Vol.93-1
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、アップル・シリコン。WWDCで発表されたMacの自社設計CPUへの移行―その背景には何がある?
多数の障壁を乗り越えCPUを移行する意味
今年の年末、アップルはMacに使っているCPUを、インテル製のいわゆる「x86系」プロセッサーから、ARM社のCPUコアを使ったアップル設計による「アップル・シリコン」へと変更すると発表した。最初のアップル・シリコン搭載Macは2020年末までに発売され、その後2年間をかけて移行していくことになるという。
アップルがMacのCPU変更を検討している、という噂はもう何年も前からあった。iPhoneやiPadなどの主要製品ではもう10年も前からアップルが設計したプロセッサーの「Aシリーズ」が使われているし、iPadの性能向上から「この先にはARMのコアで動くMacがあるのだろう」と予想するのも当然ではある。
だが、これは大変な苦労を伴う。アップルが大変なのではない。Mac向けにソフトやサービスを作っている開発者とメーカー、そして製品を使うユーザーの側の負担が避けられない。CPU変更とは、ソフトの互換性を失うということだからだ。
もちろん、CPUの違いを吸収する技術も進歩しているし、プロセッサーの速度も上がっているので、過去にMacがCPUを変更したときほど、互換性の問題は出ないだろう。実際、ほとんどのソフトがそのまま動作し、速度も極端には変わらないと思われる。とはいえそれでも不安があることに変わりはないし、数年以内に買い替えが必要になるのも間違いない。相応のメリットがないと消費者には受け入れられない。
もちろんアップルも、それはわかっている。今回アップルは、主に2つのメリットを用意する。 ひとつは「iPhoneやiPadのアプリがそのまま動く」ということ。CPUのコアが同じになるので、macOS側で適切な準備をすれば動かすことはできる。いまやアプリやサービスの中心はPCよりスマホ・タブレットだから、「日常使っているスマホアプリがそのままMacでも」というのを魅力的だと感じる人は多いのではないだろうか。アプリ開発者にとっても、開発効率向上や販売機会増加に繋がり、プラスだ。
もうひとつは「消費電力と性能のバランス向上が見込める」ことだ。インテルのCPUの処理性能は優秀だが、こと省電力性能については、スマホやタブレットが使っているARM系プロセッサーに敵わない。実際、スマホとPCを比べると、バッテリー動作時間ではPCが不利になっている。一方、iPad Proに使われている「A12Z Bionic」などのプロセッサーは、純粋に処理性能だけなら、もはやモバイル向けのインテル製プロセッサーに勝るとも劣らない。だとすれば、「Macに合わせたARM系プロセッサー」を設計すれば、処理速度が速く、バッテリーも長持ちするMacを作れる……という可能性は高い。iPad Proの性能などから判断すれば、そうなると考えて間違いないだろう。
では、互換性以外の懸念はないのか? もちろんたくさんある。そして、アップルはそこでも秘策を用意している。インテルは対抗策を持っていないのか? もちろんある。Windows向けのCPUにも「脱x86」の可能性はあるのか? そのあたりの答えは、ウェブ版で解説していくこととしよう。
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