ライフスタイル
2022/5/14 19:30

失敗してもお試しでもいい! 無理しない「移住」の極意を里山ライフ雑誌『Soil mag.』編集長に聞く

パンデミックに起因するテレワークの普及によって、いま若者や子育て世代における地方移住の動きが加速しているといわれます。なかでも@Livingが注目しているのは、都心部から電車で1〜2時間圏内で実現する、“背伸びしない移住”という選択肢。都市の利便性も田舎暮らしの良さも手放さず、その両方を自分に合った形で享受する。そんな昨今の移住トレンドについて、移住と里山ライフをテーマに2021年10月に創刊した雑誌『Soil mag.』編集長の曽田夕紀子さんにうかがいました。

 

テレワークの普及を機に、地方移住へのハードルが下がった

ここ10年くらいの間によく目にするようになった「地方移住」というキーワード。テレワークの普及をきっかけに、地方へ移住を決める若い世代がさらに増えているといわれています。

 

「もちろんコロナ禍も理由のひとつだと思いますが、大きなきっかけは2011年の東日本大震災だったと思います。既存の社会システムが、実は絶対的なものではなかったことに気づかされたあのとき、多くの人々が人生における大切なものは何かを見直したと思うんですよね。その結果、いざというときに自分の力で生きていけること、たとえば地方の里山で土を耕し、自力で作物を作れるような生活に価値を見出す人が増えてきた。それが移住者の増加を促した根本的な理由だと思っています」

 

そう語るのは、移住と里山ライフのカルチャーマガジン『Soil mag.』編集長の曽田夕紀子さん。

 

「もっと以前の地方移住というと、リタイア後の高齢者や、本格派のナチュラリストなど、限られた人だけの選択肢というイメージが強かったと思います。それが今は、人生をより豊かにする当たり前の選択として移住があるという感覚です。中高年や子育て世代はもちろん、単身の若者でも地方移住しやすい環境が整ってきたと思います。

各地方自治体が実施している支援制度も年々手厚くなっていますし、テレワークの普及もそれを後押しした形。特に国が支給している地方創生推進交付金は、2021年度から移住先でのテレワークも支援の対象になりました。

これはどういうことかというと、移住先で起業や就職をせずとも、今の仕事を続けたままで移住支援金が支給されるようになったんです。週に何回かは東京のオフィスへ出社しなければいけないとか、都市から離れすぎないところで移住したい人にとってみれば、引っ越しするだけで最大100万円の支給を受けられるようなもの。これは大きいと思いますね」(『Soil mag.』編集長・曽田夕紀子さん、以下同)

 

浅草から奥多摩へ移住。都心まで2時間の田舎暮らし

曽田さんのご自宅はすぐ下に清流が流れる。

 

実は曽田さん自身も、2015年に東京・浅草から同じく東京の奥多摩町に夫婦で移住しています。釣りやキャンプでも人気の緑豊かな奥多摩町は、都心から電車で約2時間とアクセスも良好。

 

「以前は浅草の自宅兼事務所を拠点に、夫とふたりで雑誌や本を作る仕事をしていました。当初、田舎暮らしに興味があったのは私だけで、夫は反対だったんですね。たしかに編集者は人と会う機会が多いから、いきなり遠い田舎に移住するのは現実的ではない。でも奥多摩だったら今の仕事を続けながら移住できるんじゃないかと考えました。それから夫婦でちょくちょく遊びに通うようになり、夫もだんだんその気になってきた……(笑)、といういきさつです」

 

普段は自然豊かな奥多摩町に拠点を置き、2時間で都心に出ることも可能。まさにいいとこ取りの移住生活

 

「当初は都心部のマンションに事務所を借りていましたが、いざ引っ越してみたら全然使わない(笑)。むしろその後のパンデミックで都心に出かける用事も減り、2年前に解約しました。ただ、私の場合は都会が嫌いなわけではないんです。行きたいときに気軽に都心へ出て都会の文化に触れられるというのも、精神的な安心感につながっているかもしれません」

自宅には憧れの薪ストーブも。

 

いま地方移住を目指す人々が本当に求めている情報とは?

『Soil mag.』(ワン・パブリッシング刊)2021年10月創刊。1号目の特集は『“耕す暮らし”の創りかた。』。農的暮らしを実践する移住者へのインタビューから、自給菜園や新規就農のノウハウ、各地の地方自治体が実施している移住支援策など、すぐに使える具体的な情報がしっかりと網羅されている。

 

曽田さんはその後子どもも授かり、現在は築150年の古民家に暮らしています。そんな移住生活を送る中で生まれたのが、自身が編纂する雑誌『Soil mag.』でした。日本唯一のDIY専門誌『ドゥーパ!』から2021年10月に創刊されたこの新雑誌には、地方移住によって自分たちなりの豊かな暮らしを実現する人々のエピソードや、その具体的なノウハウがたっぷりと紹介されています。

 

「これは地方移住あるあるだと思うのですが、田舎で暮らしを営んでいると、野菜を自家栽培してみるとか、家の修繕をDIYするとか、自分たちの手で暮らしを作っていくことへどんどん興味が深まっていくんです。そんな中で、私も自然とそういうことをテーマに媒体を作ってみたいと考えるようになりました」

 

誌名に使った“Soil”という言葉には、ふたつの思いが込められているそう。

 

「ひとつは土。いま地方移住を考える人々が本質的に求めているものは何かを考えたとき、自分の手で作物を作るとか、やっぱり土のある暮らしなのではないかと思いました。もうひとつは、サステナブル、オーガニック、イノベーティブ、ローカルという4つの言葉で、この頭文字を合わせると“soil”になります。移住者の事例を紹介する媒体ってこれまでにもあったけれど、実際にその暮らしを実現するための具体的なノウハウまで落とし込めている媒体ってあまりなかったと思うんです。若い世代の移住者が増えている今こそ、その道標になるような情報とワクワクを一冊でしっかり見せられる雑誌にしたいと考えました」

自分たちで食べる分だけ栽培する自給菜園の作り方や、農業と他の仕事を両立する働き方の事例など、土のある暮らしを実践するさまざまなノウハウは、読んでいるだけでも面白く多くの気づきを与えてくれる。(『Soil mag.』より)

 

住居から仕事まで何でもサポート。国や地方自治体の支援制度が充実

移住者が増えている背景には、国や各地方自治体が実施している支援制度の充実もあります。

 

「たとえば私が暮らす奥多摩町では、住宅を購入する際に最大220万円まで補助してもらえます。内容は自治体によってさまざまですが、移住者へのサポートは年々手厚くなっているのが現状ですね」

 

生き方の選択肢が増えている昨今、支援を受けられる年齢層や条件も幅広くなっているそう。子育てと仕事を両立したいシングルマザーや、20代の単身者、新規就農を目指す中高年夫婦、地方で起業したいフリーランスまで、誰にとっても地方移住への道は開かれていると曽田さんはいいます。

 

「最近は、移住者が地域コミュニティにスムーズに入っていけるようなサポートも充実しています。自治体によっては移住相談の窓口に移住コンシェルジュという専門家を入れて、就職から住居探しまで親身にサポートしてくれるというケースもある。たとえば物件探しって移住における大きなハードルのひとつですよね。でもそういったシステムを活用すれば、賃貸情報サイトでは見つけられないような、地域に根ざした情報にもアクセスしやすくなったりするんです」

妊活や子育て、新規就農、住宅、起業と、地方自治体が設けているさまざまな移住支援制度を紹介しているページ。地方の特色に合わせた、個性豊かなサポートが充実している。(『Soil mag.』より)

 

やり直しも失敗もOK! 背伸びしない地方移住とは?

どこを移住先に選ぶかは人それぞれ。こればかりはご縁としかいいようがないと曽田さん。

 

「あちこちの移住先を吟味して情報を調べ尽くしてから移住を決める人って、実はあまりいないというのが、多くの移住者を取材している私の実感です。たまたま旅行で訪れて気に入ったとか、知り合いが近くにいたとか、わりと直感的に決めている人も多い。……というのも、これだけ移住へのハードルが下がっているいま、仮に住んでみてもし自分に合わなかったり、うまくいかなかったら帰ってきたっていいんです。逆にそのくらいの考えでいた方が、地方移住ってうまくいくのかなと感じていて」

 

1回で何が何でも成功させなければならない……地方移住はそんな風に “思い詰めて決める”ような片道切符のものではないというのが、曽田さんの考え。

 

「できれば、家はいきなり購入しない方がいいですね。最初は町営住宅などを借りて地域の人と関係性を深めていけば、その先で耳寄りな物件情報を得られたりしますから。あとは、東京など大都市からの移住に不安があるなら、私のようにその利便性を完全に手放さないという選択肢もある」

 

曽田さん自身、地域コミュニティにはすぐになじめたのでしょうか?

 

「東京ではご近所付き合いというのがほぼなかったので、奥多摩に来てから地域社会というものを初めて体験したような感じです。ただ、その心配はまったくなかったですね。今はどこの自治体も移住者を歓迎してくれる傾向がありますから、人間関係でがんじがらめになるということはあまりないのではないでしょうか。自分なりに距離感をもってお付き合いを楽しめばいいと思います。逆に従来の東京の友人たちは、リフレッシュがてら奥多摩に遊びに来てくれるようになりました。移住前に築いてきた人間関係も、いい距離感でキープできる安心感は大きい。これは都市近郊へ移住するメリットのひとつだと思います」

 

リゾート地などで働きながら、同時に休暇を取れる仕組み、ワーケーション。ロングステイで地域の魅力をじっくり味わえるため、移住のお試しとしても有効です。(『Soil mag.』より)

 

自分を表現する手段として地方移住を考えてみる

一方で、若い世代の移住者同士がつながって、新たなムーブメントを起こすといった動きも、日本全国で活性化しているといいます。

 

「同じ移住者同士というだけで、価値観が合う人も多かったりするんです。そこで新しい仕事やモノ創りなどが生まれている事例は本当に多いですし、今後の田舎暮らしはダブルワーク、トリプルワークがスタンダードになっていくのではないかと感じています。田舎って閉鎖的に思えるかもしれませんが実は“隙間”も多いというか、場合によっては移住者が新しいことを始めやすい環境だったりもするんですよね。たとえば東京で起業してそこで戦おうとすると、たくさんの資金や綿密なブランディングも必要になります。でも人が少ない田舎だったら、自分の得意なことで看板を掲げていると、周りからちょっとした仕事がもらえたり、声をかけてもらえたりすることが実際によくある。都市で活動するよりも、実は田舎の方が自分を表現しやすい環境だったりするんです」

 

これまでの仕事や人間関係は継続させながら、新たなことにも挑戦してみたい。そんな人にとっても、都市と田舎暮らしのいいとこ取りができる“背伸びをしない”地方移住は、ひとつのきっかけになるのかもしれません。

 

「地方移住は今後ますます当たり前の選択肢として定着していくと思っています。これは個人的な願望でもありますが、それぞれに特色を持ったいろいろな地域が活性化していけば、個性的で豊かな暮らしをより多くの人が実現できるようになるし、日本という国の発展にもつながっていくはず。実際世の中は、そのような未来へ向けて少しずつ動き出していると感じています」

 

【プロフィール】

Soil mag.編集長 / 曽田 夕紀子

2021年10月に創刊した、移住と里山ライフのカルチャーマガジン『Soil mag.』の編集長を務める。自身も23区内から奥多摩に家族で移住し、都市部へのアクセスを確保しながら自然を満喫できる里山ライフを実践している。