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2023/4/5 18:30

装着期間、感染リスク、ストレスが減少! 乳がん患者の悩みに寄り添うドレーン機器「SOMAVAC SVS」に全米が注目

日本を含め世界中で増加している乳がん。近年、米国では手術後の患者さんが身につけるドレーン機器(創傷部に溜まった液などの排出に用いる排液管)に新製品が登場し、注目を集めています。「SOMAVAC SVS」と呼ばれるこの機器は、感染症のリスクを軽減することが特徴の一つですが、魅力はそれだけではありません。SOMAVAC社CTO(最高技術責任者)のジョシュア・ハーウィグ氏が3DEXPERIENCE World 2023で同製品について語りました。

↑衣服の下で目立たずに装着できる「SOMAVAC SVS」

 

乳がん手術の問題点

SOMAVAC SVSは、乳房の切除や再建、ヘルニア修復など複雑な整形外科手術の術後に、体内にたまった血液や体液をスムーズに排出するための新型ドレーンポンプ機器です。連続的な吸引で液体を効率的に除去することにより、感染症の原因となる血清腫や血腫のリスクを軽減することができ、合併症予防にもつながります。

 

形成外科手術および一般外科手術における手術用としては唯一のスマート外科用ドレーンポンプとして、FDA(米国食品医薬品局)が許可し、2021年8月には「連続負圧スマートポンプ」として特許を取得しました。

 

なぜハーウィグ氏はこのような製品を開発しようと思ったのでしょうか?

 

米国形成外科学会 (ASPS)/形成外科財団によると、米国では2018年に約10万1600人の女性が乳房再建を行なったとのこと。しかし、そこにはある問題がありました。

 

「がん患者さんは最先端の除去手術を受けてはいるものの、退院するとこのようなドレーン装置を付ける必要があります。手術後に体内にたまった体液を除去するためですが、これまでの手動JP(ジャクソンプラット)ドレーン装置や、アコーディオン式ドレーン装置は吸引力にばらつきがあり、体液が滞留や蓄積、逆流するなどのトラブルがあったのです」とハーウィグ氏は言います。

 

「例えば、膝や肘などの関節をぶつけたときに、体液が溜まって腫れ上がることがありますが、こういったトラブルを最小限に抑えるためには、連続的な吸引能力と一方向にのみ作用するバルブが必要でした。従来のバルブ型だと体液を効果的に除去できないため、手術ではがれた組織がくっつきにくいのですが、SOMAVAC SVSであれば真空状態にして組織面を合わせることが可能です」(ハーウィグ氏)

↑SOMAVACのジョシュア・ハーウィグCTO

 

また、SOMAVAC SVSは強力な吸引力によって、ドレーンの使用期間を短縮できることが実証されています。通常は2~4週間装着しなくてはなりませんが、同製品はこの期間を5~7日に短縮可能。装置をつけている期間を短くすれば感染率を下げられるため、臨床的な観点からも大きなメリットあります。仮に、一度手術をしたが傷が再度開いてしまったなど、非常に複雑なケースの患者に使うと想定した場合、米国の中規模の病院において、年間約26万ドル(約3430万円※)の医療費削減につながるそうです。

※1ドル=約132円で換算(2023年3月20日現在)

 

乳房切除と組織拡張器による乳房再建を行った場合の感染リスクは約25%で、4人に1人がドレーンの使用後3週間以内に感染症にかかるというデータもあります。痛みと費用を伴う治療が必要なケースも多く、それに関わる米国の医療費は約60億ドル(約7900億円)に上るとされています。SOMAVAC SVSの導入で感染リスクを下げることができれば、患者の負担を和らげるだけでなく、医療費も削減することができます。

 

「精神的な負担や辛さを和らげたかった」

SOMAVAC SVSは感染症リスクの軽減だけでなく、患者が受ける肉体的・精神的な負担を大幅に解消できることも大きなメリットです。

 

これまでの手動タイプのドレーンなどは患者が使うこと自体が難しかったのですが、SOMAVAC SVSはこの課題も解決。体液は殺菌済みの使い捨て可能なバッグの中に自動的に入って計量されるため、患者自身が体液の数値を計らなくて済むようになりました。バッグには体液を収集・保管する優れた機能があり、体液がこぼれたり漏れたりする心配もありません。

 

なかでも、患者の精神的な負担や辛さを和らげたかったとハーウィグ氏は強調します。

 

「こういった器具をつけることで最も悪影響を受けているのは乳がんの患者さんだということがわかりました。器具をつけると回復期でも『自分はがんだ』と改めて感じて、とても辛い気分になるそうです。そこで私は、より良い医療器具を作ることはもちろん、患者さんのメンタル面の回復についても使命感を持って、率先して役に立ちたいと思うようになりました。

 

多くの乳がん患者さんは、回復期に不安やうつ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)といったメンタルヘルスとの戦いに苦しんでいます。そのため乳がん手術後の回復期において、手術したことがわからず、尊厳を持つことができるドレーンが必要なのではないかと思ったのです。SOMAVAC SVSの大きさはiPhone程度で、平たい形状であり、衣服の下にベルトで目立たないように装着できるため、患者さんが術後の生活を前向きに捉えるようになりました。患者さんだけでなく、乳がんの遺伝的な要因を持っていて、発症前に予防的に乳房切除を行う人たちにも使ってもらっています」

↑ストレスフリーの体液収集が可能に

 

最後に、ハーウィグ氏は今後の計画について語ってくれました。

 

「2~3年先の研究開発になると思うのですが、乳房の切除手術を受けた患者さんの転移を見つけられるソリューションに着手しています。これは、がんを取り除いた後の体液を集めてラボに送り、その中にがん細胞ができていないかを検査するもの。体液の解析を行うことにより、転移する前にがん細胞を見つけたり、再発率を予測したりできるようにします。分析先の医療系ラボとはすでに話ができていて、そこに送って分析してもらうことになります」

 

2025年頃には新製品をリリースする予定で進めているとのことですが、現状は米国内で既存製品の営業展開に注力しており、力を入れて、より多くの患者さんに届けることに集中しているそうです。

 

執筆者/渡辺友絵