『下町ロレックス』は漫画家・塚沢サンゾ夫の“愛”でできている。知れば100倍楽しめる、ここだけの制作ストーリー

ink_pen 2025/9/19
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『下町ロレックス』は漫画家・塚沢サンゾ夫の“愛”でできている。知れば100倍楽しめる、ここだけの制作ストーリー
水谷花楓
みずたにかえで
水谷花楓

出版社勤務、受付嬢、社長秘書を経て、フリーライターに。男・女・女の3児の母。子育てメディアをはじめ、美容、健康、旅行、ビジネスなど多ジャンルの媒体で記事を執筆する一方、企業の広報業務なども行っている。

2020年にYouTubeチャンネル「毎週キングコング」で公開されて以来、5年経った今でも再生回数が伸び続けているお化けコンテンツが「下町ロレックス」だ。

カジサック(梶原雄太さん)がチャンネル登録者数200万人達成を記念して、スタッフ4人と共に事前情報ゼロでロレックスを買いに行ったときのエピソードなのだが、2025年7月31日にはまさかの書籍化となる事態に発展。東京・大阪・宮崎でのお渡し会開催、世界にひとつだけの「ゴールデンゆうた」(お値段30万円!)の発売など、日々話題に事欠かない。

今回は、そんな書籍版『下町ロレックス』の漫画を手掛けた塚沢サンゾ夫(つかさわ・さんぞお)氏を独占インタビュー。作品の背景で起こっていた知られざるストーリー、そしてファンを唸らせる数々の仕掛けをひも解く。

引退目前だった一人の漫画家に突如舞い込んだ、奇跡のプロジェクト

『下町ロレックス』の執筆依頼がサンゾ夫氏の元に届いたのは、2024年12月半ばのことだった。実はサンゾ夫氏、その年の12月末で漫画家を引退すると決意していた。

「僕が漫画家生活を始めたのは2015年の元旦でした。その後、赤塚賞佳作受賞、少年ジャンプでのデビューと順調だったのですが、そこからなかなか大きな連載にまで繋がらなくて。漫画家生活10年を節目として、その間に自分で定めた目標を達成できなかったら引退しようと決心していたんです。お世話になっている出版社の方々にもお伝えしていました。

しかし、思い描いていた結果が出せないまま、気づけばタイムリミットまで2週間。このタイミングで新規のお仕事をいただける可能性は限りなく低いと思い、引退後の生活を考え始めていた矢先、『下町ロレックス』のお話をいただいたんです」

もともとサンゾ夫氏は、キングコングの大ファン。カジサックのLINEスタンプを担当したこともあり、今回はカジサック本人から直々のご指名だった。

「信じられませんでしたね。僕自身、『下町ロレックス』を何回もリピートして楽しんでいたので……ものすごくうれしかったです。その一方で、かなり不安もありました」

実は『下町ロレックス』は、現実と架空の話が入り混じる物語構造。キングコングの2人の語りだからこそ成立する話であり、通常のセオリーで考えれば漫画化は不可能のはずだった。

↑仕事部屋には、赤いジャージをはじめ、『下町ロレックス』関連の制作メモや資料が。

「僕自身、繰り返し観ていたからこそ、この話を書籍化するなんて関係者の人たち大丈夫か! と思いました(笑)。でも、もし僕が断って別の漫画家さんに話がいったら、『ここまで企画が進んでいる=コミカライズできる話なんだ』と判断して、気軽に引き受けてしまうかもしれない。そうなると、途中で詰んでしまうポイントが結構あったんです。

書籍向きでないという前提を心得ている僕なら、そこを看破する描き方ができるのではないか? と思い、引き受けました。何より、指名してくださった梶原さんの期待に応えたかったんです」

こうして、漫画家人生をかけた一大プロジェクトがスタートしたのである。

漫画でしか味わえない、もうひとつの『下町ロレックス』

漫画版『下町ロレックス』には、原作ファンも思わず「そうだったのか!」と唸るような、サンゾ夫氏ならではのこだわりと仕掛けが満載だ。その一部をピックアップし、裏話とあわせてご紹介しよう。ぜひ書籍片手にページをめくって、照らし合わせながら楽しんでほしい。

↑作品に関連する人々がページのあちこちに登場しているので、探すのが楽しい。巨大スクリーンに映るのは……⁉

物語のカギとなる「視点役」にヤスタケ氏を大抜擢

「通常、漫画には読者と同じ目線となる『視点役』という役割のキャラクターがいます。でも、実話である『下町ロレックス』にはそれが存在しなかった。全員が『当事者』であり『見られる側』なんです。たとえば、梶原工務店っていう架空の会社が出てきたとき、その設定に全員が乗っかっちゃって、ずっと『何してるんスか』ってツッコむ役がいない。動画ではある意味、(キングコング)西野さんがこの『視点役』を担ってくださっていた。だから成立してたんです。

そこで、物語全体を通してツッコミ役となる『視点役』を一番の常識人枠であるヤスタケさんに担ってもらうことで、読者がすんなり物語に入り込めるように工夫しました」

もっとも難しかった「電話」のシーン

「一番難しかったのは、第2章でカジサックとヤスタケさんが電話しているシーン。場面転換もなく、ただ2人がひたすら電話でやり取りする部分です。動画だとキングコングの2人の掛け合いですごく面白いんですけど、絵になると単調になってしまって。ここの描き方が一番苦戦しました」

お気に入りは「お金持ってきてないんですけど」のトンボさん

「印象に残っているというか、自分でも描いていて笑っちゃったのは、最終章でトンボさんが『僕たちお金持ってきてないんですけど……』って言うシーン。めちゃくちゃニコニコしてるんですよ。

僕がその場にいたわけではないので、勝手にそういう表情にしちゃったんですけど、何回見ても『なにニコニコしとんねん!』ってツッコんでしまうシーンです(笑)」

ロレックスだけに「時計」がカギとなる設定

「西野さんが近畿大学の卒業式で話した伝説のスピーチ、あるじゃないですか。時計の針は長針と短針が一時間ごとに重なるけど、11時台だけは重ならないで短針が逃げ切り、再び重なるのは鐘が鳴る12時。つまり、鐘がなる前は報われない時間もありますよ、って話です。

↑プロローグの時計の針は11時。ここから『下町ロレックス』は始まった。

『下町ロレックス』は時計の話なので、このエピソードを盛り込みたいと思って。プロローグは11時から始まり、最後のシーンが12時で終わるように物語を進めました。途中、第2章は11時30分、後日譚は12時を少し過ぎています。要所要所に時計を描いて時刻を表してあるので、探してみてください」

時間とお金がテーマの落語「時そば」を引用

「『時間』と『支払い』がカギとなる物語なので、テーマが共通している人気落語『時そば』をあるシーンに描いています。ちょっとした仕掛けですが、気づいた方がいらっしゃったらうれしいですね」

ファン歓喜! マニアックな小ネタの数々

「書籍化が発表された後も『下町ロレックス』の動画をチェックしてるんですが、『そのままコミック化したら失敗するだろう』ってコメントをいくつも見かけました。やっぱり、プラスアルファの要素がないと、書籍ならではの満足感が得られないだろうと思ったので、物語のあちこちに小ネタを散りばめたんですよ。

・ヤスタケさんの愛猫(しんげん君)
・キングコングが過去に出ていた番組名
・『仁義寿司』の看板
・こっそり登場している西野さんと、かつて西野さんの同居人だったホームレス小谷さん
・けんすうさんの名前を文字った表記
・はねトびメンバーが演じたキャラクターのサイン色紙 などなど

ほかにもたくさんあります。全部でいくつあるかな……梶原さんも気づいてないものもあるかもしれません(笑)」

吉本NSC時代のキャリアとキングコング愛が育んだ『下町ロレックス』

あまり公にされていないが、実はサンゾ夫氏は漫画家になる前、吉本興業の養成所であるNSCでお笑いのネタ作りを学んでいたのだそう。空気階段やオズワルドが同期だったのだとか!

「もともとギャグ漫画が描きたかったので、NSCに行けばギャグとかコントの作り方が学べるだろうと思って。このときの経験が、今回の『下町ロレックス』制作にものすごく活かされました。

加えて、今まで僕が描いてきた『自分で考えたストーリー』ではなく、実際に起こった話を面白おかしく漫画化するという貴重な経験をさせてもらいました。間違いなく、僕にとって大きな転機となる作品になりましたね。

↑東京のお渡し会では、急遽ライブドローイングを行うことに! どこまでもサービス精神旺盛なサンゾ夫氏。

もともとの『下町ロレックス』ファンの方をガッカリさせないように、『下町ロレックス』を知らない人にも漫画として楽しんでもらえるように、そして、僕と同じキングコングファンガチ勢の方が小ネタを見つけて盛り上がってもらえるように。そんな想いを込めて、一人で130ページを描き切りました。何回も読み返して楽しんでもらえたらうれしいです」

塚沢サンゾ夫(つかさわ・さんぞお)
1992年生まれ、漫画家。
2016年 集英社主催の『赤塚賞』で佳作を受賞後、少年ジャンプ本誌にて漫画家デビュー。
2020年からはカジサックチャンネルのおまけイラストなどを担当している。

↑『下町ロレックス』(原作:梶原雄太、漫画:塚沢サンゾ夫)

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