今年4月に公開した記事で紹介をした布製ランドセル「NuLAND(ニューランド)」でも使われている、循環型リサイクルポリエステル生地「RENU(レニュー)」。総合商社の伊藤忠商事が2018年に立ち上げた「RENUプロジェクト」の核となる素材で、現在までに国内だけでも100以上のブランドでRENUは採用されています。
※「NuLAND」は合同会社RANAOSの登録商標です。「RENU」は伊藤忠商事株式会社の登録商標です
衣料業界が抱える課題の解決策「RENUプロジェクト」
「祖業である繊維部門において、私たちの部署では繊維原材料の輸出入という昔ながらの事業を行う一方、市場のニーズを汲み取ったうえで、環境に配慮した素材の開発、販売も行っています」と話すのは、伊藤忠商事で「RENUプロジェクト」に携わる林進平さんと鎌形勇輝さん。
「世界中で生産される衣料品の数は年間約1000億着とも言われていますが、実はその陰で、大量の繊維ゴミや廃棄衣類が発生しています。その大半が焼却や埋め立てによって処理され、地球環境への影響が懸念されてきました。繊維業界が抱える衣料廃棄問題のソリューションを、繊維が祖業である商社として提案するのが『RENUプロジェクト』。
これまで廃棄されてきた衣類や生産時の繊維ごみをリサイクルやリユースするサーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現が目的です。そのための手段として現在進行しているのが、ポリエステルのケミカルリサイクルです」(林さん)
RENUプロジェクトでは、化学メーカーの帝人が持つ「DMT法」と呼ばれるポリエステルのリサイクル技術が活用されています。古着や繊維ごみのポリエステルを最小単位に分解してから再重合し、再生ポリエステルの糸を作り、そこから新たな製品が生み出されるのです。
再生ポリエステルというと、一般的には使用済みのペットボトルを原料にしますが、ペットボトルの場合、原料の色素を完全に取り除くのが難しいそう。その点RENUは、衣類の元々の色や雑物を除去し、石油由来のポリエステルと同等のクオリティを実現可能だと言います。
RENUとして生まれ変わるのは約10%
古着の回収作業は、パートナー企業のecommitが担っています。
「実は日本では、毎年約50万トン、1日に換算すると大型トラック130台分の衣類が廃棄されていると言われています。
そこで、一般のお客様から衣類を集め、リユースやリサイクルに繋げる『Wear to Fashion』という取り組みを2022年からスタート。北海道以外、全国に回収ネットワークをお持ちのecommit様の回収拠点は現在1000か所以上に及びます。衣料だけでなく、靴や鞄、小物も含まれ、現在、年間6000トンの回収を目指しています。
各地で回収された古着や繊維ごみは集積センターで選別されますが、古着を処理する時にいちばん環境に負荷がかからないのはリユースです。リユースできないものは、リサイクルやアップサイクル、サーマルリカバリーとして活用します。RENUの場合、現在の技術ではポリエステル100%でないとケミカルリサイクルができません。
衣類のタグを見ていただくとわかると思いますが、ポリエステル100%の衣類は意外と少なく、回収衣料の中でポリエステルにリサイクルできるのは10%程度だと思います。ですので、複合素材の衣類をどうやってリサイクルするかが課題としてあります」(林さん)
反響は大きくパートナーは100を超える
2019年春のRENUプロジェクト発足から約5年が経ち、賛同するパートナー企業(ブランド)は増え続けているそうです。DESCENTE、THE NORTH FACE、アシックス、ニューバランス、ユナイテッドアローズ、無印良品、ワコール、アオキ……ほか、身近な企業やブランドが多数。もしかしたら、気付かないうちにRENUが使われた衣類を着ているかもしれません。
「『従来のポリエステルと比較しても品質に大きな差がないので使いやすい』『サステナブルな取り組みとして展開しやすい』という声を多くの企業様からいただいて、現在国内だけでも100を超えるブランド様にRENUを採用いただいています。
また、サステナブル・コレクションを展開するH&M様にRENUが採用されたことで注目を集め、これが海外での採用にブーストがかかるきっかけになりました。欧州、アメリカ、中国、韓国などのブランドにも広がっています。
日本では、『サステナブルだから買う』という消費者の方はまだまだ少ないと思います。しかしRENUは、従来のポリエステルと同じ物を作れるというのが大前提にあるため、『ほしいと思って手に取った商品がRENUでできていた』というのが当たり前になる世界観を目指しています。ですから、RENUを使っていることをうたわないブランド様もいらっしゃいますが、それは構わなくて、採用していただければいいというスタンスを取っています」(林さん)
年間でTシャツ1億5000枚が廃棄されずにすむ
我々消費者も気づかないうちに環境課題の解決に一役買っているかもしれないわけですが、実際、RENUを採用することで、どの程度の環境負荷の軽減ができるのでしょうか。
「本来なら廃棄されるはずのものが原材料になるわけですから、1年間RENUのパートナー工場でリサイクルポリエステルを生産することで、Tシャツ換算で約1億5000万枚を廃棄せずにすみます。それによりCo2の削減量は自動車の走行距離に例えて地球約1670周分、水の削減量も500mlペットボトル約6500万本分になります」(鎌形さん)
新事業会社RePEaT設立で繊維to繊維の地産地消を
環境問題はもちろん世界中の課題です。ただ、RENUプロジェクトを世界中で展開していきたいものの、バーゼル条約(有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関する条約)があるため、原材料となるごみ(繊維廃棄物)を輸出入することは相応のハードルがあるそうです。そのため、ポリエステルのケミカルリサイクル技術をライセンスする合弁事業会社として、RePEaT(リピート)を昨年12月に設立。
「RENUプロジェクトを世界中に広げたいと考えていましたが、自社で各国に工場を作っていくのは現実的ではありませんでした。想いばかりが募るなか、DMT法の技術を持つ帝人様から『ケミカルリサイクルの技術をライセンスとして提供する事業を一緒にやりませんか』とお声がけいただいたのです。もちろん二つ返事でお受けしました。
その際、国際的なベアリング企業である日揮様のノウハウや技術があれば、エネルギー効率を上げ、環境インパクトを軽減できるのではないかと考えました。繊維業界では珍しいタッグと言われますが、3社による合弁事業会社を設立したのです。
RePEaTでは、ポリエステル製品をケミカルリサイクルする技術、廃棄衣料品や繊維ごみなどの回収システム、生産設備の設計や稼働に関するノウハウなどをライセンス提供し、コンサルティング的な部分も補っています。各国ごとの規制に沿って、使用済みポリエステルのリサイクルから流通までのエコシステムを構築し、地産地消による地球規模でのサーキュラーエコノミーを実現することが目的です」(林さん)
3月には中国の企業と契約。現在も、アメリカ、ドイツ、フランス、中東、インド、ベトナム、台湾、トルコなど、世界中の多くの企業が興味を示しているそうです。
サステナブルを意識しない世界を目指す
ライセンス契約を結び、世界各国にRePEaTの工場を増やしていきたいと話す一方で、RENUプロジェクトの今後についても言及してくれました。
「RENUの採用企業は増えていますが、まだ圧倒的に日本企業が多いので、今後は海外企業との取り引きを増やしていきたいです。また現在、回収・選別の部分は基本的には人海戦術なので、回収物が増えることを前提に、ecommitではオートメーション化も考えています。
さらに、課題である複合素材のリサイクル技術も確立できれば、サーキュラーエコノミーの実現に近づくと思います。先にも述べましたが、RENUプロジェクトのゴールは『ほしいと思って手に取ったら商品がRENUでできていた』です。消費者がサステナブルを意識しなくても、いつのまにか地球に優しい商品を手にしている世界を目指しています」(林さん)
伊藤忠商事には、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という創業者の言葉から生まれた企業理念“三方よし”があります。RENUプロジェクトはまさに、それを具現化する事業と言えるでしょう。