グルメ
ラーメン
2019/7/22 19:15

絶対的自信に溢れるオンリーワンな豚清湯ラーメン「いろはや」——サニーデイ・サービス田中貴とRockなRamen

ラーメン好きなミュージシャンとして知られる、サニーデイ・サービスのベーシスト、田中 貴さん。年間600杯以上を食べ歩く目・鼻・舌をもって、注目するラーメン店の味や店主に「Rock」を見出していくのが、この「RockなRamen」連載だ。これまで登場したのは「麺家うえだ」「無鉄砲」「らぁ麺屋 飯田商店」など強者ばかり。

「サニーデイ・サービス 田中貴とRockなRamen」バックナンバー
https://getnavi.jp/tag/rock%e3%81%aaramen/

 

第8回の今回訪ねたのは「らーめん いろはや」である。JR・阿佐ヶ谷駅の北口から徒歩10分以上かかり、決してアクセス至便とはいえない。しかし、近隣住民はもちろんラーメンファンからも絶大な支持を得ている実力派だ。

 

【プロフィール】

田中 貴

サニーデイ・サービスのベーシスト。年間600杯以上を食べ歩くラーメン好きとしても知られ、TVや雑誌などでそのマニアぶりを発揮することも多い。2019年の活動はアルバム制作が中心だが、スピッツ主催イベントの初日(8月22日)に出演。また、サポートとして今夏はスネオヘアー(8月24、30日)、ワタナベイビー(8月10日、18日)などのライブに出演する。
8月4日(日)の10~16時には、片瀬東浜海水浴場でイベントを開催。田中さん直々のオファーにより、超人気ラーメン店「凪」が出店して限定メニューを提供するほか、本人出演のミニライブ&トークショーを行う予定(詳細は追って当サイトにて告知)。

 

「(店主の)脳内で完璧に構築された、どこにもないラーメン」(田中 貴)

「らーめん いろはや」は2016年4月にオープンした。田中さんが初めて訪れたのは、それから約1年後。入口の引き戸を開けて店主を見た瞬間、「もっと早く来ればよかった」と後悔したという。その理由は?

 

「ハっとしましたね。いまどき珍しい調理白衣に坊主頭という、王道のラーメン職人スタイル。最近は『中華そば○○』や『支那そば○○』という店名ながら製法は最新技術で、店主は黒Tシャツにキャップなどの洒落たルックスが多いんです。でもここは違いました。そういえば、ラーメン好きの大先輩、林家木久扇さんとお話したときも、『ラーメン屋さんはいつからあんな真っ黒な格好になっちゃたんですかねえ……』と嘆いておられましたね」(田中さん)

↑鬼頭正美店主。ひとりで厨房に立ち、多くを語らずもくもくとラーメンを作る。その姿は、まさに職人という呼称がぴったりだ
↑鬼頭正美店主。ひとりで厨房に立ち、多くを語らずもくもくとラーメンを作る。その姿は、まさに職人という呼称がぴったりだ

 

長年ラーメンを食べ続けていると、ネットにアップされているラーメンや店構えの写真を見れば、食器選びや内外観などのセンスで店の技量が読めてくるのだそう。同店の飾らない設えと盛り付けに好感はもっていたものの、店主の写真はなかったので真っ先に来ていなかったのだ。

 

「鬼頭店主のスタイルは、『ラーメン専門店』とシンプルな看板を掲げ、餃子すら置かない僕の愛する田舎の名店の店主を彷彿(ほうふつ)とさせる厨房着。しかも狙った感じはなく自然体。センスの良さを感じました」(田中さん)

 

衝撃は味わいにも。提供しているラーメンは、見た目としては昔ながらの中華そば。その多くは、鶏のダシを主体に煮干しが香るテイストだ。しかし同店は違う。豚を軸にしながらも濁らせない、豚骨清湯(チンタン)なのだ。

↑「らーめん」700円。醤油ダレに豚メインの清湯と自家製麺を合わせ、チャーシュー、メンマ、なると、海苔をのせる。麺は150gで、大盛り(約250g)が同価格なのも魅力だ
↑「らーめん」700円。醤油ダレに豚メインの清湯と自家製麺を合わせ、チャーシュー、メンマ、なると、海苔をのせる。麺は150gで、大盛り(約250g)が同価格なのも魅力だ

 

↑スープは豚の背ガラをメインに、鶏ガラを少々。さらに瀬戸内産の白口煮干し、昆布、しいたけなどでうまみの輪郭を整えていく
↑スープは豚の背ガラをメインに、鶏ガラを少々。さらに瀬戸内産の白口煮干し、昆布、しいたけなどでうまみの輪郭を整えていく

 

「鶏ガラベースの王道中華そばだと思って食べたら、まさかのカウンターパンチ! 澄んだ豚骨スープのラーメンって意外と少ないんですが、だれが食べてもウマい、懐かしいと思える味です。これは、かなり全国を食べ歩いて研究した味作りだなと思い、鬼頭店主とお話しした際に『豚骨の感じは喜多方や、栃木の一品香のような雰囲気も、麺の感じは〜ですよね?』と、僕のありったけの知識を持って質問したんです。そしたら、鬼頭店主は少し困ったような表情をされて、『僕のイメージするラーメンです』と答えられたんです。そう、知識や計算とかマーケティングとかそういうことじゃないんです。己が作りたい、ウマいと思うラーメンを作る。それがすべてなんですよ。知ったかぶりの質問をした自分が恥ずかしくなりました(笑)」(田中さん)

 

鬼頭店主は米どころとして知られる、新潟県魚沼の出身。数年の社会人経験を経て27歳で上京し、かつて中目黒にあった「春木屋めんめん」で修業。その後同店のつながりで、福島県にある「春木屋 郡山分店」へ。約1年後に東京へ戻り、独立開業支援の名門として名高い「鳥居式らーめん塾」のカリキュラムを経て「らーめん いろはや」をオープンした。

 

「荻窪に本店のある、あの春木屋の系譜ですね。でも春木屋は煮干しを強く出した味だし、新潟はいろんなご当地ラーメンがあるけどそのどれとも違う。逆にいえば、様々な要素が入ってるんだけど、どこかを真似たわけでもない、鬼頭店主の完全オリジナル。非常に面白い一杯です」(田中さん)

「大衆に迎合したら、ラーメンも音楽もRockではない」(田中 貴)

ラーメンは醤油味のみ。過去に2シーズンほど味噌も提供したが、レギュラーメニューとしてやるほどではないと思い、やめたのだそう。ただ、醤油味でもつけ麺は存在する。麺とスープはラーメンと同じものを使うが、しなやかな冷たい麺の食感や、濃いめに調整されたつけ汁の味わいもまた格別だ。

↑「チャーシューつけめん」(950円)。つけ汁は七味唐辛子や胡椒をほんのり効かせ、キレを強めた醤油味。のどごし抜群の麺もよく絡む。通常の「つけめん」は750円だ
↑「チャーシューつけめん」(950円)。つけ汁は七味唐辛子や胡椒をほんのり効かせ、キレを強めた醤油味。のどごし抜群の麺もよく絡む。通常の「つけめん」は750円だ

 

↑チャーシューは、豚のバラとモモの2種類。チャーシューラーメンとつけ麺は、麺が隠れるくらいたっぷりと増量してくれる
↑チャーシューは、豚のバラとモモの2種類。チャーシューラーメンとつけ麺は、麺が隠れるくらいたっぷりと増量してくれる

 

「鬼頭店主のこだわりのひとつが、自家製麺の豊かなコシ。冷水でしめることで、その弾力をよりダイレクトに楽しめます。あと、麺に関していえば『固めはオススメしません』的なことが券売機のところに貼ってあるんですよ。丹精込めて打った麺の、最もおいしく感じられるゆで加減は店主が一番知ってるわけです。そのベストな状態で食べてほしいという気持ちでしょう」(田中さん)

 

製麺に関しては独学だという鬼頭さん。スープに合う食感の麺を探してはみたが、どこにも理想の麺はなかったということだろうか。自ら粉を取り寄せて試行錯誤を繰り返し、細すぎず太すぎない絶妙なバランスの、このストレート麺になったそうだ。

↑麺の湯切りは深く簡単なタイプの「テボザル」ではなく、扱いが難しい平ザルで行う。たっぷりのお湯の中で麺を泳がせることによって茹でムラが出ずダマにもならない、麺にとって最良のゆで方だ
↑麺の湯切りは深く簡単なタイプの「テボザル」ではなく、扱いが難しい平ザルで行う。たっぷりのお湯の中で麺を泳がせることによって茹でムラが出ずダマにもならない、麺にとって最良のゆで方だ

 

↑客席の下手(しもて)奥には製麺用の部屋がある
↑客席の下手(しもて)奥には製麺用の部屋がある

 

↑麺に関する鬼頭店主の主張がこれ。こだわりがあるとはいえ、スープや麺に対する素材のうんちく書きはない。また、某ラーメン誌のコンペで受賞しているが、その証を飾ることもしない
↑麺に関する鬼頭店主の主張がこれ。こだわりがあるとはいえ、スープや麺に対する素材のうんちく書きはない。また、某ラーメン誌のコンペで受賞しているが、その証を飾ることもしない

 

ラーメン店主も千差万別だ。休日には食べ歩いて研鑽を積んだり、仲のよい店主同士で勉強し合ったり、SNSで情報発信したり。若手であればその方が一般的かもしれない。だが鬼頭さんはどれにも当てはまらず、己の信じる道をひたすらに進んでいる。田中さんはそれこそが“Rock”ではないかという。

 

「自分が出したい確固たる味、そして絶対的な自信があるからでしょう。だからトレンドとか他店の動きとかに流されないんです。音楽における“Rock”も同じ。大衆に迎合して、売れてるからってそっちの方向に寄せたら“Rock”じゃない。それは“Rock調のサウンド”を鳴らしているだけなんです」(田中さん)

↑店名の由来は、鬼頭さんの実家が酒販店「いろはや」を営んでおり、その屋号なのだとか。ラーメンは古巣を飛び越えた独自路線だが、どこかにルーツを重んじる熱いハートも鬼頭さんはもっている
↑店名の由来は、鬼頭さんの実家が酒販店「いろはや」を営んでおり、その屋号なのだとか。ラーメンは古巣を飛び越えた独自路線だが、どこかにルーツを重んじる熱いハートも鬼頭さんはもっている

 

世にあふれる商品やサービスをヒットさせる秘訣は、マーケティングや戦略。ラーメンも多分に漏れない。しかしその結果、街にあふれるラーメン店はどれも、どこかで見たようなものばかりに。そんななか、流行りの味はどこ吹く風と、自分の信じる一杯を提供するのが「らーめん いろはや」なのだ。

↑新潟のエリア誌「Komachi」でラーメン連載をもつ田中さんは、新潟のラーメン事情にも精通。地元民しか知らないようなマニアトークに、寡黙な鬼頭さんも会話が弾む
↑新潟のエリア誌「Komachi」でラーメン連載をもつ田中さんは、新潟のラーメン事情にも精通。地元民しか知らないようなマニアトークに、寡黙な鬼頭さんも会話が弾む

 

阿佐ヶ谷に出店した理由を鬼頭さんに聞くと、たまたまだという。東京で、この規模の物件を希望の家賃で探したらこの場所だった。冒頭でも述べたが、23区とはいえ駅からサっと行ける距離ではない。飲食店を繁盛させる条件のひとつに立地のよさがあるといわれるが、その法則を軽く吹き飛ばす絶対的なおいしさがここにはある。

 

【店舗情報】

らーめん いろはや

・住所:東京都杉並区阿佐ヶ谷北6-13-1
・電話番号:非公開
・営業時間:11:30~14:00、18:00~21:00ごろまで
・定休日:水
・アクセス:JR中央線ほか「阿佐ヶ谷駅」北口徒歩約15分

 

撮影/三木匡宏