ラーメン好きなミュージシャンとして知られる、サニーデイ・サービスのベーシスト、田中 貴さん。年間600杯以上を食べ歩く目・鼻・舌をもって、注目するラーメン店の味や店主に「Rock」を見出していくのが、この「Rock なRamen」連載だ。
第1回はパワフル女将の「麺家うえだ」(埼玉県・志木)、第2回では日本一のド豚骨「無鉄砲」(東京都・江古田)。この強烈なインパクトをもつラーメン店に続く第3回は、真逆といえるほどに洗練された一杯を提供する「らぁ麺屋 飯田商店」だ。ラーメンは一見、研ぎ澄まされたルックスをしているが、なんともいえないオーラと力強さにも満ちている。店の場所は神奈川最西端の地、湯河原。都心から気軽に足を運ぶにはロケーション的に不利ながら、極上の味を求めて全国から人が押し寄せ行列を生んでいる。そんな孤高の様相は、まさに「Rock」である。
【プロフィール】
田中 貴
サニーデイ・サービスのベーシスト。年間600杯以上を食べ歩くラーメン好きとしても知られ、TVや雑誌などでそのマニアぶりを発揮することも多い。バンドとしては2016年8月にリリースした通算10枚目のアルバム『DANCE TO YOU』に続き、2017年6月にはニューアルバム『Popcorn Ballads』を配信限定でリリースし、Apple Music J-POPチャート第1位を獲得。12月25日にはCDとアナログ盤をリリースした。さらに同日、昨夏行われた日比谷野外大音楽堂公演の模様を収めたライブDVD「サニーデイ・サービス in 日比谷 夏のいけにえ」も発売。
鶏と水のみから生まれるスープに美しい線を描く自家製麺
店主は飯田将太さん。もともとはラーメンのチェーン店を営んでいたものの、藤沢(現在は戸塚)にあった「支那そばや本店」の味に衝撃を受け、一念発起。「支那そばや」の創業者であるラーメン界のレジェンド・佐野 実さんや、かつて首都圏のラーメン界を席巻した「69’N’ ROLL ONE」の嶋崎順一さん(現在は尼崎の「ロックンビリーS1」)などに薫陶を受け、自身の店を2010年に開業した。
「東京からだとちょっとした“ツアー”になりますけど、ついに来ました! 将太さんは、僕が仲良くしている『蔦』(「Japanese Soba Noodles 蔦」)の店主・大西祐貴さんと親交が深く、コラボレーションもしてるんですけど、このふたりは間違いなくいまのラーメン界のトップランナーです。共通の知人が多くて、ラーメンイベントなどでよく顔を合わせるんですけど、将太さんはフレンドリーで親しみやすい。その人柄が、ラーメンにもお店の雰囲気にも表れていると思います。ピシっとしているけど、どこか温かくてやさしくて」(田中さん)
そうこうしていると、1杯目が完成。有田焼の特注の丼から芳醇な香りを放つ、芸術品のようなラーメンが到着した。
澄んだスープはなんと、鶏と水のみ。丸鶏を「比内地鶏」「名古屋コーチン」「山水地鶏」から、ガラは「比内地鶏」「名古屋コーチン」からそれぞれ抽出する。そして美しい線を描く麺は自家製。「はるゆたか」「きたほなみ」「チクゴイズミ」「さぬきの夢」などの国産小麦に、内モンゴル産の天然由来の添加物「かんすい」と沖縄の塩「ぬちまーす」で、小麦の味を最大限に引き出したものだ。
「スープの旨味がふくよかで、一方の醤油ダレはキレがあり、それらが高いレベルで絶妙にマッチ。また器からあふれ出るような鶏油の風味も素晴らしい! さらには麺が生きているかのようなみずみずしさで、香りと食感が圧倒的です。約2年ぶりに食べましたが、さらに進化しておいしくなってますね」(田中さん)
お次はつけ麺。田中さん曰く、ほかのお店ではあまり見られない、“特別な仕掛け”が麺に施されているらしい。そこで、飯田さんの動きから目を離さずにいると、何やらレードル(お玉)でとろっとしたものを麺の上からかけている。一体これは?
「これぞ“昆布水”! とろっとしているのは、水に溶け出た昆布の成分によるものなんです。つけ麺って、どうしても麺が乾燥するので、麺同士がくっつきやすいんですよね。それを解決すべく、嶋崎さん(前述の嶋崎順一さん)が考案した画期的な発明ですよ。こうして麺をコーティングすることで全く新しい食感を生み出し、つけ汁と麺の味が渾然一体となって、旨さの相乗効果を生むわけです」(田中さん)
「もともとみずみずしい麺が、昆布水の効果でトゥルントゥルンな今まで感じたことのない滑らかさに。普通のつけ麺なら、食べ進むにつれてつけ汁が薄まっていくんですが、このスタイルだと徐々につけ汁と昆布水が混ざって味わいが変化していく。まず塩だけで麺を味わい、つけ汁に漬けて食べ進み、途中から生海苔や柚子でアクセントをつける。アイデアだけなら簡単にマネできますけど、麺、スープ、タレ、具材と、それぞれが一番旨い状態になるよう細かく調整しているからこその完成度。聞けば将太さん、近いうちに石臼を導入して自家製粉まで始めるみたいですから、本当に研究熱心ですよね」(田中さん)
「器の底に飛び込んでいくようなラーメンを」と語る飯田商店の夢
飯田商店はもともと干物や海苔の卸業を営んでいた「飯田商店」が前身であり、その建物を使っている。ただラーメン店向きの設えではなかったため、2016年の6月に大幅な改装を行った。この際に客席や厨房を広くし、新たな調理器具も導入。もともと使っていた製麺スペースも進化し、より効率よく麺を打てるようになったという。
この製麺機では、店で使う数タイプの麺のほかに、実験的に生み出すプロトタイプの麺や、ワンタンの皮も打っている。そこで、ワンタン入りのラーメンも注文することに。
「醤油とはまた違った、滋味深い味わい。繊細な塩味だからこそ、ベースとなる鶏のピュアな旨味を感じられますね。ワンタンも、飯田商店ならではのピュルっとした食感で素晴らしい!」(田中さん)
久しぶりに同店のラーメンを食べた田中さん。店舗の設えもさることながら、味が進化して一層おいしくなっていることに驚いたという。
「2年ぶりにお店で食べて、全く別物というくらいの進化を感じたんですけど、将太さんに伺うと、大幅な改良はしていないとおっしゃるんですよね。毎日、「昨日より美味しく」という気持ちで作り続けた結果、ここまで進化したということなんです。『蔦』の大西さんもそうだと思うんですけど、評価が高いってことはプレッシャーになるでしょうし、連日お客さんが行列をなしているわけだから、気持ち的にも大変だと思うんですよ。そのなかでも、全国を食べ歩いたり生産者のところにいって学んだりと、味の向上のための探求は惜しまない。やることはとても多いはずだけど、その労苦を表に見せず進化し続け、想像を超えた激ウマラーメンを作っていく。また次に食べる時が心から楽しみです」(田中さん)
飯田さんに「蔦」や「とみ田」の話を聞くと、こう語った。「リスペクトしていますよ。彼らはまるで、器から飛び出すようなラーメンを作るんです。そう例えるなら、僕は器の底に飛び込んでいくようなラーメン。それぐらい味の方向性は違いますけど、いい刺激を受けながらともにラーメンそのものの地位を向上させていきたいですね」
麺料理の地位としては、価格的にも「蕎麦をまだ超えられていない」と話す飯田さん。だがいつか超えるために切磋琢磨している。その情熱は、素材にとことんこだわった味で世間のラーメンの認識を変えた“ラーメンの鬼”佐野さんそのもの。鬼と呼ばれた男の魂と、尼崎で「Rock」なラーメンを作る男の精神は飯田商店に受け継がれ、ラーメンの在り方を変えていく。
【店舗情報】
らぁ麺屋 飯田商店
・住所:神奈川県足柄下郡湯河原町土肥2-12-14
・電話番号:0465-62-4147
・営業時間:11:00~15:00 ※材料切れの場合終了
・定休日:月曜(祝日の場合は営業、翌日休み)
・アクセス:JR東海道本線「湯河原駅」徒歩12分
撮影/下城英悟