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2022/12/7 10:45

「観光DXの切り札」は歴史遺産にアリ。VR&ARで加速する「歴史DX」の最前線

金融、医療、物流、防災……。幅広い分野で「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が叫ばれるなか、観光の切り札として俄然注目を集めているのが「歴史DX」。失われた城や建物、かつての街並みなど観光資源である歴史的資産をデジタル技術で精密に再現し、VRやARで体感してもらうという「過去」と「現在」を結びつける新しいツールです。

 

観光立国のカギを握る「歴史DX」とは?

近年、文化庁では文化芸術のDX化を推進しており、令和5年度予算の概算要求の柱として「文化芸術のグローバル展開、DXの推進、活動基盤の強化」(令和5年度要求・要望額:301億円+事項要求/前年度予算額:223億円)が掲げられています。また、歴史的な文化財をDX化によって積極的に活用していくことを観光庁が推進している流れとも合わせ、歴史再現系のデジタルコンテンツは、2030年に訪日外国人旅行者数6000万人を目指す「観光立国」のカギともなるでしょう。

↑文化庁が公表している令和5年度予算の概算要求では、文化芸術のグローバル展開、DXの推進、活動基盤の強化などに力を入れていることがわかる(文化庁資料より)

 

今回のインタビューでは、歴史DXをいち早く手掛けてきた株式会社キャドセンター(以下、キャドセンター)の担当者、綱木 俊博さん、宮下 真一さん、岡本 小夏さんに、歴史的資産を再現する意義や、歴史DXを成功させる秘訣について伺いました。

↑株式会社キャドセンターの綱木 俊博さん、宮下 真一さん、岡本 小夏さん

歴史的資産のデジタル化はいつから盛んになったのか?

そもそも、デジタル化によって歴史的資産の観光価値を高めようという試みは、「Oculus Rift」や「PlayStation VR」といったヘッドマウントディスプレイが市場に出揃い「VR元年」と呼ばれた2016年頃から盛んになってきました。キャドセンターの場合、従来からの技術の蓄積があって参入がスムーズだったといいます。

 

「歴史関連のコンテンツでしたら、弊社は20年以上前から扱っています。メイン事業は建築のCGですので、基本的に建物が完成した後の未来の姿を描くことが多いのですが、それは“今ないものを描く”という意味で歴史の再現とも親和性が高いんです。また、デジタルアーカイブという技術も、ちょうど20年ほど前に確立されました。物体をレーザー計測して点の集合体『点群』を取り、形状そのものをデジタル化して残すという技術です。例えば、点群データから新薬師寺の仏像をデジタル化し、さらに現在色が落ちている部分の彩色を再現するといったコンテンツも手掛けていました」(綱木さん)

 

特に大手の印刷会社など、歴史的な建物や造形物のデジタル化を手掛けてきた企業は同様の傾向が見られるそう。さらにキャドセンターの場合、VRコンテンツのノウハウも蓄積していたとか。

 

「実は20年以上前から今で言うVR的なものはあったんですよ。要はゲームと同じようなもので、PCでリアルタイムにレンダリングしていくインテラクティブ性のあるCGのことです。そういったVR的なコンテンツを、20年以上前から手がけていたことが技術の蓄積に大いに役立ちましたね」(綱木さん)

 

「みえない世界遺産」を見える化せよ!

それまで学術的・学問的なニュアンスが強かった歴史資産のデジタルアーカイブ化に、VRで楽しむというエンタメ色が加わっていく先駆けとなったケースが、2015年から公開された佐賀県三重津海軍所跡の「三重津タイムクルーズ」です。

 

「私たちが関わった歴史系デジタルコンテンツで、非常にエポックメーキングとなったのが『三重津タイムクルーズ』という事例です。今は地中に埋まってしまった明治の海軍所をCGで復活させ、賑わっていた当時の様子もVRで体感できるという仕掛け。この「三重津タイムクルーズ」の試みは、文化庁のガイドブック「文化財の観光活用に向けたVR等の制作・運用ガイドライン」(2018年)にもモデルケースとして取り上げられ、評価されました。これ以降、自治体や施設からのVRやARを使ったコンテンツへの問い合わせが、圧倒的に多くなりましたね」(綱木さん)。

↑2015年から公開された産業革命遺産 佐賀県三重津海軍所跡の「三重津タイムクルーズ」。今は地中に埋まってしまった海軍所の往年の様子をVRでリアルに体験することができる

 

これをきっかけに、同じく世界遺産の平泉の文化遺産を体感できるVRコンテンツ「平泉タイムスコープ」など、さまざまな自治体から歴史系デジタルコンテンツの依頼が舞い込むようになったといいます。

 

「平泉は、中尊寺の金色堂以外にも世界遺産の構成資産が実は7か所ほどあります。それらはほぼ現存しておらず、回遊してくれる人も少ないのでなんとか増やしたいとのことで、平泉町から依頼を受けました。「平泉タイムスコープ」は、無量光院跡というお寺があった場所などを巡ってVRゴーグルを覗いて、平安時代の平泉を体験できるコンテンツになっています。」(綱木さん)

 

この「平泉タイムスコープ」では、コンテンツ内で平安時代の雰囲気をリアルに再現するために、地元の方々の協力を得て時代衣装を身にまとった人物を撮影してモデリングをするといったこだわりもあります。撮影には、キャドセンターのグループ会社である立体造形工房の技術である、360°ぐるりと設置した100台のカメラを使い、瞬時に3Dデータ化する3Dスキャンシステム「瞬撮」が用いられています。

↑100台のカメラを使い瞬時に3Dデータ化する3Dスキャンシステム「瞬撮」での撮影風景。モデルとして参加したのは地元の人たちだ

 

「私は学芸員資格を持っているのですが、歴史学を専門にしている監修の先生と細かくお話ししたうえで、京都の老舗の貸衣装屋さんにも相談して、きちんとした平安時代の衣装を用意していただきました」(宮下さん)

 

建築物や衣装はもちろんのこと、こうした当時の光景の再現には、これまでの歴史研究の結果とのすり合わせが重要となってきます。

 

「監修の研究者の方に、『今はこうだけど、実際の道幅はもっとこうでしたよ』と詳細な地図をいただいて、それをインプットしていきました。建物に関しても、研究が進んだデータをお持ちの先生がいらっしゃって、それをもとにさらに作り込んでいくというケースもあります。建築学の先生、民俗学の先生、さまざまな研究者の方と関わりながら進めています」(宮下さん)

 

「人物の動きに関しては、たとえば実際の雅楽を継承されてる方の動きをモーションキャプチャーしています。バーチャルではありますが、極力リアルに見せる努力をする。まるでそこにいるような体験をしていただきたいと思っています」(綱木さん)

↑「平泉タイムスコープ」では、当時の暮らしぶりはもちろん、道幅まで緻密に再現されている

 

高いモデリング技術に基づいたリアルな3Dデータがあるからこそ、VRによって臨場感の高い体験が可能になる。そして、現在と過去を比べることで、そこにかつて何があったのかを認識でき、時代の移り変わりもイメージできる。単なる歴史文化財の再現に留まらない、これぞタイムトリップといえるのではないでしょうか。

 

プロジェクトの制作期間は意外と短い!?

デジタル上とはいえ、現存していない建物や施設を作り出したうえに、当時の風景や空気感も再現するプロジェクトには、一体どのくらいの期間がかかるのでしょうか。

 

「ほとんどのプロジェクトは1年未満ですね。公募があってから納品までがほぼそれくらいです。ただ、多くの場合、監修の先生が入られて、さまざまな部分に監修が及ぶので、その期間も待たなければなりません。そうなると実際の制作期間は半年ほどですかね」(綱木さん)

 

「最初の半年で、どういったものを見せるか、シナリオのようなものを監修の先生と決めて、そこからデータを作っていく作業に移ります」(宮下さん)

 

史実と照らし合わせながら入念な計画を立て、その後精密なCGを半年で仕上げる。これはまさに職人芸と言えるでしょう。そして何より、コンテンツを作るうえで忘れてはならないのが地元の方との協力だそうです。

 

VR化することがゴールではない

これまでの話からもわかるように、歴史DXと一口にいっても、歴史資産をただVR化することがゴールではありません。VRにする意義や、VRにすることで何を楽しんでもらいたいのか? そうした視点がないと歴史DXは上手くいかないと岡本さんは言います。

 

「文化財を観光資源化するということは、観光に来た方にとっても、地元の方たちにとっても、その場所にある歴史や文化を深く理解できる状況を作るということなのです。エンタメ系の演出がそれを手助けする場合もありますし、シリアスな用途で歴史体験を行いたいというケースもあります。ただ当時を再現するだけでなく、そこに意味を付与する。そのコンテンツがどういった意味を持っているかという部分を意識して常に制作しています」(岡本さん)

 

たとえば広島市の平和記念公園をVRで巡る「広島 PEACE PARK TOUR VR」では、被爆経験を語る証言者の高齢化による歴史の伝承という課題解決に挑みました。ただし、VRがもたらす臨場感はそれを体験する人によっては刺激が強すぎる場合があるため、開発に際しては被爆者の方の証言や過去の写真などの史実をベースに再現しつつも、2つの異なるバージョンを用意したそうです。

↑「広島 PEACE PARK TOUR VR」では、被爆当時の状況や復興に向けて立ち上がる広島市民の想いを体験できる

 

「VRでリアルに再現したい』という思いだけが目的化してしまうわけですけど、そこになるべく人間味を付与しつつ作るということをキャドセンターではやっていけたらと思っています」(岡本さん)

 

歴史的な事実、地元の方々、観光に訪れる方、それぞれが持つ背景を理解しながら、再現という枠を飛び出さないように体験コンテンツとして仕上げていく。デジタル技術だけでは成立しない中身の濃さが歴史DXの真髄なのでしょう。

 

2022年12月17日~18日には国内最大級のお城ファンの祭典「お城EXPO 2022」にて、「仙台城VRゴー」、そして初となる「お城バンジー」などのVRコンテンツを出展予定というキャドセンター。

 

「「お城バンジー」はエンタメに振った話題性の高いコンテンツになっていると思います。CGデータがあれば、観光向けにこうしたインパクトのあるものも作れるんだという方向性を見せられれば嬉しいですね」(綱木さん)。

 

お城の新しい楽しみ方として「お城バンジー」は今後定着していくのか。ぜひとも体験してみたいコンテンツです。

 

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まとめ/卯月鮎 撮影/中田悟(人物)