デジタル
2019/11/2 17:00

海底が雲を支える

日々散々お世話になっているにもかかわらずまったく知らない、というものが世の中にはたくさんある。

考えてみれば、身の回りのほとんどのものやサービスがそうだ。たとえばぼくは今この文章をパソコンで書いているが、目の前にあるディスプレイモニターについて何も知らない。
だいたいガラスって具体的にどうやって作るんだろう?
こういう「あって当たり前」のものがどういう仕組みでできあがっているのかを知るのがぼくは好きだ。それが高じて、工場や高架道路の写真を撮ったり調べたりするのがぼくの仕事になった。

今も、例え話で挙げただけなのに気になってガラスについてひとしきり調べてしまった。気がつけばガラスの歴史に関する本を注文しちゃったぞ。

こういう好奇心はぼくだけのものじゃなくて、大人だったら誰でも持っているものだろう。「あって当たり前のものが、じつは当たり前じゃない」と分かることの楽しさは、大人ならではのものだと思う。
今回見せてもらった海底ケーブルの作業船は、まさにこの「日々散々お世話になっているにもかかわらずまったく知らない」の代表だ。海底には通信用の光ファイバーケーブルがあって、それを敷設・メンテナンスを行うのがこの船の役割。

いまやぼくらがインターネットを使うとき、日常的に国境を越えてデータがやりとりされている。YouTubeやSNSを見るときはもちろんそうだし、本記事のデータもそうかもしれない。
それを可能にしているのが海底ケーブルだ。
聞けば、日本が国際的にやりとりする全データの99%が海底ケーブル経由だという。いわば「雲(クラウド)は海の底に支えられている」のである。

KDDI オーシャンリンク号

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上の写真「KDDI オーシャンリンク」号が今回内部を見せてもらった船。

外洋に出て実際に作業しているところを見てみたいが、それはかなり難しいので(何週間か船に乗り込むことになる)、今回は任務を待って停泊している時にお邪魔した。

ちなみにいつでも出動できるように24時間365日体制でスタンバイしているとのこと。
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停泊している施設まで歩いて行ったのだが、この風景が見えたときにはおもわず「おおっー!」と声が出た。

海に突き当たる道路のむこう、横浜ベイブリッジをバックにぬっと白い船の一部が見えている。
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船内をじっくりと案内してもらって、見せたい写真とお伝えしたいことがたくさんあるのだが、なにはともあれいちばんのハイライトである、水中ロボットをご覧いただきたい。上の写真右の「MARCAS-Ⅳ」と書いてあるのがそれだ。

大きさは、高さ3mほど。大海原に比べるとずいぶん小さいな、と思った。名称が記された上部の黄色い部分はいわば「浮き」で、中にウレタンが詰まっているとのこと。
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船の後部甲板に置かれているこれが、いざというときは水中に潜っていく。

このロボットを遠隔操作して、障害が起きたケーブルを海底から探し出し、切断して船まで引き上げる。最大2500mの深さで作業ができるという。すごい。

それにしてもまったく飾りっ気ないのにこのかっこよさといったら! 写真を撮っているあいだじゅうずっと「かっこいいー!」って言ってました。
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こちらが前方。アームが付いていてそれを操作することで作業を行う(後述)。左に見える赤い車輪のようなものからロボットを操縦するためのケーブルがつながっている。
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こちらが後方。黄色い輪っかのようなものがスラスター。要するにスクリューで、これによって向きを変え、移動する。全部で10台付いている。
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白い大きなアームで甲板から海中へ下ろす。

同じような写真ばかり載せてしまって申し訳ない。かっこいいのでしょうがない。
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あと、あちこちにテプラが貼ってあるのが印象的だった。テプラって2500mの深海でも大丈夫なんだ! テプラすごい! (本記事はテプラの紹介記事ではない)。

地球はひとつの電子回路

まずはたいへんかっこいいロボットをどーんとご覧いただいた。ここでおちついて海底ケーブルそのものについて説明しよう。
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上の写真が木本さん。船に乗り込む前にたいへん充実した解説をいただきました。画面の下に見えるのが海底光ファイバーケーブル。案外細い。
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冒頭で登場した船の名前「KDDI オーシャンリンク号」にあるように、今回取材に応じてくださった「国際ケーブルシップ株式会社(KCS) 」は、KDDI100%出資のグループ会社。「海底ケーブルの敷設」「海底ケーブルの保守」「海洋エンジニアリング」などを主な業務としている。

上は最近新規に敷設されたというものの図。木本さんにプレゼンテーションしていただいた画面である(以下同様)。それにしても見事に最短距離で太平洋を横断している。そして敷設の費用を出している会社の面子が興味深い。

「以前は通信会社が出資するものだったが、現在は外資系の企業に変わってきている」という。
数年前には考えられなかったぐらい、大勢の人々がネットを利用している現状からすると、さぞかし新しいケーブルがどんどん敷かれているのだろうと思いきや、最近は新規需要は一段落なのだそうだ。ぼくらが乗船した船は全世界でたった40隻弱しか存在しないケーブル船のひとつ。ITバブルの2000年あたりがピークで当時は100隻あったものが、今は落ち着いてこの数字だという。
考えてみたら、大勢が利用するようになってからよっこらしょと敷設していては遅いのである。そんな簡単に敷けるものではないのだし。事実は逆で、海底ケーブルがたくさん敷かれたからこそみんながネットを利用できるようになったのである。

だいたい80年代終わりから90年代にかけて国際的な通信はケーブル利用が主体になっていった。言われて思い出したが、子どもの頃テレビで国際中継を見ていると、問いかけに対して答えが遅延していたものだ。

あれは衛星を使っていたからだ。今はもうあのような光景をほとんど目にしないが、それは海底ケーブルのおかげなのである。

submarine-cable-map-2019引用:テレジオグラフィー「海底ケーブルマップ2019

テレジオグラフィー(PriMetrica, Inc.)というアメリカの通信コンサルタント会社が公開している「海底ケーブルマップ2019」を見ると、世界中の海の底に無数のケーブルが張り巡らされている様子が分かる。

比喩ではなく、海底ケーブルによって地球はひとつの電子回路になっているのだ。
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ちなみに敷地の一角にあるここでお話をうかがいました。コンテナを利用したスペース。かっこいい。
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光ファイバの寿命は20〜30年と言われていて、そろそろ張り替え需要の波が来ますね」とのことだが、それとは別に、年間を通して保守業務が発生する。

上の図は世界の海底ケーブル網のうち、KDDIオーシャンリンク号が担当する「横浜ゾーン」の範囲を説明したもの(国際ケーブルシップ株式会社ウェブサイトより)。まさに日本の海外通信のメンテを一手に引き受けているわけだ。それにしても「横浜」の名称に対して範囲が広すぎないか。
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上の図もたいへん面白かった。日本近海で、ケーブルが何らかの障害を受ける場所はだいたい決まっているのだという。

ひとつは地震が発生する場所。もうひとつは東シナ海。ここは主に中国の漁船による破損だそうだ。「大潮(秋分)の時期にトロール漁が解禁になると、とたんに破損が増えます」。
なんとなく、深海にあるケーブルの方がトラブルが多そうだと思っていたが、実際には大陸棚で切れることがほとんどだそうだ。つまり、人間が海底に対していろいろ作業する(漁)浅い海の方が障害多発するのである。なるほど。

そのため、こういう浅い場所のケーブルは海底の下に埋めてあるのだが、それでもトラブルは絶えない。そしてケーブルの太さは「深いところのものより、浅いところの方が太い」のだそうだ。意外な感じがするが、その太さも、損傷を避けるための防護策と聞けば、なるほど、と納得だ。

エベレスト山頂から直径23mmのケーブルを探し当てる

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ではさきほど見たかっこいいロボットで、どのように補修作業を行うのか。実物を前に解説してもらった。
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「MARCAS-Ⅳ」の前方にはカメラとアームが付いている。カメラで見ながらこのアームを船の上から遠隔操作して、破損したケーブルを切断し、船上まで引き上げる。
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このマニピュレーターで操作する。自分の手の動きに合わせてアームが動く。「直感的で簡単そう」と一瞬思ったが、簡単なわけはない。
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カメラやソナーなどセンサーが付いているとはいえ、なにせ深くて真っ暗な海底である。上の画面は作業するときに見ることになる海底の状態を示したソナー画面だ(実際の海底のものを再生してもらった)。

どこに何があるのかさっぱり分からない。これを見てケーブルを探り当てるなど、にわかに信じがたい。
さらに、東日本大震災の時に同時多発で発生したケーブル損傷の説明を聞いて、くらくらした。地震によって発生したケーブル損傷の箇所がいずれもロボットが潜水できない(水深2500mまで)かなり深いところだったのだ。
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ではどうするのか。上の図がその方法だ(国際ケーブルシップ株式会社ウェブサイトより・加筆)。船上から切断用の装置を海底に下ろし、障害がある箇所を完全に切り離したした後、それぞれの端を船上に引き上げ、つなぎ直してからまた下ろす、というのだ。

こうやって見るとなんてことなさそうに見えるが、問題のケーブルは数千メートル下にあるのだ。
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木本さんが例えに出した上の絵が分かりやすい。太平洋に敷設されている最も深い部分のケーブルを引き上げるとしたら、エベレストより高い場所から麓にある直径23mmのケーブルを引っかけて持ち上げるということになる。
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たいへん興味深かったのが、この神業を行う方は、上のメーターを見て「お、今ケーブルにひっかかったぞ」と判断するのだそうだ。

これは船を動かして、海底で何か引っかかったときに発生する抵抗などを示すメーターだそうだ。「針によるアナログメーターじゃないとダメらしいんですよ」とのこと。すごい、ほんとうにすごい。
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上はそのメーターがある船内のコントロールルーム。なんというか、神業が執り行われるような場所に見えないのがまたすごい。
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そして引き上げられたケーブルは、船内でつなぎ直される。相手は光ケーブルである。どんなに繊細な作業か想像するにあまりある。集中した作業が時には十数時間に及ぶことがあるという。
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ここが見せてもらったその作業場。実際の作業の時にはカーテンが下ろされ加圧され、ほこりが侵入しないようにする。クリーンルームである。
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おどろくほどざっくばらんな作業場だ。日本の国際通信の命運が決まる場所とはちょっと思えない。

「こんな繊細な作業、船上じゃなくて陸でやればいいのに」とバカなことを一瞬思ってしまった。当然そんなことできるわけがない。なんせ繋ごうとしているケーブルのすぐ先は数千メートル下の海底につながっているのだ。

その両手に、かたや日本、かたや北米に通じている線を握っているとはどういう気分だろう。
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それにしても、日本から北米までの間の海底の地形のダイナミックさといったらない。この地球で最も激しい凸凹と言ってもいいであろうこの起伏に沿って、海底ケーブルが敷設されているのである。

ただ海中に投げ込めば海底に沿うというものではない。様々な技術とノウハウによって達成されている。

それに、例えば日本とロサンゼルスの間は8800kmほど離れているが、もちろんこれを素の1本のケーブルでつなげるわけはない。100km間隔ごとに中継器を入れるなどいろいろたいへんなのだ。

船内どこもかしこもすごい

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木本さんの説明にすっかり度肝を抜かれて外に出ると、そこにはちょっとした高架が走っている。これはケーブルを船に積み込むためのコンベアだ。
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一見、オイルタンクか何かのように見える大きな円筒形のこれ。この中にケーブルが入っている。「保税」とあるのは、海外で制作されたケーブルがここでいったん仮置きされる際、輸入の関税がかけられていない(最終的には日本の国土外である海底に置かれるのだから)、ということを示している。
ということは、ここは税制的には「海外」なわけだ。船の上もまたしかり。聞けば今回のぼくらの取材にあたってそのようないわば一種の「日本国外」に部外者を入れるための許可申請の手続きなどが行われたのだそうだ。お手数をおかけしました。

個人的にはこの光景に一番興奮した。なにかというと、敷地内にあるケーブル倉庫の中にあるカゴだ。
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このようにケーブルがとぐろを巻いている。このときはたまたまケーブルの量が少なかったが、このカゴいっぱいにケーブルが詰まっていたら壮観だろうなー、と思う。そしてこれがしゅるしゅるとコンベアによって船内に運ばれるわけだ。その作業だけでもたいへんだ。
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コンベアはこうして船へ続いている。
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で、船内に入ると、厳重に柵と網が巡らされている巨大なスリットが2つ。
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恐る恐るそのスリットから下を覗くと、そこにはさっきの倉庫にあったのと同じようなカゴが。こうやってケーブルを運んでいるのだ。

ちなみに「下に降りたいです!」とお願いしたのだが、この下の区画は階段などで簡単に降りられるようにはなっておらず、特別な昇降機に乗らないといけないとのことで、希望は叶わなかった。いつか降りたい!
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さきほどの「クリーンルーム」もそうだが、船内にはいたるところに見所があって、何時間でも楽しく見ていられる。個人的には3泊ぐらいしてじっくり見て回りたかった。

上の写真は、リニアケーブルエンジンという、ケーブルを海中に送り出す駆動部なのだが、このタイヤがびっくりだった。
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なんとこのタイヤ、航空機のタイヤなのだそうだ。「堅さや摩擦がケーブルをしっかりと挟みつつ、傷つけずに送るのにちょうどいい」のだそうだ。
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リニアケーブルエンジンが、主に敷設の時のためのものに対し、上の写真にある巨大なドラムケーブルエンジンは、大きなパワーで巻き取ることができるため、補修の際に海底からケーブルを引き上げる際に使われる。
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この巨大なドラムケーブルエンジンの光景もハイライトであった(ハイライトが多すぎる)。ここでもぼくはずっと「おおー!」「すごい!」と連呼していた。
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ドラムケーブルエンジンのすぐ外、船首部分は海底からケーブルを引き上げる滑車になっている。
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これがそう。ぐいと手で押すとじんわりと回る。写真左は今回の取材の担当編集さんだが、彼が押すと、たしかに回った。
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大きな船に乗る機会はあまりないのだが、船首がこんな風になっている船はかなり珍しいのではないだろうか。いわゆる「タイタニックごっこ」はこの船ではできない。
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冒頭の写真を再掲。向かって右の部分がこの滑車である。

やっぱり「当たり前」じゃなかった

ほかにもまだまだ興味深い光景、感心する話がたくさんあるのだが、とうてい書き切れないので、今回はこのへんで。

それにしても東日本大震災の直後すぐに出動して、悪条件の中破損したケーブルを補修していたという話にはほんとうに感動した。当時ネットの速度が大幅に落ちたような記憶はない。ネットワークの冗長性が確保されている、ということもあるだろうが、国際ケーブルシップさんの素早いメンテナンスのおかげでもあるだろう。

「あって当たり前」だと思って湯水のごとく使っていたネットだが、今回の取材で「くだらない動画とか見るの、なんかもったいないな」と思うようになったのでした。
【筆者プロフィール】
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大山 顕
団地マニア/GPS地上絵師。世間的には「工場萌え」の著者として知られています。写真集「団地の見究」「ジャンクション」など。ゲンロンβで「スマホの写真論」連載中。デイリーポータルZでも書いてます。JCT写真集「立体交差」発売中
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