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2022/3/28 10:45

絵本作家おーなり由子さんが366日の歳時記に込めた、日々身近に感じられる“豊かさ”とは?

空の色や風のにおいから感じる、季節のうつろい。そのときしか味わえない旬の食べ物のことや、日常のあちこちに根付く昔ながらの美しい習慣のこと。

 

世の中がコロナ禍に巻き込まれ2年が経過したいま、これまでの人生に対する価値観を見直し、あらためて「日々の生活」を大切に、丁寧に営もうと意識する日本人が増えているといいます。

 

絵本作家・漫画家としても知られるおーなり由子さんの『ひらがな暦 三六六日の絵ことば歳時記』は、そんな日本で暮らす日常の豊かさを伝えている知る人ぞ知るベストセラー。これを以前から愛読していたブックセラピスト・元木忍さんが、同書の誕生秘話に迫ります。

 

おーなり由子『ひらがな暦 三六六日の絵ことば歳時記』(新潮社)

季節のうつろいについて感じたことや、日常の小さな物語を綴ったイラストつきのエッセイを1日1ページ、366日分収録。各地の行事やお祭り、旬のレシピから季節の動植物についての知識まで、なんでもない日常にある楽しさや喜びを見つけるヒントもたっぷりと詰まっている。2006年の発売以来、新旧幅広いファンの支持を集めて着実に版を重ねるベストセラー。

 

いま再び見えるようになった、当たり前の日常の美しさ

元木忍さん(以下、元木):私は長年、本に関わる仕事をしていますが、コロナ禍以降、人々が読みたいと思う本の内容が変わってきたように感じているんです。そんななか個人的によく読み返すようになったのが、おーなりさんのこの本でした。今日も私物を持ってきたのですが、もう何年も読んでいるから、あちこちに付箋を貼ったり、美味しそうなレシピにマーキングしたりしています(笑)。

 

おーなり由子さん(以下、おーなり):ふふふ。そうでしたか、ありがとうございます。

 

本の中で紹介されている和菓子をお取り寄せしたこともあるくらい、本書をプライベートで活用している元木さん。季節の食べ物やレシピを思い出すツールとして重宝しているそう。

 

元木:15年以上も前の本なのに、全然古さを感じません。この本を何気なくめくっていると、旬の野菜やお魚のことが書いてあったり、「小さなころこんな行事があったな」なんて思い出したりして、もっと1日1日をゆっくり大切に生きてみたくなるんですよね。これってまさに、いま多くの日本人が求めている感覚じゃないかと思って、今回は取り上げさせていただきました。だいぶ前のお仕事ではありますが、この本を作った当時の思いを聞かせてください。

 

おーなり:小さいときから、よく新聞とかに載っている小さな歳時記の欄を読むのが好きだったんです。たとえば、「立春」とか「啓蟄※」とかいう漢字にわくわくしたり。小学生の頃は、こういう季節の言葉があるってことを知らなくて、すごく新鮮で。季節を感じるって楽しいな、と思って。スケッチブックに絵日記を書いたりしてました。いつか、季節をテーマにした本を作ってみたいなあ、とずっと思っていたので、編集の方に打ち明けて。やっと書くことができてうれしかったです。(※けいちつ)

 

手前に写っているのが、今回快くお話をしてくださったおーなりさん。今回の取材は、都内にあるおーなりさんのご自宅で、庭木に集まる鳥たちの声をBGMに行われました。

 

元木:当初から、1日ごとに絵と文を綴るという形式にしたかったんですか?

 

おーなり:そうなんです。毎日1ページ、という形で書きたくて。知識とか情報というより、エッセイを読みながら、その季節の感覚の中にスッと入ってもらえるような、そんな本にしたかったんです。

 

イラスト付きのエッセイは1日につき1本。ページの下段に、その時期の旬の食べ物、地方の行事やお祭り、著名人の誕生日や二十四節気のことなど、おーなりさん自身がチョイスした小さな情報を添えています。

 

元木:制作は何年越しだったのでしょうか?

 

おーなり:実はこれを作っていた途中で子どもが生まれて、思っていたよりすごく時間がかかってしまったんです(笑)。妊娠前から始めて、産後に仕上げて……という感じで、だいたい5年くらいですね。文章や絵を描くだけでなく、書かれている事柄についての事実確認にも意外と時間がかかって。

 

元木:地方の小さな行事とか和菓子屋さんのお菓子、著名人の誕生日まで、なかなか幅広い情報が書いてありますものね。

 

おーなり:いろいろなことを書いたので、校閲の方から毎週のように質問がありました。市町村の合併が各地であった頃で、校正をしている間に街の名前が変わったり、合わせてお祭りの名前も変わっていたり。編集さんの横で赤ちゃんを抱っこしながら、調べたり、答えたりしていました。長く読んでもらえることになったので、巻末付録の二十四節気表は、10年目で更新しています。

 

元木:366日は順番通りに埋めていったんですか? 1日で1日分を書くとか?

 

おーなり:いいえ。書きたいことからです。自分でレイアウトするので、上にエッセイとイラスト、下に季節の情報を書こうと決めて、まずその「ひらがな暦」用の原稿用紙をつくってから、そのスペースに書いていきました。それぞれの季節で、食べ物の話が続いたら、次は星の話、取り上げたい記念日があるから、それにまつわる思い出を書こうとか、れんげ畑の記憶はどの日に入れよう、とか。パズルみたいに、季節を行ったり来たりしながら書いていったんです。

 

つい試してみたくなる、小さなスイーツのレシピなども盛り沢山。ご自身も料理好きですが、そこも肩肘張らずに、普段は冷蔵庫にあるものでさっと作れるような料理をすることが多いそう。

 

こちらは担当編集者が鋭意制作したという巻末付録の索引。キーワードがあいうえお順で記されており、「あの行事は何日だったっけ……?」といった疑問がすぐ解消できるようになっています。

 

日常のすぐそばにある季節の楽しみ方を教えてくれる本

元木:あらためて読んで思ったのは、私たちって「本当は知っているのに忘れてしまっていること」がよくあるじゃないですか。今までは毎日があまりにも忙しすぎて、夜にお月様をゆっくり見るなんてあまりなかったけれど、最近は「今日は満月か、じゃあ空を見てみよう」って感じる余裕が出てきたというか。これって多分私だけではなく、みんなになんとなく起きている心境の変化だと思うんですよね。『ひらがな暦』に書かれているようなことの大切さ、豊かさを、今になってやっと人々が欲しがるようになってきたんじゃないかと思っていて。

 

おーなり:家にいる時間が増えて、すぐそばの楽しみを見つけた人が多いのかもしれないです。近すぎて何もないと思っていた足もとに、いろんな面白さがあった。というか。
当時はそんなに気負って書いたつもりはなくて。もともと日常のちょっとしたことが一番楽しいと思っているので、この本は、本当に個人的な季節の感じ方、楽しみ方を集めるように書いています。たとえば、さくらの花びらが、道の端っこにたまってたら、さわりたくなるとか。そういう(笑)。わたしが好きな、季節のかわいいものや、面白いと思うものを、読んだ方が私とは違う形で楽しんだり、ふくらましたりしてくれているとしたら、すごくうれしいです。

 

いわし雲が出る時期は、いわしが食べごろ…。そんな風に、季節を味わうための豆知識を、エッセイを楽しみながら吸収できる作りになっています。もちろん、好きなページをランダムにぱらぱらめくって読むのもアリです。

 

11月17日のエッセイは、風邪を予防する「蓮根療法」について。その昔、自然療法の大家・東城百合子さんの本に影響を受けて以来、民間療法を「試す」のが大好きというおーなりさんらしい内容です。

 

元木:私は気に入ったページにマーキングするだけじゃなくて、家族の誕生日とかも書き込んでしまってます(笑)。

 

おーなり:うれしいです。そんな風にメモしながら使ってくれたらいいなという思いもあったんです。その人の歳時記になって、繰り返し開いてもらえたら、本も幸せだと思います。

 

元木:お正月だけ買える花びら餅、クリスマスのガレットとか、うっかり忘れてしまいそうなことを思い出すツールとしても役立ちますよね。ほら、9月16日の「いわし雲」のページは、「いわしが食べごろ」にマーカーをしていたり(笑)。

 

おーなり:そうそう(笑)、この本にはそもそも、自分用に覚書をしておきたいという思いもありました。

 

元木さんのように家族の誕生日を記入したり、覚書としてイベントや出来事をメモしておいたりする読者もいるのだとか。自分色の一冊に染めていくのも、この本の楽しみ方のひとつです。

 

日本人であることを「気に入っている」

元木:好きな季節ってあるんですか?

 

おーなり:どの季節も好きなのですが、特に季節の変わり目が好きです。ちょっと涼しくなったり、風や匂いが変わっていくときの新鮮な気持ち、なんとも言えない気持ちになります。

 

元木:けっして華やかではないけれど、日本人なりの豊かな生き方とか、当たり前にあるものの尊さっていうのを、私はこの本からすごく学んだ気がしています。おーなりさんはそもそも、日本人であることとか、日本の文化といったものを普段から意識しているタイプですか?

 

おーなり:特別に意識しているわけではないですが、これは、日本独特の感性なんだな、と思うことはよくあります。育ったのが、大阪の郊外で、田んぼがあったり、森があったり。北摂というエリアなのですが、子どもの頃、住んでいた家が、神社のある山のふもとにあって、鳥居をくぐってから家に帰るような面白い場所でした。目に見えないちいさい神さまが、そばにいるような感覚とか、お祭りのニュースや太鼓のひびきにわくわくしてしまうのは、そのあたりが影響しているかもしれません。

 

元木:じゃあ、地方のお祭りなんかは良く出かけるのですか?

 

おーなり:有名なお祭りにわざわざ行くことは少なくて、出かけるのは身近なところ。近くの神社の「茅の輪くぐり」とか「朝顔市」とか……楽しいです。こんなお祭りしてたんだ! と発見するのも楽しいし、自分の住んでいる場所が好きになります。

 

元木:でも、日本人であるというルーツをとても大切にされている感じがします。

 

おーなり:日本人に生まれたことは、気に入っています。よかったなあ、と思う。四季があるって、ほんとに、幸せやなあ、と思います。田んぼのお祭りが神さまへの祈りや感謝につながってたり、「いただきます」といって、ごはんを食べることとか。でも、見えるものと見えないものが重なっている感覚って、日本人は生活の中に染みこんでいて、言葉にしなくても、普通に持っている気がします。

 

エッセイにはおーなりさんの記憶や体験に基づいた個人的なことも書かれていますが、自分の思い出や体験とシンクロしてグッときてしまうことも……。添えてある優しい絵柄にも心が癒されます。

 

キッチンに。ひとつひとつ表情が違う味わい深いフォルムのガラス瓶。小物や雑貨のひとつひとつが、大切にチョイスされていることが伝わってきます。

 

日々を幸せに生きるコツは、「できない」を受け入れること

元木:おーなりさんはそもそも漫画家としてデビューされた経歴をお持ちですよね。

 

おーなり:はい。高校生の時に『りぼん』でデビューしました。メジャーな作品の横で、童話のような短編を描いていました。雑誌の中では、ちょっと浮いてましたが、ありがたいことに、それをずっと読んでくださっている方々がいて。

 

元木:こういった「絵と文」を描くようになったきっかけは?

 

おーなり:最初は、漫画を読んだ大和書房の編集の方が「エッセイを書いてみませんか」と、声をかけてくださって。私の文章を「味があっていいね」と面白がってくれたので、書くのが楽しくなりました。それから絵本などの仕事につながっていったんです。

 

元木:漫画の形にこだわりはなかったのですか?

 

おーなり:絵を描くのが好きなので、絵本はずっと描いてみたかったんです。いろんな本を作りますが、漫画でページの作り方を学んだので、自分では、形が変わってもそれがベースになっているな、思っています。

 

元木:おーなりさんの絵って、線がちょっとゆるかったり、丸もきれいな形ではなくいびつだったり、そういう「キチッとしていない感じ」が、すごく自然で素敵だと思っています。自分が好きなことをしながら、日常の中にある豊かさを味わって生きているおーなりさんの生き方に憧れを感じるのですが、そんな風に日々を生きていくためのコツって何かありますか?

 

おーなり:コツとは言えないかもしれませんが、無理できない性分なんです。ただ、できないからしないだけですが(笑)。暮らすことも、描くことも大事だから、心のどこかにぽかんとした場所があるようにしておきたい、と思っています。

 

元木:「できないことはしない」という線引きがしっかりできるからこそ、目の前にある季節の移ろいや、日常の中の豊かさ、楽しさに意識を留めることができるのかもしれませんね。

 

おーなり:自分がいるところから、愛しいものを探したいです。現実には、悲しい出来事も多いから、ちょっとしたことに、幸福を感じることが、わたしにとっては大切なんだと思います。

 

【プロフィール】

絵本作家・漫画家 / おーなり由子

1965年大阪生まれ。絵本作家、漫画家。夫は絵本作家のはたこうしろう氏。1982年に少女漫画雑誌で漫画家としてデビューし、その後は絵本作家としても活躍。近著として「こどもスケッチ」(白泉社)、「あかちゃんがわらうから」(ブロンズ新社)、「ことばのかたち」(講談社)などがある。ペンネームの「おーなり由子」は、漫画雑誌に投稿していたとき何となく付けた名前を編集者に気に入られ、そのまま使っているそう。2022年夏に偕成社より、ワニと女の子の童話絵本を出版予定。
http://www10.plala.or.jp/Blanco/