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2022/12/6 20:30

フェンシングの剣を包丁やメダルにリサイクル! 現役オリンピアンが主導する「折れ剣再生プロジェクト」

穴が開いたサッカーボールや折れた野球のバットなど、壊れたスポーツ用具がどう処分されるのか、考えたことはありませんか? 東京2020オリンピック・フェンシング男子エペ団体で金メダルを獲得した見延和靖選手は、フェンシングを始めた高校時代から「折れたフェンシングの剣を捨てるのは心が痛む」と考えていたそうです。そんな想いが募り、今年1月、「折れ剣再生プロジェクト」を発足させました。

 

スポーツが持つ力でSDGsを目指す

「折れ剣再生プロジェクト」とは、試合や練習で折れたフェンシングの剣を回収し、包丁やメダルなど別のモノに再生するアップサイクルな活動です。

 

「フェンシングの剣は使えば使うほど、体や動きにフィットしていくので、試合用と区別することなく毎日の練習でも使います。選手は4~5本の剣を所持していますが、練習で酷使するため、早くて1カ月、もって半年ぐらいで折れたり亀裂が入ったりします。使えなくなった剣は、そのまま産業廃棄物として処理されてきました。しかし、フェンシングの剣は1本3~5万円と高価なうえ、剣への愛着も湧くため、廃棄するのは忍びない。そんな想いをずっと心の片隅に抱きながら競技を続けてきました。

 

東京2020オリンピックで金メダルを取った1週間後、マネジメント事務所に結果報告にうかがったところ、日本スポーツSDGs協会の鈴木朋彦さんと折れた剣についてお話をする機会を得、長年抱いていた想いを伝えたのです」(見延選手)

↑一般社団法人日本スポーツSDGs協会の代表理事を務める鈴木朋彦さん(左)と見延和靖選手

 

一般社団法人日本スポーツSDGs協会とは、スポーツを通してSDGs活動を推進することを目的とし、2021年6月に発足された機関。代表理事である鈴木さんは、設立の意義についてこう語ります。

 

「新型コロナウイルス感染症により、さまざまなスポーツイベントが無観客で開催されました。本来スポーツは、多くの観客が会場に集い、選手の一挙手一投足に一喜一憂し、興奮や感動を共有するものです。しかしその価値が揺らいでしまったのです。そこで、スポーツの新しい価値を考えた時、国境も人種も宗教も関係なく、平等に楽しめるスポーツは、SDGs活動のツールのひとつになり得るのではないかと感じました。

 

憧れの選手たちが率先してSDGsの活動に関われば、“自分たちもやってみよう”“自分たちもできるかもしれない”と行動心理を切り替えられるかもしれません。その連鎖が起こることで、世の中を変えていく力がスポーツにはある。それを実践していくためにスポーツSDGs協会が設立されました。

 

また選手たちの多くは、『自分の競技を次の世代につなげたい』、『子どもの時から自分を育ててくれた故郷に恩返しをしたい』という想いを持っています。そんな選手の想いを成就させる1つの手段として、SDGsを活用できるのでないかと。今回、競技や故郷に恩返ししたいという見延選手の想いと、協会の目指すべきところが合致し、プロジェクトが始動したのです」(鈴木さん)

 

あえて鋳造せずに「剣」の名残りを残す

その後、日本フェンシング協会の協力のもと、選手の練習拠点である味の素ナショナルトレーニングセンター(東京都北区)のフェンシング場に、折れた剣の回収BOXを設置。発足から9ヵ月で約100本の折れた剣が集まったそうです。奇しくも、見延選手は“越前打刃物”で有名な福井県越前市の出身。折れた剣の再生には、地元企業の武生特殊鋼材と高村刃物製作所全面協力してくれました。

 

「フェンシングの剣は、マルエージング鋼という素材でできています。これは、ゴルフのドライバーヘッドでも使用されている特殊な鋼材です。今回は、包丁やメダルなどへリサイクルするにあたり、厚みがある剣の根本部分を熱してから、ハンマーで叩いて薄くしながら整形する製法(熱間鍛造)を採用しました。フェンシングは剣に電流を流し、剣先が相手に当たったかどうかを判定します。そのため剣には電線を通す溝があります。メダルも包丁も、その溝をそのまま残すことで付加価値を付けたかったのです。

↑折れた剣。先の細い部分が比較的折れやすい
↑折れた剣の電線を焼き、根元の太い部分を再利用品に合わせて切断する。それ以外の部分は溶解利用へ(武生特殊鋼材)
↑熱間鍛造により刃物の形にしていく
↑よく見ると刃の表面に導線を通す溝の跡があり、フェンシングの名残を感じ取れる

 

刃物については、著名な一流料理人たちが愛用している包丁やナイフの製造元である、高村刃物製作所の高村さんにお願いをして試作品を作ってもらったのですが、完成度のすばらしさに衝撃を受けました。高村さんは、切れ味に満足をしていませんでしたが、これまで記念にとっておいた折れた剣も包丁にしてほしいと思ったぐらいです(笑)」(見延選手)

 

地元フェンシング大会でのメダルにも活用

試作品した刃物は、硬度や切れ味も使用可能な水準に仕上がったと話す見延選手。今後、ナイフや包丁は市場での流通の可能性を探っていく予定で、同時にメダルやタグプレートへの加工も進めていくそうです。

 

「8月に越前市で小中学生のフェンシング大会がありました。大会では3位までの選手に再生されたメダルを、それ以外の選手には参加賞として折れた剣で作られたタグプレートを贈呈。メダルを渡した瞬間、子どもたちの目が輝いたのがわかりましたし、本当に嬉しそうな表情が印象的でした。試合前にメダルのことを話したのですが、子どもたちはいつも以上に試合に集中していたようですし、オリンピックや世界を少しでも意識できるいい機会になったと思います」(見延選手)

↑折れた剣から作られたメダルにも溝の跡が残っている
↑「オリンピック選手の剣がメダルになった」と子どもたちも興奮気味だったとか

 

再生した刃物をふるさと納税の返礼品に

同プロジェクトへの関心は高く、再生された包丁やナイフが欲しいという問い合わせも多いそう。しかし現時点では多くの課題があると言います。

 

「現在は、味の素ナショナルトレーニングセンターでの回収だけですが、フェンシングクラブは全国にあります。回収方法をどうするか、全国から集めたとして、折れた剣を再生する生産体制をどうするか、賛同を得るためにこの活動をどう周知していけばいいのかなど、考えていかなければなりません。

↑武生特殊鋼材を訪問した際に河野社長と
↑高村刃物製作所を見学する見延選手。練習の合間を縫って、プロジェクトのために率先して動いている

 

こうした課題はあるものの、見延選手本人がプロジェクトのために率先して動いてくれているのは大きいです。例えば、武生特殊鋼材さんや高村さんも、見延選手でなかったら、ここまでスムーズに話が進んでいたかどうか。彼は、実際に工場に行って試作品を手に取り、意見を言ったりもしてくれています」(鈴木さん)

 

今後は流通を視野に入れつつも、まずは越前市のふるさと納税の返礼品にできないかと、市と話し合った結果、市と協定を結び、ガバメントクラウドファンディングとして1118日よりスタートすることになりました。(https://www.furusato-tax.jp/gcf/2158)

 

フェンシングの剣への再生が目標

競技と故郷への恩返しを胸に、プロジェクトに取り組む見延選手。プロジェクトの最終的な目標は、折れた剣をフェンシングの剣へ再生することだと言います。

 

「実はフェンシングの剣の生産は、フランスとウクライナが主で、日本では生産されていません。そのため、質の高い剣は海外の選手が手に入れてしまい、売れ残った剣が日本に送られてくるのが現状。日本も刀鍛冶など技術を持った職人は多いはずなので、折れた剣を使った日本製の剣ができれば素晴らしいですね。

↑試合中の見延選手

 

また、ヨーロッパでは、フェンシングは生涯スポーツの1つです。試合での駆け引きが面白いため、60代以上のシニア層も真剣に試合をしています。この活動を機にフェンシングのことをもっと知ってもらい、ヨーロッパのような文化を日本でも根付かせたいです」(見延選手)

 

国際大会で使用できる剣の認証取得のハードルの高さや、フェンシグ自体が競技人口約6000人とまだまだマイナーなことなどから、ビジネスとして成立させるのが難しいといった課題もありますが、折れた剣から新たな剣を製造できれば、価格も抑えられ、子どもたちはもちろん、多くの人たちが手に取りやすくなります。ひいてはそれが競技人口の増加にもつながる……。見延選手の夢はまだ始まったばかりです。

 

見延和靖さん●東京2020オリンピック フェンシング男子エペ団体金メダリスト。父親の勧めで高校時代からフェンシングを始め、大学時代からエペ(フェンシングの競技の1種)の選手として多くの大会で優勝。NEXUSホールディングス入社後、日本男子エペ個人では初のワールドカップ優勝をはじめ、さまざまな大会で活躍。2019年には日本人選手として初めて年間ランキング世界1位を獲得した。

 

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