昭和時代に人気を集め、親しまれた食器ブランド「アデリア」。これを現代に復刻させた「アデリアレトロ」シリーズは、2018年11月に発売以降、ヴィンテージファンや20代~40代の女性を中心に人気を集め、2023年4月までに累計135万個を販売するほどのヒットとなりました。
近年続く、 “昭和レトロ” ブームの一端を担うこのアデリアレトロについて、企画・製造元である石塚硝子にコンタクト。デザイナーとして同シリーズに立案から携わった杉本光さんに話を聞きました。
SNSで発見した、根強いファンの存在
1819年創業のガラス食器メーカー石塚硝子は、1961年に食器事業へ本格参入し「アデリア」ブランドを立ち上げました。とくにグラス、ボンボン入れなどにポップなデザインをプリントしたグラスウェアシリーズは、その手ごろな価格とデザインの親しみやすさから一般家庭での定番アイテムになりました。しかし、時代の移り変わりとともにプリントグラスの人気も低迷、昭和の終わりには生産が終了し廃番となりました。
ところが、SNSを調査したところ当時のデザインが現代でも根強い人気であることが分かったといいます。
「新商品企画・開発のプロジェクトに任命されたのは、私を含む女性3人のチームでした。お客様がどのように今の『アデリア』製品を使ってくださっているのか、それを知るためにSNS上でリサーチを行ったんです。すると調べていくうちに、現代の「アデリア」ではなく昭和当時に生産されたヴィンテージのプリントグラスに関する投稿が『#アデリア』で検索したうちの7割を占めていることが分かりました。それで、当時のアデリア製品を復刻させたらお客様に喜んでもらえるのではないかと思ったのが、最初のきっかけです」(石塚硝子株式会社 企画グループ・杉本光さん、以下同)
SNSでコアなファンの存在を知った杉本さんたちは、次にヴィンテージショップや蚤の市などを回って、レトロファンの声を集めるなど市場調査し、その市場価値の高さを再認識したといいます。しかし、復刻に至るまでには苦労もあったそう。
「『アデリアレトロ』を立案した当初は、社内で受け入れられずに苦労しました。『昭和のデザインを今さら商品化して売れるのか?』という意見がほとんどでしたね。それでも、市場調査で製品価値を認識していましたので、諦めずに企画書を出し続けました。その結果、2018年11月に『アデリアレトロ』として発売することが出来たときには、本当にうれしかったですね」
【関連記事】純喫茶風の固め食感が旬! “昭和”なレトロプリンをカラメルソースから作る方法
当時のデザインを忠実に再現した「アデリアレトロ」
デザインを再現する上でも、復刻版ならではの苦労があったといいます。
「デザイナーとして大変だったのは、復刻版に使うデザインの資料集めです。当時描かれたデザインの資料が社内にいっさい残っていないので、デザインを再現するためにはヴィンテージグラスの現物から柄をもう一度描き起こす必要があります。ところが、復刻したいと思った柄の現物が全然手に入らない、ということがあったんです。そこで、Instagramで『再会チャレンジ』と称して、デザイン起こしのためにヴィンテージグラスの募集をしました。私たちが持っていないヴィンテージグラスを貸していただく、という企画で、ファンの方々にはとても助けていただきました」
ちなみに、デザイン起こしはグラスの上にトレーシングペーパーを置いて、鉛筆やペンで柄をなぞるという方法。資料が残っていないからこそ、現物の確保は「アデリアレトロ」商品化をする上で要のひとつといえます。ファンと一緒に作り上げていく「再会チャレンジ」は、今後もデザインを探す上で開催するかもしれないとのことです。
「柄の色合いも、当時のものを出来るだけ忠実に再現しています。当時ならではの独特の印刷のズレなんかもあえて再現することで、 “昭和っぽさ” を出すようにしています。パッケージも、当時の書体やエンブレムをカタログで確認して、昭和の世界観を崩さないよう注力しました。製品シール(アデリアシール)は、ヴィンテージグラスファンの間では、その有無で価値が決まることを知って採用に至りました。現在のものは『アデリアレトロ』へとデザインをアレンジしたものになりますが、もちろん当時の雰囲気を残すことにはこだわっています」
一方で、単なる復刻ではなく「現代のライフスタイルで使いやすい」製品になるよう、グラスデザインの変更などを行ったりもしたそうです。
「『脚付きグラス』は、昭和当時から現代にかけて根強い人気がある製品なんですが、脚の雰囲気はそのままに容量を当時よりも大きくました。それから、グラスの口径を手が入るぐらい広くして、洗いやすいようにも改良しました」
復刻版になってから、新しく登場した商品もあります。
「新しくデザインしたものでは『台付きグラス』があります。昭和当時にはなかった形状ですが、レトロ感もあって普段使いしやすい形を、と考えてこの形を採用しました。この製品は、シリーズの中でもとくに人気が高いです。柄では『野ばな』と『ズーメイト』に人気が集まっています」
さらに、2023年3月には、同シリーズで初めてガラス製品ではない「ワイドマグ」が発売されました。
「新商品のワイドマグは陶器製です。こちらは、『アデリアレトロ』を温かい飲み物でも使いたい、というファンからの声がきっかけで誕生した商品になります。こうしてファンの方々の声を聞くことで、新しい商品を作っていくという試みは、これからも続けていきたいです」
【関連記事】文房具はただの道具から楽しむ趣味へ! 文具ソムリエールが解説する「女子文具沼」の世界
プチギフトのニーズにも応えた “令和時代に復刻版を手に入れる” 価値
もともとビンテージグラスとして人気が高かった「アデリア」シリーズですが、新品の「アデリアレトロ」を手に入れることの価値について、杉本さんは次のように語ってくださいました。
「50~60年前に作られた製品ですので、ヴィンテージだと保存状態が良くなかったりすることもあると思います。ですので、せっかく手に入れても、希少性や耐久性の不安から普段使いすることをちょっとためらってしまう部分もあると思うんです。その点、『アデリアレトロ』はヴィンテージではなく新品の高い品質で、どなたでも安心して、気軽に昭和レトロなデザインを楽しめるというところが魅力のひとつではないでしょうか」
「アデリアレトロ」の付加価値はこれだけではありません。昭和当時は贈答用を除くと、6個ぐらいがまとめて段ボールに入った梱包が主だったそうです。しかし現代では、プチギフトの流行もあり1個からでも可愛い、でデザイン性のあるパッケージが求められています。杉本さんたちも、こうしたニーズに合わせて復刻版はグラス1個からでも、しっかりした可愛い箱が付いてくるという商品に仕上げたのだとか。
さらに、一緒についてくるしおりのデザインは、当時の会報誌「アデリア」の1冊に使用されていたものを採用。ヴィンテージグラスと見分けるために、すべての現行品にはグラスのプリント内側にさり気なく「アデリアレトロ」の隠れゴロを入れるこだわりも。
「単品の場合、昭和当時は各家庭で使うための消耗品として買われるスタイルでした。現代でも、そのニーズはもちろんあると思います。一方で、ギフト需要が高くなって、友人や家族、そして自分へも “ギフト” として贈りたいと考える人は非常に増えてきていると考えています」
廃盤になったプリントグラス「おうち時間」の定着が復刻版大ヒットの背景
「アデリアが発売された昭和当時は、第二次ベビーブームが起きた頃で、団地などもどんどん建てられていた時代です。ライフスタイルも、従来の畳とちゃぶ台で食事をして、湯呑みでお茶を飲む、というものからテーブルと椅子を使った洋風スタイルへと急激に変化しました。ガラス食器の購買欲も非常に高かったのが、平成時代にかけて段々と勢いが弱まっていき、デザインの流行も変化したことでアデリアのプリントグラスは廃盤になりました。こういった経緯から、『アデリア』のプリントグラスは古い時代のもの、という印象が社内にはあったんです。ところが、年間10万個売れればヒットしたといわれる中で、復刻版は累計135万個という驚異的な販売数となりましたから、これには驚きました」(石塚硝子 ハウスウェアカンパニー 市販部 販促マーケティンググループ 広報チームの川島健太郎さん)
その大ヒットの背景には、昭和レトロブームとは別に、コロナ禍による「おうち時間」の定着もあったのではないか、と川島さんは話します。
「実は、『アデリアレトロ』が発売開始をしてから約1年半の間は、それほど販売数は伸びなかったんです。ところが、認知が広がってきた2020年から2021年にかけてどんどん販売数が右肩上がりになりました。ちょうどこの頃は、コロナ禍で、自宅で何かを楽しむことへの需要もありました。それに昭和レトロブームも相まって、昔ながらのクリームソーダを自宅で作るときなどに、グラスウェアとして『アデリアレトロ』を楽しんで使っていただけたことも、ヒットの後押しになったと思っています」(川島さん)
【関連記事】旬食材の一汁一菜こそ豊かな食事!「昭和」は現代を生きる教科書だった
温かみのある昭和レトロなデザインが魅力の「アデリアレトロ」シリーズでは、今後も新しいプリントデザインの復刻や、新しい商品の開発を予定しているそうです。
「ガラスメーカーなのでガラス食器しか作らない、というわけではなく、それ以外の素材にもチャレンジしていきたいです。ファンの方に喜んでもらえる商品はどんなものか、という考え方を軸に商品開発をしていきたいと思います」(杉本さん)
そして、さらにイベントやワークショップなど、ファンとの交流も大切にしていきたいとのことです。
「“昭和レトロブーム” と言われますが、 “ブーム” は直訳すると “にわか景気、一過性の増加” を意味します。『アデリアレトロ』では、ファンマーケティングの考え方を中心に、“ブームではなく文化として定着させたい” という願いのもと、商品作りだけではなく喫茶イベントやワークショップなどを通じて世の中に根づかせて行きたいと考えています」(川島さん)
若い世代にとっては新しく、昭和世代にとっては懐かしい。そんな時代を超えて愛される「アデリアレトロ」のグラスウェアで、自分ならではの「純喫茶」を楽しんでみてはいかがでしょうか。