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2023/6/8 6:30

光石研「60歳を過ぎて、デビュー当時の楽しさを取り戻せるんじゃないかなという感じがしています」主演映画「逃げきれた夢」

日本を代表する名バイプレイヤー・光石 研さんの12年ぶりとなる主演作『逃げきれた夢』が6月9日(金)から公開される。本作は光石さんをモチーフにして書かれた脚本で、光石さんは人間味溢れる定時制高校の教頭・周平役を演じています。光石さんの故郷・北九州で撮影された最新作についてはもちろん、16歳からの役者人生についても振り返っていただきました。

 

光石 研●みついし・けん…1961年9月26日生まれ、福岡県出身。高校在学中に『博多っ子純情』(78)のオーディションを受け、主役に抜擢される。以後、冷徹なヤクザから良き父親役まで様々な役柄を演じ、映画やドラマ界では欠かせない存在として活躍。近年の映画出演作は『青くて痛くて脆い』『喜劇 愛妻物語』(20)、『バイプレーヤーズ~もしも100 人の名脇役が映画を作ったら~』『浜の朝日の嘘つきどもと』『由宇子の天秤』『マイ・ダディ』(21)、『おそ松さん』『やがて海へと届く』『メタモルフォーゼの縁側』『異動辞令は音楽隊!』(22)など。現在は『波紋』が公開中。公式HPInstagram

【光石 研さん撮り下ろし写真】

舞台は僕が生まれ育った北九州の八幡、なかなかくすぐったい感じ

──多くの主演作のオファーが殺到するなか、なぜ12年ぶりのタイミングだったのでしょうか? 今回、光石さんを当て書きした二ノ宮隆太郎監督の作品の魅力も教えてください。

 

光石 僕を主演に映画を撮りたいなんて言ってくれる監督、全くいないですよ(笑)。ホントたまたま12年ぶりに珍しい監督が現れただけです(笑)。二ノ宮監督は同じ事務所なんですが、役者としても何度か共演していてとても好感を持っていました。二ノ宮監督が作る映画に関しては、普段の生活と地続きな感じがしていて、何でもできるスーパーマンみたいな登場人物も出てこない。市井の人たちの数日間を切り取っているような作風が好きでしたね。

 

──脚本を読んだときの率直な感想は?

 

光石 二ノ宮監督が僕のことをモチーフに書いた脚本ということは知っていましたが、台本をいただいて読んだときは、僕が演じる周平の職業こそ違いますが、モロに等身大だったんです。舞台は僕が生まれ育った北九州の八幡(西区)ですし、なかなかくすぐったい感じがしました。

 

全く変わらず、どこの現場にも同じスタンスというか同じ姿勢

──二ノ宮監督の演出による故郷での撮影エピソードを教えてください。

 

光石 撮影中も、八幡という街が僕のことをすべて見透かしているようで、終始気恥ずかしかったです。ただ具体的には言えませんが、どこか後押しだったり、手助けしてくれる磁場みたいなものも感じました。これまで二ノ宮監督は、手持ちカメラで被写体を延々と追うスタイルだったようですが、今回は同じ長回しでも、前もってカット割をしていて、カメラも三脚に乗せて固定して撮ることをやっていたので、とても仕上がりが楽しみでした。

 

──今回は座長として、現場に入るときの心境の違いはありましたか?

 

光石 僕は全く変わらず、どこの現場にも同じスタンスというか同じ姿勢で行っています。今回は街角にいるような男性に焦点を当てた作品ですし、僕自身もそういう男性を演じる役者だと思っているので、いつもと変わらず。座長という意識はないですが、僕の故郷でスタッフみんなと泊まって撮影したので、差し入れを多めにしました。さすがに「あの町はよくなかった……」と言われたくはなかったので(笑)。

 

──周平の旧友役である松重 豊さんとの共演はいかがでしたか?

 

光石 松重さんとは気心が知れていますから、台本について相談するわけでもなく、「僕がこうするから、こうしてほしい」と言うわけでもなく、余計なことを気にせず、やれましたね。松重さんの芝居をちゃんと見ていれば、2人でキャッチボールというか、かっこよく言えば、セッションできると思っていましたから。お互いの手の内を知っている者同士ですし、普段の顔も知っていますし、やっぱり楽しかったですね。二ノ宮監督もカットをかけず、ずっとカメラが回っていました。

 

俳優にとって自然に歩く芝居って難しいんです

──「カンヌ国際映画祭 ACID部門」正式出品も決まりました。完成した本作を観たときの感想は?

 

光石 自分の老いの問題だけじゃなく、家庭の問題だったり、親の介護の問題だったり、60歳過ぎて、迫りくるいろんな問題が描かれているので、台本を読んで分かっていながらも一本の作品として観たときは、どこか身につまされる思いがしましたね。あとは自分が出ているので、職業的に「このシーンはこうすれば良かった」とか反省しちゃいましたね。いつまで経っても、冷静には観られないですね(笑)。

 

──思い入れのあるシーンは?

 

光石 自分のことをあれこれ言うのはなんだか恥ずかしいですが、今回歩道や校庭で歩くシーンがとても多かったんですが、俳優にとって自然に歩く芝居って難しいんですよ。どうしても目的を持っているように見せたり、そのときの感情を出そうとしたり、その後のシーンの前振りにしようとか思ってしまうんです。だから、そこを注意しながら自然に歩きました。それが巧くできたかどうかはよく分からないんですけれど(笑)。

 

転機となった作品は判を押すように言いますけれどやっぱり『Helpless』

──もしも上京せずに八幡に残っていたらどのような生活を送っていたと思われますか?

 

光石 僕は16歳のときに、たまたま『博多っ子純情』(1978年)という作品のオーディションを受けて映画の現場を知って、この世界に入ろうと思ったものですから、夢を見る前なんですよね。だから時々、「あのオーディションを受けなかったら、何やっていたんだろう?」と考えることがあるんですが……。なんか、怖いですよね。怪しい商売に手を染めるような、ろくでもない奴になったかもしれないし……(笑)。ただ、勉強は苦手だったので、周平のように高校の教頭先生にはなっていなかったと思います。

 

──そんななか、自身の転機となった作品を教えてください。

 

光石 判を押すように言いますけれど、やっぱり『Helpless』(1996年)。僕が34、35歳ぐらいだったんですが、その前から岩井俊二監督が「GHOST SOUP」や「FRIED DRAGON FISH」などの深夜ドラマで使ってくださって、「若い監督がいっぱい出てきて、時代が変わってきたな」と思っていました。そんななかで、決定打だったのが『Helpless』で、青山真治監督が今までやったことのないヤクザ役を僕に振ってくれたのが大きかったと思います。

 

──妻や娘から相手にされない父親を演じた『逃げきれた夢』のほか、現在公開中の映画『波紋』では家出する父親を、放送中のドラマ「だが、情熱はある」でも職を転々とする父親を演じられています。同じダメな父役でも、どのように演じ分けされているのですか?

 

光石 僕の中では「今回はこうやってやろう」とか、手を変え、品を変えてやっているつもりはないんですよ。ヘアメイクさんがやってくれる髪形だったり、衣装さんが選んでくれる服だったり、そういうところに手助けされて、何となく違う雰囲気に見えるんじゃないですかね。みんなと現場で作っていったら、そうなっちゃったみたいな感じです。まぁ、台本にもなんとなくヒントが書かれていますし。そもそも僕、役作りということが苦手というか、うまく説明できないんですよ(笑)。

 

とにかく清潔感があるもの、あとは目立たないものが一番

──芸歴45年を迎える光石さんにとっての原動力は?

 

光石 大人たちに交じって撮影現場にいて、監督から「走れ!」「笑え!」と言われることが楽しかったデビュー作のときの感覚や気持ちを今も楽しみたいと思っているから、この仕事を続けられていると思うんですよ。でもプロになると、なかなかそれができなくて……。20代から30代、40代となかなか厳しい時代もありましたが、60歳を過ぎて、ますますその思いが強くなったというか、当時の楽しさを取り戻せるんじゃないかなという感じがしていますね。

 

──GetNavi webということでここからはモノやコトについてお話させてください。昨年、エッセー本「SOUNDTRACK」を上梓されました。そのなかでもファッションについていろいろとお話されていますが、光石さんのこだわりを教えてください。

 

光石 年齢が年齢なんで、とにかく清潔感があるもの、あとは目立たないものが一番だと思っています。十代の頃から、「MEN’S CLUB」「POPEYE」的なトラディショナルなもの、アイビー的なものが刷り込まれていますから。いろいろ寄り道もしましたが、結局そこに戻っているような気がします。ここ数年、気に入っているブランドは「Engineered Garments」。新作をInstagramでチェックして、電話で取り置きしてもらっています(笑)。

 

──必ず現場に持っていくモノや長く愛用されているモノなどを教えてください。

 

光石 現場に必ず持っていくのは、ポンと置ける間口の大きいトートバッグ。ブランド的には「L.L.Bean」だったり、「TEMBEA」だったり、「Engineered Garments」だったり、荷物の大きさによって、いくつか使い分けています。すぐ取り出せて、ちゃんと置けるのがいいですね。あとは長く愛用しているとなると、「PARKER」と「Tiffany & Co.」のダブルネームによる万年筆。これは35年ぐらい前にニューヨークで買ったものですが、かなりマメに使っています。

↑光石さん愛用の万年筆

 

 

逃げきれた夢

6月9日(金)より東京・新宿武蔵野館、シアター・イメージフォーラムほか全国ロードショー

【映画「逃げきれた夢」よりシーン写真】

(STAFF&CAST)
監督・脚本/二ノ宮隆太郎
出演:光石 研
吉本実憂、工藤 遥、杏花、岡本 麗、光石禎弘
坂井真紀、松重 豊

(STORY)
北九州で定時制高校の教頭を務める周平(光石)は、定年を前にして記憶が薄れていく症状に見舞われ、途方に暮れるとともにこれまでの人生を振り返っていた。そんな周平に、息子と同じ症状が既に進行している父は、何の反応も見せない。ある日、これまでの人間関係を見つめ直そうと決意した周平は、家族や元教え子、生徒たちに積極的にコミュニケーションを取ろうとするが……。

(C)2002『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ

 

撮影/映美 取材・文/くれい響 ヘアメイク/下山さつき スタイリング/大島千穂 衣装協力/ブルック ブラザーズ、SCYE BASICS(英)、パラブーツ 青山店