最終回 いらない物が欲しい
子供の頃、なぜあれが、あんなに欲しかったんだろう……というモノがある。いくつかある。その中でも、鮮明に憶えているモノが、陶器でできたブルドッグの貯金箱だ。なぜ? 本当にそう、あの頃の自分に問いただしたい。そのブルドッグの貯金箱は、地元の小さな商店街のおもちゃ屋にあった。いまでは、なかなか見かけないが、僕の小学校時代にはまだ、商店街におもちゃ屋が健在だった。ガラスケースの中で、ホコリを被った超合金のロボットや、色褪せたゴジラのフィギュアなどが飾られていた。潜水艦が描かれたプラモデルは、両手を広げないと持てないくらいには大きかった。
その中に、ほぼ誰にも見向きもされない、ブルドッグの貯金箱がポツンとあった。塗られた茶色のペイントもところどころはみ出していた。なぜあれが、あんなに欲しかったんだろう……。おもちゃ屋の前を通るたび、店内に入って、ブルドッグの貯金箱が、まだあるかどうかをたしかめていた。買われてしまったらどうしよう、と怯えていた。その頃、僕の小遣いは月、百円だった。ブルドッグの貯金箱は、千二百円。つまり、一年まったく小遣いを使わなかったとしたら、手に入れることができる。

ただ、小学生にも付き合いというものがある。駄菓子屋に友達と一緒に行ったり、学校帰りにガムを買ったり。それらを全部断りつづけると、心象が良くない。ときどきは、友人にガムを一枚くらいあげることも、子供の嗜みというものだ。百円は月の中頃には、だいたい二、三十円になってしまう。どう考えても、ブルドッグの貯金箱を、手に入れることができない。
そこで僕は、母に交渉することにした。「風呂の掃除を一生自分がするので、ブルドッグの貯金箱を買ってくれ!」と(いま思うと代償が大きすぎる)。母は懇願する僕を冷たい視線で観察しながら、コイツからはもっと引っ張れると確信し、一生風呂掃除にプラスして、一生ジョン(飼っていた柴犬)の散歩をすることを条件に加えてきた。すぐには、ウンと言えず、持ち帰らせてくれ、と僕は部屋に戻る。しばし、ジッと目をつむって考える。本当に自分はブルドッグの貯金箱が欲しいのか? と。すぐに答えは出た。「絶対に欲しい!」(なぜだ!)。
僕は、夕飯の支度をしている母のところまで走っていき、「一生風呂の掃除とジョンの散歩するんで、買ってください!」と、深々と頭を下げた。そこまでして欲しかった、ブルドッグの貯金箱を、本当に買ってもらったかどうか、正直まったく憶えていない。ただ、風呂掃除とジョンの散歩は、間違いなく、ずっと自分が担当していた。母にうまく丸め込まれたのかもしれない。しかし本当に、なぜあんなに欲しかったんだろう……という疑問は残る。

知り合いに、ブルドッグの貯金箱のことを話すと、「わかる。俺はそれがキン消し(キン肉マンの消しゴム)だった!」と言っていた。知り合いのライターの女性は、川で拾った石を持って帰ろうとして、父親に「置いてきなさい!」と怒られ、「この石を置いていくなら、わたしはこの川に住みます!」と宣言して号泣したことを教えてくれた。そして誰もが、なぜあんなに欲しかったんだろう……と首を傾げていた。
先日、僕は、家電量販店で珍しい光景に遭遇した。
ゲームコーナーで、たくさんの人が並んでいる横で、床に大の字になって、ギャンギャン泣いている小学生くらいの男の子がいた。「買って! 買って! 買って!」と漫画のように泣きながら大騒ぎをしている。通常なら、「うるさいなあ……」で通りすぎて終わりのところだが、たまたま、ブルドッグの貯金箱の話を知り合いにしてすぐだったので、どちらかというと、床で大の字になっている男の子のほうに、感情移入してしまった。
「そんなにしてまで、なにが欲しいの? おじさんが買ってあげよう」と本当に喉まで出かかったが、男の子の傍らで呆れている母親の冷たい視線と目が合って、すごすごと、逃げるように店をあとにした。
【編集部より】
2024年9月からお届けしてきた、燃え殻さんの連載「もの語りをはじめよう」は、今回で最終回となります。
これまでお読みくださった皆さま、本当にありがとうございました。
身近な「もの」から広がる、さまざまな記憶や人生の風景。燃え殻さんが綴ってきた数々の物語を、今度は一冊の本として皆さまにお届けできるよう、2027年の刊行に向けて準備を進めてまいります。
また本という形でお会いできる日を、楽しみにしていただけましたら幸いです。
イラスト/嘉江(X:@mugoisiuchi) デザイン/熊谷菜生