ワールド
2020/4/10 18:30

逆境のときこそ前を向く! 片足を失ったアスリートはいかにして運命を積極的に変えたのか?

モトクロスをできる義足がないなら自分で作ってしまおう——

 

プロ選手として活躍していたときに片足を失ったにもかかわらず、マイク・シュルツ氏は人生を積極的に捉えています。今年2月に米国ナッシュビルで開催された3DEXPERIENCE WORLD 2020に登壇した彼は、そのポジティブシンキングで聴衆を驚かせました。前向きな考え方とテクノロジーが組み合わさると、いかに人生は変わるのか? シュルツ氏の話から考えてみたいと思います。

↑3DEXPERIENCE WORLD 2020に登場したマイク・シュルツ氏(右)(Courtesy of Dassault Systèmes)

 

シュルツ氏は、サーフィンやスノーボード、モトクロス、乗馬ができる義足を開発・販売しているBioDapt社の創業者です。もともとはプロのスノーモービル競技選手として活躍していましたが、2008年、競技中に、左足の膝から下を切断しなければならない事故に遭います。普通の人なら「もう競技を続行することはできない」と思うでしょう。しかし、彼は違いました。

 

「医者に脚を切断する必要があると言われました。ただそのときに前を向こうと自分に誓ったのです。ネガティブよりも何かポジティブな変化を起こしたいと。そうやって決心すると、私の好きなモトクロスに(片足の)自分が使えるようなツール(義足)がないことに気づきました。そこで早速お店に行き、道具を買い集めて義足を作ることにしたのです」とシュルツ氏は当時を振り返ります。

 

従来のスポーツ用義足はコイルのバネが硬すぎるうえ、可動域が狭いので、パフォーマンスを発揮できないとシュルツ氏は考えていました。そこで、彼はFOX社のマウンテンバイク用サスペンションを試します。そうすると可動域が広がり、衝撃もしっかり吸収できるようになったほか、空気圧によって圧縮と反発も調整できるようになりました。

 

「失った足のことより、どうすれば義足は機能するのか? この問題についてひたすら考えていました。自分で部品をカットしたり、組み立てたり、考え直したり、試行錯誤を繰り返しながら問題を1つひとつクリアしていきました」とシュルツ氏。このプロジェクトに「Moto Knee」という名前を付けた彼は一歩一歩目標に近づいていきます。そして、ついにプロトタイプができあがったとき、子どものように大興奮したそうです。

 

シュルツ氏は事故からわずか4か月後にMoto Kneeを完成させ、7か月後には、この新開発の義足を装着してダートバイクのレースに参加しました。

 

すると今度は、スノーボーダーからリクエストが入ります。スノーボード向けのMoto Kneeを作ってくれないかと。そこでシュルツ氏は自ら実験台となり、Moto Kneeを着用しながらスノーボードを始めました。改良に改良を重ねたこの義足は、いまやスノーボードだけでなく、サーフィンやモトロス、乗馬向けなど、さまざまなタイプがあります。

 

もっと多くのアスリートに義足を

Moto Kneeについて説明するシュルツ氏(Courtesy of Dassault Systèmes)

 

2009年、シュルツ氏はMoto Kneeを着用してエックスゲームズ(X Games)夏季大会に出場。障がい者部門のスーパークロスで銀メダルを獲得しました。翌年にはその冬季大会に出場し、スノークロスで金メダルを獲得した一方、シュルツ氏は、もっと多くのアスリートに義足を提供したいという思いからBioDapt社を設立します。

 

同社は義足を量産するために、インダストリアルデザインを専門とする企業Center for Advanced Design(CAD)と組みました。開発チームは義足のパーツの設計にダッソー・システムズのSolidWorksを使用。ちなみに、この3DモデリングソフトについてCADの責任者は、AIを活用し3Ⅾの形状で迅速に設計し強度計算までできるのが素晴らしいと語っています。

 

マイク氏はBioDapt社の経営者として精力的に働く傍ら、現在もアスリートとして活動中。2018年には平昌パラリンピックの男子スノーボードクロスで金メダルを獲得しています。また、その大会ではライバルたちのなかにMoto Kneeを使っている人がたくさんいたと、シュルツ氏はうれしそうに話していました。

 

片足を失うというアスリートにとっては致命的な状況に陥りながらも、それを前向きに受け入れ、自ら義足を開発し、社会の役に立つ。そんなシュルツ氏の心の持ち方には、私たちも学ぶべきところがたくさんあるでしょう。