「組織のイヌ」であることに疲れた人、違和感がある人へ。「組織のネコ」という存在を知っていますか? これは令和時代のサラリーマンに贈る、もっと自分に忠実に、ゴキゲンに働くためのヒント集。楽天創業期からのメンバーにして、同社唯一の兼業自由・勤怠自由な正社員となった仲山進也氏に学ぶ「組織のネコ」トレーニング、略して「ネコトレ」!
ネコトレVol.05「ネコとお客さん」
戦略より雑談だって?
吾輩はイヌである。
名はポチ川アキ男、31歳。趣味は推し活。犬山電機10年目の中堅にして、未だ営業チームの副主任どまり。会社の指示には忠実に従っているので、もっと正当に評価してもらいたいと思ってはいるものの、出世のレールは先輩社員の行列で大渋滞中……。
昨今の“おうちごはん需要”の高まりから、調理家電が好調だ。そこで我が犬山電機でも、付加価値を売りにした高級炊飯器『豪華炊き・WAN(椀)』、通称『豪WAN』シリーズを2年前に発売。しかし、目下の売り上げは主要5大メーカーにシェア9割を持っていかれ、我が社は3%となんとも情けない結果に甘んじていた……。
そんな中、製品のリニューアルが発表された。消費者アンケートで多機能な炊飯器の人気が高かったという結果を踏まえて、ターゲットを見直し、「調理にこだわる、毎日の食事への意識が高いリモートワーク層」に設定。50種類の炊飯モードと300種類の炊飯器レシピが搭載されたという。併せて、店頭POPなどの販促ツールもリニューアルとなった。
それから1か月後のこと。新たな営業戦略のもとチームで奔走した努力もむなしく、『豪WAN』の売り上げは一向に上向かなかったが、一つだけ例外があった。空気を読まない問題児の後輩・ミケ野が担当する量販店『ニャフマップ』と『マタタビ電機』でだけ、『豪WAN』シリーズが好調に売り上げを伸ばしているというのだ!
営業戦略会議でほめられたミケ野に、帰り際、声をかけてみることにしよう。
ポチ川「おいミケ野、一体何をしたんだ? 『ニャフマップ』と『マタタビ電機』は、全店あげて『豪WAN』フェアでもやってるのか?」
ミケ野「いえ、やってませんよ」
ポチ川「じゃあアレか、たまたまターゲットユーザーがたくさん住んでいるエリアだったとか」
ミケ野「ターゲットユーザー? ああ、“調理にこだわるリモートワーク層”みたいなやつでしたっけ。っていうか先輩、コレ見てください! 僕が作って店舗さんに配った店頭POPっス!」
ポチ川「……なにこの『忙しい方、時短できます!』って」
ミケ野「実は店頭で店長さんと世間話をしてたら、『豪WAN』ファンだというお客さんが偶然通りかかって。その方に『豪WAN』のどこがいいのか聞いてみたら、『洗う手間がかからないのと、ボタンが少なくて使いやすい!』って教えてくれたんスよ。リモートワークだとトイレにも行けないくらい打ち合わせがみっちり入るから、時短できるのが最高だって。ちなみにレシピ機能は使ったことないそうでした」
ポチ川「……それでこのPOPを勝手につくったのか?」
ミケ野「そうです。新機能をゴチャゴチャ説明するよりいいかなと思って差し替えてみました」
ポチ川「差し替えたってオマエ……元のPOPはどうしたんだよ?」
ミケ野「サーセン、捨てちゃいました(笑)」
ポチ川「なにをそんな勝手なことを!」
ミケ野「だって、隣に陳列されていた『ナショブル電工』の新製品が『100種類の炊飯モードと600種類の炊飯器レシピ』って書いてあったんですよ。うちのPOPに書いてある数字の2倍じゃないスか。お客さんからしたら、元のPOPがあると逆に買いにくいだろうなって。先輩もよかったら使ってみてくださいよ、このPOP!」
ポチ川「……」
こんなヤツがほめられるなんて……。こっちは指示通りマジメに仕事をしたというのに、会社の戦略と戦術を無視しても結果さえ出せばいいというのか……。組織人としてなにが正解かわからなくなったオレは、またもやニャンザップに向かっていた。
熱意はあるのに、届かない?
ポチ川「あぁ……今日もまた、ここに来てしまった」
ニャカ山トレーナー(以下、ニャカ山T)「こんばんは、ポチ川さん。そんなところに突っ立っていないで、どうぞお入りください」
ポチ川「ニャカ山さん。僕は今日、自分が誰のために仕事をしているのかよくわからなくなりました」
ニャカ山T「それはまた深刻そうなお悩みですね」
ポチ川「創業からほぼ100年。昭和の時代からファミリー層のユーザーに支えられてきた犬山製品のクオリティは、けっして他社に見劣りはしません」
ニャカ山T「はい、私もいち消費者としてそう思っていますよ。特に最近買った炊飯器は気に入っています」
ポチ川「……なんと、『豪WAN』をお使いでしたか!」
ニャカ山T「はい。ボタン一つでふっくらと炊けて、ごはんが本当においしくなりました」
ポチ川「アレの付加価値はスゴいんです。なにせ、米の銘柄に応じて50種類もの炊飯モードを備えていますからね! それに、売れっ子料理家監修の300種のレシピも搭載されてあのお値段! 他社製品と比較しても1000円ほど低価格です!」
ニャカ山T「……なるほど、そうでしたか(その機能は使ったことないけど)」
ポチ川「僕はその付加価値をありのまま取引先に伝えているはずなのに、どうしてこの熱意がターゲットに届かないのか……」
ニャカ山T「あまり売れていないのですか?」
ポチ川「実は、僕ら営業チームの成果としては惨敗なんですが、後輩のミケ野だけ異常値のような成績を出していまして……」
ニャカ山T「よく話題に出てくる『組織のネコ』タイプのミケ野さんですね。異常値ですか、すばらしい」
ポチ川「とんでもない。ミケ野のやつ、会社の方針を無視して勝手にPOPなんか作って、またスタンドプレーをしているようなんです。まぁ、今回のはまぐれだと思いますけどね」
ニャカ山T「まぐれ?」
ポチ川「そうです。ミケ野が量販店の店長と立ち話をしていたら、たまたま『豪WAN』のファンが現れて、そのユーザーが話したことをPOPに書いたら売り上げが伸びたと言うんですよ。しかも会社から指示されたPOPは捨てたっていうんだから、ひどいものです」
ニャカ山T「ほぅ。それのどこがダメなのですか?」
ポチ川「会社は多額の費用をかけてマーケティング調査をし、そのデータを分析した結果、製品をリニューアルしたんです。ターゲットも変更され、そこに向けたコピーがPOPに書かれているわけですよ。それを捨てて、たまたま聞いただけの『忙しい方、時短できます』に差し替えるなんて、組織人としてどうかと思いませんか!」
ニャカ山T「あれ? 私が買ったときのPOP、そのメッセージでした。それで興味を持ったんですよ。ミケ野さん、いい仕事をしてますね」
ポチ川「なんてことだ……。では、あなたも結果さえ出せば、会社の方針を無視してもよいと言うのですか?! こっちは会社のためにマジメに奔走したというのに」
ニャカ山T「ふむ、かなり凝っているようですね。今日のネコトレをはじめる前に、一つ伺いたいのですが」
ポチ川「なんでしょうか?」
ニャカ山T「ポチ川さんは先ほど、『誰のために仕事をしているのかわからなくなった』とおっしゃっていましたよね。それはもともと『会社のため』だと思っていたわけですよね?」
ポチ川「そうですけど……もしかして、『お客様のため』と言うべきだ、みたいな話でしょうか?」
ニャカ山T「なるほど、凝っているポイントがわかりました。今日のネコトレのテーマは『”お客様”をやめてみる』です」
「お客様」と「お客さん」の違い
ポチ川「お客様をやめる?」
ニャカ山T「ポチ川さんは、自社の製品を買う人のことを、なんと呼んでいますか」
ポチ川「え、『お客様』……じゃないんですか?」
ニャカ山T「ほかにも、先ほどからの話の中で、『ユーザー』とか『ターゲット』といった呼び方をしていましたね」
ポチ川「ああ、そうですね。それがなにか?」
ニャカ山T「ちなみに、ミケ野さんはどんなふうに呼んでいるかわかりますか?」
ポチ川「そういえば……いつも『お客さん』って言ってますね。あと、取引先の量販店のことを『店舗さん』とか『店長さん』と呼んでいる気が」
ニャカ山T「ミケ野さんは『ユーザー』とか『ターゲット』って使いますか?」
ポチ川「言われてみれば……社内でも『お客さん』『店舗さん』って言ってますね、アイツ。あっ、思い出したんですけど、ミケ野はターゲットのペルソナを決める会議のとき、『店舗さんに呼ばれたので』って欠席したんですよ。ことあるごとに『店舗さん、店舗さん』って、仕事なんだから友達付き合いのような馴れ合いは困るんですよ。先方に失礼があってもいけないし、やはり”お客様”とか”販売店様”と呼ぶべきではないでしょうか?」
ニャカ山T「呼び方の表現には、距離感や立ち位置などの関係性が透けて見えます。「お客様」や「販売店様」は丁寧というか失礼のない感じがしますが、『下手に出ておけば無難だろう』的な意味合いだと、実は相手を「人」だと思っていないのではないでしょうか。『お客さん』との間には、お金を払う方がエラいといった上下関係はありません。『売り手と買い手』として対峙している関係でもなく、同じ方向を向いて併走するような関係。ミケ野さんはおそらく『人と人』として量販店さんとつき合っている感覚を持っているのではないかと思います」
ポチ川「つまり僕が相手にしているのは『お客様』『販売店様』という距離のある存在で、ミケ野の方が関係性が近いと……」
ニャカ山T「ポチ川さんは実際に客先と顔を合わせられる営業職ですから、まだいい方だと思います。世の中にはリアルな『お客様』とまったく接点がなくて、購入者を『数字』、ペルソナを『想像上の生き物』のように感じている人もいますからね」
ポチ川「うぅ。確かに購入者のことは『数字』だと思っていたかもしれません……。それに、ペルソナ会議はまさにデータを元に想像で決めていました……。調理にこだわるリモートワーク層をペルソナにしたんですけど、ミケ野が実際に会った”お客さん”は時間がなくて困っているリモートワーカーだった……」
「お客さん」が増えると、仕事は楽しくなる
ニャカ山T「では、今日のネコトレを始めましょう。今回のトレーニングはとても簡単ですよ。『メールの宛名の“様”を、ひらがなの“さま”に変える』です」
ポチ川「……え? それだけ?」
ニャカ山T「はい、それだけです。“さま”とひらがなで書くだけでも、お互いに距離が近く感じるものです」
ポチ川「そういうものですか……」
ニャカ山T「売り上げアップのためには『お客様』の数をとにかく増やすことも大事です。でもそのなかに『お客さん』の関係になってくれる人がひとりでも現れると、今度は仕事の面白さのステージが上がるはずですよ」
ポチ川「そうか。これからは、メールにちょっとした雑談でも入れたほうがよいのでしょうか? 雑談は苦手なのですが」
ニャカ山T「いいアイデアですね。でも、それは宛名の“さま”に慣れてきた段階で挑戦するくらいでいいと思います。今日はここまでにしましょう。また、いつでもいらしてくださいね」
今日のネコトレ
Vol.05
【メールの宛名の“様”を、ひらがなの“さま”に変える!】・「お客様」を「数字」として見ない
・「お客さん」と「人と人」としてつき合う
・「お客さん」が増えると仕事は面白くなるVol.00から読む
Vol.04「ネコと安定」<< Vol.05 >> Vol.06「ネコと評価」
仲山進也
仲山考材株式会社 代表取締役、楽天グループ株式会社 楽天大学学長。
北海道生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。創業期の楽天に入社後、楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」を設立。人にフォーカスした本質的・普遍的な商売のフレームワークを伝えつつ、出店者コミュニティの醸成を手がける。「仕事を遊ぼう」がモットー。
『組織のネコという働き方
〜「組織のイヌ」に違和感がある人のための、成果を出し続けるヒント〜』
1760円(翔泳社)
仲山進也氏による、組織の中で自由に働くためのヒント。組織で働く人をイヌ、ネコ、トラ、ライオンの4種類の動物にたとえながら、ネコと、その進化形としてのトラとして、幸せに働きながら成果を上げる方法を説く。
取材・構成/小堀真子 イラスト/PAPAO