ワインに詳しくなくても、フランスのブルゴーニュ地方はワインの名産地だということをご存知な方は多いのではないでしょうか。ワインは日本をはじめ世界中で生産されていますが、その中心はやっぱりフランスで、中でもブルゴーニュは、ボルドーと並ぶ二大メジャー生産地です。
筆者は、ブルゴーニュのワインビジネスの中心でもありワイン関連の観光地として世界中からゲストが集まるボーヌに住んでいて、日々、ワインに触れる生活を送っています。日本酒業界からワインの世界へ足を踏み入れ、まだまだ勉強中の身ではありますが、現地から、ワインやフランスの文化、ライフスタイルの情報をお届けしていければと思っています。
ワイン好きなら絶対に知っておきたいメルキュレのワイン
1月28日と29日に、ブルゴーニュのメルキュレというコミューン(日本だと市町村に相当する自治体)で2017年の巡回サンヴァンサン祭が開かれました。「ブルゴーニュ利き酒騎士団」が後援する1938年から続くワイン祭りで、今年も2日間で10万人が訪れた盛大なイベントです。
サンヴァンサンはヴィニュロン(ブドウ栽培者)の守護聖人で、毎年1月22日のサンヴァンサンの祝祭日のあとの最初の週末に行われます。ヴィニュロンの間では毎年サンヴァンサン祭以前には剪定を始めないというしきたりがあり、ブドウの木を仕立てる最初の作業の前の景気付けともいえる重要なイベントでもあります。
巡回という名の通り、ブルゴーニュの中で毎年開催地を変えて行われ、メルキュレで行われるのは1962年1985年に続いて3回目となります。今年も90か所からそれぞれのコミューン所有のサンヴァンサン像が集まり、ブドウ畑の間を練り歩いて今年のブドウ栽培の成功を祈りました。
早朝から始まるため、途中ヴァンショー(ホットワイン)の振る舞いもありました。
筆者もいただいたのですが、気温は零度あるかないかだったので、このヴァンショーがほんとうに体に染みました。温めたワインなんて邪道と思っている日本の方も多いかもしれませんが、本場の人たちでも飲むのです。スパイスも甘さも控えめで熱々なのにフレッシュで本当においしかったです。
メルキュレのあるシャロネーズ地区は、ブドウ栽培自体は古くから行われていたものの、近年までブルゴーニュ圏の工業地域とみなされてきました。しかし、ここ数年は多彩なテロワール(土壌の特殊性)からなる高品質な赤ワインの産地として世界から注目を集めています。
いまメルキュレが世界に注目されているもっともな理由
メルキュレはボーヌから南に30kmほどのソーヌ=エ=ロワール県に位置するシャロネーズ地区のアペラシオン(法律で細かく定められた条件を満たすワインの生産地)です。最高クラスであるグランクリュのアペラシオンはありませんが、32のプルミエクリュ(グランクリュに続くクオリティのクラス)が認められています。
ブドウ栽培の歴史は古く、950年頃にはメルキュレの象徴でもあるモンテギュ城(現在も遺跡としてのこっています)がブドウ畑の真ん中に建てられたという記録が残っているほど。
メルキュレのワインは赤ワインが85%を占め、モノセパージュ(単一品種)でピノノワールが使われています。ピノノワールは若いうちには美しいルビー色と生き生きとした赤い果実のアロマ(香り)を持ち、年を経るにつれて煉瓦みを帯びた色合いとなり、アロマも秋の森の下草や皮、ムスクへと変化していきますが、いずれの場合も繊細で洗練されたタンニンが特徴です。
ブルゴーニュでワインの味わいの決め手になる第一の要素はテロワールと言って良いと思いますが、ここメルキュレのテロワールは本当に多彩です。
ぶどう畑は標高230~320mに位置し、泥灰土とオクスフォーディアン(約1億6120万年前~約1億5570万年前)の泥灰石灰質土壌が特徴となっています。モザイクのように複雑に配置された白い石灰質土壌と赤い粘土石灰質土壌がそれぞれの畑に異なる味わいを与えているのです。
ワインを説明すると、どうしても難しくなってしまいがち……。飲み手としては、ややこしい理屈よりもどんな料理と楽しめばいいのか、というところが気になりますよね。
メルキュレのワインを楽しむポイント&おすすめ2本
メルキュレのピノノワールのチャーミングな赤い果実の香りとミネラルや骨格を感じさせるその味わいには、シンプルな肉料理を合わせてみるのがおすすめです。サガリやハラミなどのグリルもいいですし、リブロースのステーキなどにもピッタリ。羊に合わせるのもいいですね。
マイルドなチーズとも熟成したチーズとも相性が良いのも強みです。
たとえば、ホームパーティーで軽くトーストしたバゲットでホールのモンドール(ウォッシュタイプのクリーミーなチーズ)をすくって食べたり、一口サイズにカットしたハードタイプのコンテチーズをつまんだりしながらわいわい飲むのも楽しいですね。もちろん、ハムやサラミなどのアペタイザーにもぴったりです。
そのとき、メルキュレのワインでおすすめなのは以下の2本。
まずはドメーヌ ロレンゾンの2015年のヴィンテージ(ワインの生産年)。赤い果実の香りを感じさせながらも骨格のしっかりした、マスキュラン(男性的)な1本です。
2015年のブルゴーニュは7月の暑さの影響でフルーティな味わいになっているものが多いのですが、こちらは果実味ときれいなタンニンの中にテロワールの持つ芯の強さが感じられる仕上がりとなっています。ロレンゾン氏は「テロワールの完璧な表現者」と称されているのですが、その称号に思わず納得する独特な味わいです。
2本目は2011年のプルミエクリュ、クロ トネル。すでにある程度の熟成が感じられ、ワインの色も微かに煉瓦色のニュアンスが見られます。アロマにも森の下草や動物的な要素が出てきています。まろやかさが増し、繊細なタンニンがさらに丸みを帯びて口の中をなめらかに滑っていく感触はピノノワールの醍醐味のひとつ。
ここ数年の天候問題により(4月の遅霜や 6月の雹被害など)ブルゴーニュワインの生産量は不安定な状態が続いています。その影響もあり、コートドニュイやコートドボーヌといった銘醸地のワインの価格は上昇するばかりです。
その一方で、メルキュレを始めとするシャロネーズ地区やマコン地区のワインの品質に対する価格の手頃さが注目されてきています。
もちろん、チリなどのニューワールドのワインの価格と同じレベルとは言えませんが、モノセパージュでテロワール、歴史、ヴィニュロンのエスプリをしっかりと感じることができるのは、さすがブルゴーニュワインといっていいでしょう。
2015年のブルゴーニュというと、つい最近。「まだ飲み頃を迎えていないのでは?」と思う方もいるかもしれません。しかし、メルキュレの2015年のヴィンテージは今でも十分に楽しめるワイン。異なる生産者のワインを集めて、テロワールの違いとさまざまな味わいを飲み比べてみては?