本・書籍
2019/10/10 21:45

書籍版も面白い! Netflixで話題の『全裸監督』・村西とおるの壮絶すぎる半生と、見せなかったひとつの「顔」

全裸監督』(本橋信宏・著/太田出版・刊)は、熱い本だ。

 

それもそのはず、著者・本橋信宏が、20年もの長きにわたって情熱をたぎらせた結果、できあがった本なのだから……。彼は、ある超絶した一人の男の生きざまを書きたいと願い、必死の取材を続けてきた。

 

熱くて、厚い『全裸監督』

著者・本橋信宏が書きたいと切望したのは「村西とおる」。日本を代表するAV監督として、多くの過激な作品を製作したヒトだ。著書も多く、テレビに出演するタレントでもあった。

 

そんな彼を描いた『全裸監督』は、熱い本であると同時に、厚い本でもある。

 

主人公・村西とおるの人生は、あまりにも激しく変転する。聞いても聞いても、書いても書いても、まだ足りない。700ページを費やしてもなお、村西とおるをとらえるのは大変だ。

 

著者は村西自身が語る膨大な話や、次々と起こる事件を軸に、彼が生きた1980年代をぎゅうぎゅうと詰め込むように書いた。これだけ長い間、一人の人間に情熱を持ち続け、書籍とするのは困難な仕事だろう。苦行に近いものだったかもしれない。自分の半生を「バブル焼け跡派」と自称する本橋信宏だからこそ、完成できたのだと思う。何につけ、焼け跡派はしつこい。

 

 

村西とおるの人生は貧しさから始まった

村西とおるの人生は、貧しさから始まる。

 

昭和23年、福島県のいわき市に生まれた彼は、12歳のときには、新聞配達や牛乳配達、燃料店の店員や建設作業員など、数々のアルバイトをして家計を助けていた。

 

大人顔負けの働きぶりだ。大人と言えば、13歳の時に早くも初体験をしたというから、早熟な少年だったのだろう。

 

高校ではラグビー部に入部している。文武両道の生徒だったようで、哲学や文学に熱中し思索の日々を過ごしてもいる。高校を卒業後、上京し、池袋のバーでボーイとして働き、21歳で結婚、22歳で子どもを授かった。

 

最初の大成功

父親となった村西とおるは、水商売をやめ、英会話教材と百科事典のセールスマンを始める。彼は仕事熱心で優秀だっため、教材は売れに売れた。

 

しかし、23歳のとき、百科辞典のセールスマンをやめ、札幌で英会話学校を開校した。

 

常に先を読む村西は、順調だった英会話学校も辞め、再び新しい仕事を始めることにした。業務用ゲーム機の設置・販売だ。目のつけどころがよかったのか、彼は大成功し、1年で3億の現金と2億の機材を得たという。貧しさに押しつぶされそうだった少年は、憧れの青年実業家となったのだ。

 

 

新しい世界へ

村西とおるは、止まることを知らない人だ。

 

ゲーム機の商売を辞め、北海道を拠点として「北大神田書店」を設立する。ビニ本を製作、販売を次の仕事とすると決めたのだ。その売れ行きは信じられないほどで、33歳の時には20億円もの大金を得たという。

 

この後も快進撃は続き、出版事業にも参入する。自分で出版し、自分の店で売るのだから、もうからないはずがない。さらに、写真誌も創刊し、初監督も果たす。斬新なアイデアを自分の体で実現させないと、我慢できないのだろう。

 

 

運命の変転

しかし、しかし、である。幸運は長くは続かない。

 

36歳のとき、わいせつ図画を販売したとして、逮捕され、全財産を失ってしまう。これからという時の転落であった。ここで、再び、しかし、である。

 

彼はAV監督として、蘇る。

 

「お待たせしました、お待たせしすぎたかもしれません」の台詞と共に、登場した彼は、自分で俳優も監督も撮影も行うようになる。

 

ここからはもう「本当にこんなことあったの? フィクション?」と質問したくなるほど、彼の人生は疾風怒濤。天国と地獄を行ったりきたりする。過激なロケをくり返し、順調にビデオの売れ上げを伸ばす一方で、様々な罪で摘発を受け、撮影に出向いたハワイでなんとFBIに逮捕される。懲役370年を求刑されたというのだから、絶句するしかない。

 

370年……。死ねと言われたようなものだ。

 

 

アダルトビデオの帝王となる

それでも、彼は負けなかった。周囲の助けを得て司法取引に応じ、1億円を支払って帰国する。

 

黒木香という得がたい女優との出会いもあり、彼女と共にヒット作を生み出し、40歳を目前にして、「アダルトビデオの帝王」と、呼ばれる有名人になる。

 

時代も村西とおるに味方した。バブル経済が過熱した1988年、村西は自分自身の会社を新たに設立。国政選挙への出馬も宣言するなど、目まぐるしく動き回る。寝ないで働く彼に、口を差し挟む者はいなかった。

 

一方で、再び児童福祉法違反で逮捕され、前科6犯となる。それでも会社は順調で、最盛期の年商は100億円というのだから、本を読み進むうち心臓がドキドキしてくる。

 

 

窮地に陥る

1990年。42歳の時に村西とおるは衛星放送事業に進出する。いつものように信念をもっての行動だった。しかし、これが苦難の始まりであった。結局、事業はうまくいかずダイヤモンド映像は事実上の倒産。残ったものは負債総額50億円という途方もない借金だった。地獄の借金生活の始まりだ。

 

ギャラの未払い事件も起こり、周囲の者も離れていく。さらに、追い打ちをかけるように黒木香が中野のホテルから転落事故を起こし、スキャンダルに巻き込まれた。村西ももはやこれまで、人びとはそう考えるようになった。

 

マスコミに追いかけ回され、非難の渦に巻き込まれる毎日。しかし、神様は彼を見捨ててはいなかったようだ。ドン底状態の村西とおるは、自分の映画に出演した女優・乃木真理子と3度目の結婚を果たした。男の子も生まれ、幸福な家庭を得た村西は、とにかく食うために何でもした。

 

 

息子さんの「お受験」

家族を養うため、村西は頑張った。

 

ショーパブをオープンし、アダルトDVDの制作も行い、映画も手がけた。有名人をプリントしたタオルを売ったかと思えば、蕎麦屋も経営し、バイブレーターの販売もしたとういう。しかし、ことごとくうまくいかない。

 

ところが、またまた神様は村西に、いや、正確に言うと、村西の息子さんに微笑んだ。誰もが憧れる超名門私立小学校に合格したのだ。借金返済に追われながらも、彼は大事な息子を彼なりの方法で育んだのだろう。

 

面接で「あなたは将来何になりたいですか?」と、聞かれた息子は、大好きなお父さんと同じ仕事につきたいと考え、こう答えたという。

 

「僕は……僕は……漁師になりたい」と。

 

一緒に海に潜って遊んでいたとき、タコをとってきてくれたことを思い出したからだ。お父さんは漁師だ! 彼はそう信じていたのだろう。

 

 

そして、今……。

村西とおるは、今、再び注目を浴びている。

 

2012年。64歳の時に心臓病の発作で緊急入院し、生死をさまよったものの、健康を取り戻して復活した。Netflixで配信されているドラマ『全裸監督』は、大評判であり、続編も撮影される予定だ。ドキュメンタリー映画『ナイスですね 村西とおる』も製作された。

 

村西とおるの人生はもはや伝説に近い。私の周囲にいる彼のファンは、皆、口をそろえて「暁子さん、村西監督はレジェンドですよ。とにかくすごい人だったんだ」と、語る。まるで自分の青春を思い出すかのように……。

 

私は「そうなのね」と、頷いてはいるが、レジェンドと言う言葉には首をかしげる。村西とおるは過去の人ではなく、今も何かを産みだそうと前進を続けている人だと信じるからだ。

 

新しい映画、新しい媒体、新しい何かを、彼は今もなお作り出している。そのためだったら、自分の過去を売りにすることもいとわない。その意味では、レジェンド」というより、むしろ「新人」の名がふさわしい。

 

 

『全裸監督』が見せる「お父さん」としての顔

他人を虜にする笑顔は彼の一番の武器だと思うが、彼の目は冷徹で、はるか遠くをみすえていると私は思う。だからこそ、彼について考えるのは、怖くて、楽しい。次に何をするか、私には見当もつかないからだ。

 

そして、もう一つ、私の胸に迫ることがある。何でもかんでもさらけ出し、お金に変えてしまうように思う村西とおるだ。お受験に成功した話など、ベストセラー間違いなしと思えるのに、彼は息子をマスコミにさらそうとはしない。

 

一般に、村西とおるは、モンスターとか、レジェンドと呼ばれる。確かにそういう一面もあるだろう。しかし、彼が一人の父親であることに、胸を打たれないではいられない。

 

『全裸監督』はそうした村西とおるの意外な側面を数多く描く驚きの本でもあった。

 

【書籍紹介】

全裸監督

編集:本橋信宏
発行:太田出版

人生、死んでしまいたいときには下を見ろ! おれがいる。前科7犯。借金50億。米国司法当局から懲役370年求刑。奇跡の男か、稀代の大ボラ吹きか。“AVの帝王”と呼ばれた裸の男の半生。

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