ロックダウン再発動の懸念はあるものの、新学年がスタートし、職場に復帰する人も増え始めたニューノーマル時代のイギリス。屋内の映画館にはまだ行きたくないけれど、シネマ体験は楽しみたいという人も少なからずいるように思います。そういった人たちの気持ちに応えて、ロンドンの中心地にボートに乗って映画を楽しむドライブインならぬ「フロートイン(float in)」シネマが登場しました。3密を回避したユニークな取り組みを紹介しましょう。
ロックダウン規制により、イギリスでは2020年前半まで屋内のエンターテインメント施設が軒並み閉まっていました。その後、夏には公園を会場にしたピクニック風の野外シネマやドライブイン・シネマなど、屋外でリラックスして楽しめるエンターテインメントが人気に。最近では9月にオープンした運河ボートに乗って映画鑑賞を楽しむフロートインシネマが話題になっています。
国内初となるフロートインシネマはロンドンのドライブイン・シネマを運営するOpenaireが主催するもので、運河ボートの会社と提携した期間限定の催し。6〜8人程度のグループでボートを貸し切り映画鑑賞できるというユニークなサービスで、ほかの観客とは距離が離れているのでソーシャルディスタンス対策もクリアしています。ボート一艇の価格は200〜250ポンドですが、運河沿いに並べられたデッキチェア席を予約することができ、こちらは一台につき15ポンドとボートに比べてお得な価格になっています。
上映されるのは「トイ・ストーリー」や「ライオン・キング」「アナと雪の女王」といったファミリー向けの名作をはじめ、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」「アリー/スター誕生」など友人やデートで楽しみたい厳選された話題作です。イギリスのミュージシャン・エルトン・ジョンの半生を描く「ロケットマン」や、ロックバンド・クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーに焦点を当てた「ボヘミアン・ラプソディー」など、観客が映画のヒットナンバーに合わせて一斉に歌うカラオケ・ナイト風のイベントも行われます。
会場となるのはパディントン地区にある、リージェンツ運河の一角マーチャント・スクエア。この運河は産業革命のころに作られ、鉄道や自動車による交通路が発展していなかった時代に物資輸送の要となっていました。現在は観光ボートが行き交い、カフェやレストランが並ぶロンドン市民の憩いのエリアです。いつもは散歩やジョギング、サイクリングなどを楽しむ人たちで賑わっています。
フロートインのゲストはボートが係留されているリトルベニスで乗船し、シネマ会場までの短い距離を自分で操縦することができるという、ちょっと特別な体験が付いています。チェックイン時に消毒済みのワイヤレスヘッドフォンが手渡され、6×3メートルの巨大LEDスクリーンを観ながら高品質のオーディオで映画を鑑賞することができます。
メニューのQRコードをスキャンすると、ボートに乗ったままポップコーンやドリンク、アイスクリームなどスナックのオーダーができます。またリトルベニスという地名にちなんで、ラビオリが美味しいと評判のイタリアンレストラン「RaviOllie」 のポップアップ店も登場。こちらもボートやデッキチェア席からオーダーし、できたてのイタリア料理が席までデリバリーされる仕組みになっています。
逆境こそ面白い
屋外プールを会場にしたシネマイベントは過去にありましたが、ボートに乗って観るシネマはイギリスでは初めてとされています。運河網が発達したオランダのアムステルダムでは、夏になると運河フェスティバルが開催され水上コンサートが行われますが、今回の水上シネマもこれにヒントを得たのかもしれません。
空気の流れがよく、ソーシャルディスタンスを確保できるという点で、小型ボートという座席は理想的でしょう。新型コロナの状況にもよりますが、夜間は使われない場所を利用してイベントを催すなど、ソーシャルディスタンスを守ったうえで新たな娯楽を提供する試みは今後増えていく可能性があります。
しかし、コロナ第2波への備えを考えると、課題はこれからのシーズンだといえます。屋外に場所を移せた夏とは異なり、気温がぐっと下がる今後の時期に屋内で3密状態を防ぐことはなかなか困難です。第2波への対策として、冠婚葬祭やスポーツチームをのぞき、屋内外で7人以上のグループが集まることを禁止する「ルール・オブ・シックス(Rule of 6)」と呼ばれる規制も新たに導入されましたが、先行きはまだ分らない状態です。
イギリスではハロウィーンの夜の外出イベントも自粛傾向にあり、子どもがいる家庭だけでなく若い世代も含め、自宅での小さな集まりを楽しむプランに切り替える人が増えています。ただ、劇場や映画館、コンサートなど、大勢の人とともに体験できるエンターテイメントには、自宅では得られない楽しみがあるといえるでしょう。ステイホームばかりでは、やはり飽きがきてしまいます。
このまま新型コロナの感染を抑えることができ、雨や防寒対策を工夫することが可能になれば、屋外でも意外な場所を利用したさまざまな試みが可能になるかもしれません。ソーシャルディスタンスを守らなくてはならないからこそ、ユニークなイベントが生まれるチャンスがあるのではないでしょうか?
執筆者/ネモ・ロバーツ