いまは珍しい西支料理がベースとなっている
「萬福」で感じられる郷愁は、料理に関しても言わずもがな。なんといっても、基本的なレシピは創業時から不変というから驚きだ。つまり、大正時代と同じ味を楽しめるのである。そんな同店を代表する一皿が「中華そば」。玉子のトッピングが個性的な一杯だ。
秘伝のスープは詳細こそ明かせないものの、動物系のダシに香味野菜を加えたもので魚介は入らない。そこにしょうゆダレを合わせ、特注のストレート細麺をしずめる。大きな特徴は、薄焼き卵を二等辺三角形にカットしてのせるトッピングだ。ほかではあまり見かけない特徴だが、その理由は創業者である初代の経歴にあった。
料理人だった初代は洋食出身。そして創業時の「萬福」は西洋と支那(中国)のメニューを提供する西支(せいし)料理というハイカラなジャンルだった。時代の流れとともに中華の割合が増え、街中華へとなっていった同店。だが、メニューの随所に西洋料理のエスプリといえる盛り付けへの美学などが込められている。そのひとつが、三角形の黄色い玉子なのだ。また、「ポークライス」にもその片鱗を見ることができる。
チャーハン(焼飯)がしょうゆ味なら、「ポークライス」はケチャップ味。豚肉を使って強火の中華鍋で炒めるからか、洋食のチキンライスよりもパラっとしていて、パワフルなうまみがある。だが、玉ねぎの甘みによってまろやかさもある。いまとなっては珍しいかもしれないが、レシピを長年守り続けた老舗ならではの逸品だ。
ほかにも傑作は数知れず。たとえば餃子は豚肉と白菜を具材に用い、ニンニクは入れない。これは昼に訪れるビジネスマンのお客に配慮したものだ。シンプルであるが絶品で、厚くもっちりとした餃子を一度ボイルし、その後たっぷりの油で焼くのも特徴。そのため、まるで揚げパンのようにふっくらジューシーとした味に仕上がっている。
一品料理で人気の「レバーにら炒め」も素晴らしい。「中華そば」などに用いる秘伝のしょうゆダレを味付けの軸にしており、酒などの調味料はあえて使わずシンプルに仕上げる。しいていえば豆板醤を辛さのアクセントにしているが、これが絶妙なエッセンスとなってご飯や酒が進むおいしさを醸し出すのだ。
奇しくも2018年の秋から放送されるNHKの朝ドラは「まんぷく」というタイトル。インスタントラーメンを生み出した偉人をモデルとした内容だが、この「萬福」にも奥深い歴史と秘められた人間ドラマが隠されている。ぜひ今度銀座に繰り出す際は、同店の味と雰囲気でモボ&モガ(モダンボーイ、モダンガール)な気分に浸ってみては。
撮影/我妻慶一
【SHOP DATA】
萬福
住所:東京都中央区銀座2-13-13
アクセス:東京メトロ日比谷線ほか「東銀座駅」A7口徒歩3分
営業時間:11:00~15:30、17:00~23:00(L.O.22:30)月~木、(L.O.23:00)金、(L.O.22:00)土
定休日:日曜、月曜の祝日