日本人にとって身近な食材のひとつである海苔(のり)。一年を通じて市場に出回っており、乾物の姿をしているため気がつきにくいですが、実は旬があることをご存知でしょうか? また、その見た目からは想像できないほどに、栄養も豊富。今回はそんな海苔の知られざる魅力をお届けします。
教えてくれたのは、海苔にまつわる正しい知識の普及に努める「海苔で健康推進委員会」の関東ブロック代表で専門実行委員の斉藤 徹さんです。
1300年前にはすでに海苔を食べていた
海苔は日本人にとって伝統的な食材のひとつ。和食を代表する料理、寿司にも欠かせない食材です。では、私たち日本人はいったいいつから海苔を食べているのでしょうか? まずは歴史から紐解いていきましょう。
「いまから1300年前、飛鳥時代に作られた日本初の法律書『大宝律令』には、海苔についての記述があり、税のひとつとして朝廷に収められていたことがわかります。当時の海苔は、現在のような四角い海苔ではなく、海から摘み取ってきたばかりの生海苔だったそうです。そして、平安時代にも海苔が市場で売られていたという記録が残っています。ただ、当時は高価で、貴族の食卓に上がる食材でした」(「海苔で健康推進委員会」の関東ブロック代表および専門実行委員・斉藤 徹さん、以下同)
そして時代は下り、江戸時代。ここで海苔の養殖や海苔巻きといった食べ方が誕生。現在の海苔文化の基礎が築かれました。
「『徳川家康が海苔好きだったため、江戸時代に海苔文化が発展した』という説があります。幕府においしい海苔を献上するために、品川や大森を中心とする東京湾で海苔の養殖が始まりました。とはいえ、まだ海苔の生態は明らかにされておらず、漁師の経験と勘だけが頼りだったため、生産量は不安定。運に左右される草という意味で、『運草(うんくさ)』と呼ばれていました」
やがて昭和に入り、海苔の養殖に革命が起こります。
「昭和24年に、イギリスのドリュー博士が海苔のライフサイクルを解明したのです。それにより養殖技術が全国に普及。時代とともに機械化が進み、昭和48年には初めて年間生産量100億枚を達成しました」
海苔はどうやって作られる?
身近ゆえに、海苔がどのようにして作られているのか、考えたことのない人は多いのではないでしょうか? 海苔の歴史がわかったところで、次は海苔の作り方について学びましょう。
「海苔ができてから店頭に並ぶまでの流れを見るときに、勘違いしやすいポイントがあるので最初に説明しておきます。“海苔屋さん”と聞いて海苔を作っている人を思い浮かべる方が多いのですが、海苔屋は海苔を作っていません。海苔をタネの状態から育て収穫し、皆さんが良く知っている四角い形に成型しているのは“海苔漁師”さんです。海苔屋は、その四角く成型された海苔を仕入れ、焼いたり包装したりして販売しています。海苔屋には海苔の問屋やメーカーなどが含まれます」
では、海苔の生育を順に追ってみましょう。
「現在市販されている海苔の大半は、養殖で作られています。前年の養殖が終わる春ごろ、海苔の胞子が受精し、できた果胞子が水中に放出されカキ殻(カキの殻のこと)の中に潜り込んでいきます」
カキ殻の中で成長した果胞子は、9月中旬から10月ごろの海の水温が下がったころに、分裂して殻胞子という胞子を放出します。
「10月の下旬ごろ、殻胞子を海苔網に付けて(採苗)海の中で育てていきます。この時期は台風がやってきたり急に気温が高くなったりして、海苔が病気にかかりやすい季節でもあります」
この時期が、海苔漁師がもっとも気を遣う時期だそう。
「海苔は採苗してからすぐに成長が始まり、1か月ほどで15〜20cmぐらい伸びます。そこまで伸びたら収穫がスタート。伸びた芽の先をカットしたら、また20cmほど伸びるのを待ちまたカット。収穫は11月ごろに始まり4月中旬あたりまで続きます。ひとつの網から多いと7-8回ほど収穫できますね」
収穫した生海苔は大変傷みやすく、その日のうちに海で混入したゴミなどの異物を除去し、細かく切って抄いて乾燥させます。手漉き和紙を作る工程を想像するとわかりやすいかもしれません。これで乾(ほし)海苔の完成です(現在はすべて機械化されています)。乾海苔はこのあと、各漁業協同組合に出荷されていきます。
「漁業協同組合では、乾海苔を金属探知機で検査し、色やツヤ、味などをチェックしてランク付けしていきます。それが入札会にかけられ、問屋やメーカーなど海苔の流通に関わる会社が落札してくのです。落札された海苔はまだ水分を10%程度含んだ状態。焼いたり味を付けたりするには水分が多すぎるため、落札した会社で水分がほとんどない状態まで乾かし、商品に合わせて焼いてカットしたり加工を施していきます。包装まで終えたら小売店に出荷し、商品として店頭に並びます」
海苔のサイズや単位を知ろう!
海苔の袋に「3切」や「8切」など、「●切」という言葉が書かれているのを見たことはないでしょうか?
「海苔の大きさは、昭和40年代に全国で統一されました。統一規格は縦21cm、横19cm。これを『全型』と呼びます。そして全型のものを10枚束ねたものを『1帖(じょう)』という単位で表します。袋などで見かける『切』は、全型を何枚に切り分けたかということ。例えば『3切』というのは、全型の海苔を3等分にしたという意味です。各メーカーが全型の海苔を食べやすい大きさにカットして販売しています。もちろん全型の海苔を購入し、自分で好きなサイズにカットしてもOKです」
海苔のサイズと特徴
・半切
全型の海苔を半分にカットしたもの。お寿司や三角形のおにぎりに使うのに最適なサイズで、コンビニのおにぎりは、このサイズの海苔を使っているものが多いです。
・3切
全型を3等分した大きさ。おにぎりを俵巻きにするときや、おもちを巻くときに使い勝手が良い大きさです。
・4切
全型の4分の1のサイズ。十字に切る場合と横に4等分にする場合があります。
・8切
全型を8分割した大きさ。「おかず海苔」などの名前を付けて販売している場合も。
・12切
全型を12等分した大きさ。旅館やホテルなどの朝食に登場することが多いサイズ。
・もみ海苔、きざみ海苔
丼ものやそばなどのトッピングに使いやすいよう細かくカットされているもの。
海苔の主要な産地はどこ?
海苔と聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは有明海苔でしょうか。それ以外にも日本では、北は宮城から南は鹿児島まで、全国各地で海苔を生産しています。
「海苔は、10℃以上18℃以下の水温の中で育ち、適温は大体11〜13℃です。穏やかで遠浅な海であること、大きな河川があり海苔が育つのに必要な栄養が運ばれてくること、潮の流れによって適度な水の入れ替わりがあることが、海苔の生育に必要な条件。つまり、日本の風土は海苔の栽培に適しているのです」
せっかくなので、特に生産量の多い産地を海苔の特徴とともに教えてもらいました。
海苔の産地とその特徴
・松島湾産
色が濃く、しっかりとした歯応えがある。
・東京湾産(千葉県)、伊勢湾(三重県、愛知県)
草芽がしっかりしており、味が濃く比較的香りが強い。
・瀬戸内海産
松島湾産と特徴が似ており、色が濃くしっかりとした歯応えがある。
・有明海産
焼く前の状態で若干赤みが強い。甘味が強く歯切れが良い。
「おにぎりなどに巻いてすぐ食べるのであれば、有明産など歯切れ良く柔らかいタイプがオススメ。おにぎりなどに巻いて時間をおいてから食べるときは、海苔の硬さはさほど気にならなくなります。ですので、松島湾や瀬戸内海産の色が濃いものを使うと、時間が経っても美しい見た目を楽しめます。ただ、どの地域でも柔らかい海苔を味わえる旬の時期があるので、あくまでこれらの特徴は傾向に過ぎず、購入する時期によって特徴は若干異なってきます」
また、斉藤さんによると海苔の厚みと歯切れの良さには相関関係はないとのこと。
「海苔の歯切れは厚みではなく、使われている海苔の草質によって決まります。なぜなら新芽を使えば口溶けの良い物になりますが、何度も刈り取ったあとの部分で作れば口の中にゴワゴワと残る食感になります。ですので厚みではなく、どんな草質の海苔を使って成型されたかで食感が決まるのです。もちろん同じ柔らかい海苔で作るなら、厚みがある方が味は濃くなりますよ」
産地以外にはどんな違いがある?
海苔とひと口にいっても価格はピンキリ。500円以下で買えるものもあれば数千円するものもあります。その違いはいったい何なのでしょう?
「等級検査で付けられたランクによって価格は決まります。ただ、等級の基準や名前は地域によって異なり、統一されていません。場所によっては100種類以上もの等級があることも。また、パッケージに等級が書かれていないことのほうが多いです。
ただ、総じて言えるのは、色が濃く、ツヤがあって曇りがないものほど品格があるとして価格が高くなるということ。海苔のおいしさは、如実に価格に比例します。手巻きで使うのであれば600円以上のものを買っていただくと柔らかく歯切れの良いものが手に入ると思います。また、中身が見えるパッケージに入っている海苔あれば色が濃いかどうかを見てみてください。極端に価格が低いものは鶯色のような色をしています」
「海苔との出会いは一期一会。いまは『令和3海苔年度 第一回 富津 重重特』が並んでいますが、来シーズンは何が並ぶかわかりません。自然が作るものなので、常に同じものが手に入るとは限らないからです。また、スーパーなどに並ぶ海苔に等級が書かれていないのは、このためでもあります」
おいしい海苔を見極めるうえでもっともわかりやすい目印に「初摘み」や「一番摘み」があります。
「『初摘み』も『一番摘み』も意味は同じ。海に張った網から最初に摘採した新芽で作られた海苔のことです。新茶や一番茶と同じですね。大体11月ごろから市場に出回るのですが、生産量が少なく価格は高め。そのぶん柔らかくて、香り高い風味を楽しめるとして人気です。そのままはもちろん、巻いてすぐ食べるならおにぎりなどにもオススメですよ」
「また、貴重という意味では『青まぜ』という海苔もあります。これは青海苔が混ざった海苔のことで、まだ水温が少し高い秋と春に向かうわずかな期間にしか採れません。香りが特徴的で好みは分かれますが、青まぜしか食べないと言う人もいるほど、ハマる人はハマる海苔です」
1mm以下の薄さでも栄養はたっぷり!
10枚(全型)食べても60kcal前後と低カロリー。さらには紙のような薄さ。正直海苔はお腹が膨れるとは言い難い食材ですが、実は1枚に26種類もの栄養成分を含まれています。どのような栄養を摂れるのでしょうか?
「海苔は『海の緑黄色野菜』とも呼ばれる食材です。大別するとタンパク質、ミネラル、ビタミン、食物繊維が含まれています」
海苔に含まれる栄養成分
・タンパク質
海苔の約40%はタンパク質。タンパク質を構成するアミノ酸が海苔のうまみを生み出しています。そして「うまみ成分」は、一般的に昆布に含まれるグルタミン酸、かつお節に含まれるイノシン酸、しいたけに含まれるグアニル酸の3つに分けられますが、海苔には3種類すべてのうまみ成分が入っていて、 3種すべてが入っている自然食品は海苔だけと言われています。
・ミネラル
ミネラルにはカリウムやナトリウム、鉄、亜鉛などさまざまな種類がありますが、海苔にはそのほとんどが含まれています。とくにカルシウム、亜鉛、ヨウ素、鉄が他の食品よりも豊富です。
・ビタミン
海苔には11種類のビタミンが含まれています。なかでも葉酸の量はすべての食品のなかでもトップクラス。また、海苔に含まれているビタミンB2には、ごはんを効率良くエネルギーに変える働きがあるので、おにぎりに海苔を巻くのは理に適っています。
・食物繊維
海苔の約3分の1は食物繊維でできています。食物繊維には水溶性のものと非水溶性のものがありますが、海苔に含まれるのは水溶性。そのため野菜の食物繊維よりも、穏やかに体内の不要なものを体外に排出できます。
湿気を含んだ海苔はうまみの抜け殻!?
市販のチャック付き袋での保存はNGだった
紹介した以外にも、海苔にはEPAやタウリンなどさまざまな栄養素が含まれていて、栄養面を考えると、全型の焼き海苔を1日に2枚食べるのがオススメなのだそう。せっかくなので、よりおいしく食べるために正しい保存方法を教えていただきました。
「多くの方がご存知かとは思いますが、海苔にとって湿気は大敵です。海苔には赤、青、緑、黄色の4つの色素があるんですが、これらはうまみ成分でもあります。先ほど色が濃いほど質が高いと言ったのはこのためで、色が濃いものほどうまみ成分がしっかりあるということなんです。そして、そのなかで緑色と黄色のうまみ成分は水分に弱く、湿気ると失われてしまいます。結果、赤と青の色素だけが残るので、湿気った海苔は紫色に見えるんですよ。うまみの抜け殻のような状態ですね」
パリパリ食感だけでなくうまみを味わうためにも湿気が大敵ということはわかりました。では、湿気を防ぐにはどのような保存方法が最適なのでしょう?
「海苔を市販のチャック付き袋に移す方がいますが、あれはNG。チャック付き袋の大半はポリエチレン(PE)で作られており、切断面には目に見えない小さな穴がたくさん空いています。分子が大きい水は通りませんが、水蒸気は通ってしまうんです。元々の海苔の袋にチャックが付いているならその袋のまま保管するのがベスト。もし、チャックがなければキャニスターやフードコンテナなど密閉式容器に移し、海苔の袋に入っていた乾燥剤を入れましょう。ちなみに容器は横長で開口部の大きい物よりも縦長のものがオススメです。フタを開けると湿気のある外気と乾いた中の空気が入れ替わるのですが、入口が狭いほうが、入れ替わる量が少なくて済むからです。食べるときは一枚取り出したらすぐにフタを閉めるようにしてくださいね」
「容器は食卓など目につく場所に常に置いておくのがオススメです。目につく場所においしいものが置いてあれば、自然と手が伸びますよね。どこかにしまい込んでしまうと食べ忘れ、気がつけば湿気っていた……なんていうことに。海苔をもっともおいしく食べる方法は、開封したらできるだけ早く食べきること。それに尽きます」
海苔を冷蔵庫で保存している人も多くいますが、正しい保存方法なのでしょうか?
「結露しやすいのでNGですね。冷蔵庫に入れたならば、食べる1日前に冷蔵庫から取り出し、密閉状態のまま常温になるまで待ってから開けるようにしてください」
また、食べる前に海苔を火などで炙るという人もいます。問題ないのでしょうか?
「炙ることで、海苔本来の香りとうまみが増すという声もあります。ただ、時間が経つと熱に弱い性質を持つ赤と青のうまみ成分が失われてしまうので、炙るならすぐに食べるのが吉。未開封でも海苔は焼海苔になった時点から時間とともに風味が落ちていくものです。なのでお得だからとまとめ買いをするのではなく、食べられる量を買ってどんどん新しいものを食べていくことが、海苔を無駄なくおいしく食べるコツです。海苔の生産は、海苔漁師さんたちが真冬の冷たい海という過酷な環境下で、厳しい自然を相手に行われています。そんな苦労の末に作られた海苔ですから、正しい保存方法で保存しておいしい状態を味わってくださいね」
最後に海苔についての素朴な疑問をぶつけてみました。
Q.海苔の語源は?
「ぬるぬるするという意味の『ぬら』がなまって『のり』になったと言われています。平安時代には『紫菜』と書いて『のり』と呼んでいましたが、その後地方によって呼び名が変わり、江戸時代になっていまの『海苔』という文字が当てられたそうです」
Q. 日本以外に海苔を食べるのはどんな国?
「以前は、『ブラックペーパー』と呼ばれ、欧米では敬遠されていた海苔ですが、最近の日本食ブームと栄養豊富なことが注目され、いまではさまざまな国で食べられています。ただ、輸入する国がほとんど。海苔を生産しているのは日本以外だと気候条件が当てはまる韓国や中国が主ですね。他の地域で作られているという話は聞いたことがありません」
【プロフィール】
「海苔で健康推進委員会」 関東ブロック代表および専門実行委員 / 斉藤 徹
「海苔で健康推進委員会」に所属し、海苔にまつわる正しい知識の普及に努める。千葉県にて「より良い海苔をお求めやすい価格でのお客様への提供」がモットーの焼きのり専門店「中川海苔店」も運営。