の一元化を可能とする。モニター画面を確認することで重機からオペレータが降りて状況を目視することもなくなり、安全に作業を進めることができるのだ。

 

ただし、重機を操るのはあくまでも「人間」であり、施工の品質を向上させるには高度な操縦テクニックを持つオペレータが不可欠。同社では重機のスキル講習を継続的に行っているほか、業務時間外でも実践的な操作が行える仕組みを設けている。今回、世界大会に出場したICT施工部 部長 今井雅人さんも、通常業務後に重機に触れる時間をなるべく多く作り、スキルを磨くことがルーティンになっているという。

 

また、上越ならではの事情も田中産業のオペレータの操作技術向上に寄与している。

 

「新潟県の上越地区は地盤が軟弱で、粘土質という土質の影響もあり重機の操作には独特の難しさがあります。また、冬は積雪の影響を受けてしまうため、工事ができる期間が短くなる。短い工事期間に効率良く作業を進め、工期を短縮できるかはオペレータの裁量にかかってくるので責任は重大です」(ICT施工部 部長 今井雅人さん)

 

↑世界大会前にメディア向けに開催されたデモンストレーションの様子。移動式クレーンでポールを筒に差し込んでいる様子でミリ単位の精度が要求される

 

こうした日々の積み重ねと地域特性によって、2人のアジアチャンピオンを生み出し、2大会連続の世界大会の進出を実現。日本の技術力の高さを世界に知らしめたのである。

 

毎月コシヒカリ10kgを支給

田中産業でユニークな点がもうひとつある。手当のひとつとして、毎月コシヒカリ10kgを支給しているのだ。米どころの新潟を考えれば突飛な手当でもないが、その大元となる農業の取り組み方は本格的だ。

 

今年度の作付面積は約300ヘクタールで、世界基準の農業認証であるGLOBAL G.A.P.を取得。また、自動運転トラクター、営農支援アプリ、衛星データを活用した育成状況の確認なども積極的に導入し、スマート農業にチャレンジしている。

 

新潟県、上越市は農家の高齢化や米価格の下落、肥料や燃料の高騰を受け、廃業する農家も少なくないのが現実だ。その状況を打破するために廃業を決めた農地を譲り受け、新たな農業の指標として基幹産業を守っている。「米どころとしての誇り」を守ることが地域貢献となり、第一次産業における大きな可能性を生み出すことは間違いない。

 

なお、世界大会「キャタピラー グローバル オペレータ チャレンジ2022/2023」の結果は残念ながら優勝にはならなかった。しかし、地元に根付いた企業活動から研鑽される技術で、次回以降の優勝に期待したい。