自然の力を活用した都市環境づくりを目指す~株式会社大林組
「グリーンインフラ」という言葉をご存じでしょうか。「グリーンインフラストラクチャー(Green Infrastructure)」の略で、自然が持つ多様な機能を課題の解決手段として活用する取り組みや考え方のことです。日本では国土交通省などを中心に2015年から推進されていて、例えば、津波対策としての海岸防災林、ヒートアイランドの抑制のための屋上緑化や自然環境の再生ほか、さまざまな取り組みが実施されています。
ものづくりへの新たな価値を創出
グリーンインフラは多くの社会的課題を解決する可能性があるため、SDGsとの関係性も高いと言われています。今では行政だけでなく、グリーンインフラを採り入れる企業も増えていて、今回ご紹介するゼネコン大手の大林組もそのひとつ。「自然と、つくる。(https://www.obayashi.co.jp/green/)」をキャッチフレーズに多くの取り組みを行っています。
「以前から“自然”を採り入れたサービスを提供してきましたが、これまで人工構造物に対する評価はあっても、“自然”を評価対象にすることはありませんでした。グリーンインフラは、自然の力を賢く使うということがキモであり、弊社のモノづくりに積極的に採用することで、自然環境や経済、人々の暮らしに好循環が生まれると考えています」と話すのは、技術本部技術研究所研究支援推進部の杉本英夫さんです。
大林組が取り組むグリーンインフラ
では、同社が取り組むグリーンインフラにはどんなものがあるのでしょうか。
例えば、陸の生態系の回復。建設により自然環境が失われることもありますが、それを代償するための手法の一つとして、ビオトープ(生物生息空間)の計画と施行、維持管理を行っています。建設予定地に生息する在来種や動植物をビオトープに移すことで生物多様性の保全を図るのです。また、これまで緑化が困難とされていた強酸性土壌の斜面に植生できる工法などもあります。こうした取り組みは、生物多様性の保全だけでなく、水質浄化やCO2固定などにも貢献しています。
一方で、川や池の生態系の回復や水質の浄化、沿岸域の生態系の回復や海の水質の浄化など、陸域だけでなく水域での取り組みもいろいろと行われています。これらの技術は、単に水域の生物多様性の保全だけにとどまらず、街を洪水から守るなど災害対策にも関係しているのです。
グリーンインフラの特徴について、技術本部技術研究所自然環境技術研究部の相澤章仁さんはこう話します。
「グリーンインフラは、単一の効果だけでなく、複合的な効果が期待できます。例えば、ある都市に緑地を創出すれば、単に生物が増えるというだけではなく、ヒートアイランド対策であったり、人々に癒しを与えたりすることもできます。グリーンインフラは、それぞれの取り組みがリンクし、気候変動の緩和、災害の軽減、健康や安らぎの提供など、人々に様々な恵みをもたらせてくれるのです」
緑化・ヒートアイランド対策「COOL CUBE(クールキューブ)」
実は、グリーンインフラという言葉が生まれる前から、同社は環境に配慮した技術開発を展開しています。そのひとつが、涼空間再生プロジェクト「COOL CUBE(クールキューブ)」です。快適な建築空間とは、建物内部だけに限らず、快適な屋外空間もその一部であるという考え方で、都市、建物、そして人を冷やすヒートアイランド対策として取り組んできました。
「緑化は緑化、空調は空調、生態は生態と、かつては担当部署が個々に技術開発を行っていました。それでは、対外的に説明する際に伝わる要素が制限されますし、そもそも研究員同士で技術交換が行われないのはマイナスでしかありません。そこで共通のプラットフォームとして、COOL CUBEというプロジェクトにより、連携させることにしたのです」(杉本さん)
COOL CUBEには、湿潤舗装や透水性舗装、遮熱効果により空調負荷を軽減する高日射反射率塗装ほか、多くのシステム(技術・工法)があります。そのなかで軸となっているのが、「グリーンキューブ®」という名称の緑化システム。給水装置と緑化基盤をセットにした屋上用緑化や、視覚的効果と建物表面の温度上昇を抑制する壁面緑化など、グリーンキューブ®自体にも種類(工法)があります。
ちなみにグリーンキューブ®は、水を供給する仕組みがあれば、基本的には建物の構造に合わせて緑化が可能。また、植えられる植物も、根を深く張る種類でなければ特に制限はなく、予算に合わせて木々を選べるそうです。
900本の樹木でCO2固定量が年間約4tに
このグリーンキューブ®を施行した事例は多くありますが、代表的なのが、南海電鉄が運用・管理する「なんばパークス」(大阪府大阪市)です。そこではさまざまな調査も行われています。
「なんばパークスには、約5300㎡の屋上緑地があり、多様な動植物が生息、生育しています。緑の少ない大阪ミナミのエリアにおいて、28種の鳥類と、152種の昆虫類の生息が3年間の調査で確認できました。また約900本の樹木があり、それらによる1年間のCO2固定量が約4tであることや、夏季夜間における約1℃の気温低下を測定。ヒートアイランド対策に大きな効果があることもわかりました。また、老若男女問わず多くのお客様が回遊したり、木陰に佇んだり、記念写真を撮るなど、憩いの空間としても使っていただいています。
そして近年は、高層階から眺める地上部分や、低層階の壁面を人工物にしないなど『見せる』ことにも注力しています。もちろん、木陰を作るなど、訪れた人の快適さも追及しなければなりません。その辺りのバランスを保ちつつ、メンテナンスをどうするか試行錯誤しています」(杉本さん)
都市の生物多様性の調査・研究をスタート
これら従来からの取り組みを礎に、さらなる持続可能な社会の実現に向け、次のステップとして取り組み始めているのが「都市の生物多様性」に関する調査・研究だそうです。
「生物多様性の問題は、地球温暖化をはじめとするほとんどの環境問題と関わっています。例えば、これまでは植生の視点だけを考え、農薬などで害虫を強制的に排除してきましたが、特定の生物が増えてしまうことがあります。このように今までは自然界のバランスまで考慮していなかったのですが、今後は生物多様性の研究を通じた都市緑化への取り組みを行っていく予定です。現在も、なんばパークスをはじめ、当社が手掛けた施設でモニタリングを行っています」(相澤さん)
大林組が目指すサステナブルな未来とは
元々同社は、社会課題の解決に取り組んで持続可能な社会に貢献するということを企業理念に掲げていました。2011年には中長期環境ビジョン「Obayashi Green Vision 2050」を策定し、再生可能エネルギー事業の推進など環境に配慮した社会づくりに取り組んできたのですが、これを2019年に「Obayashi Sustainability Vision 2050」へと改訂しています。その理由について、グローバル経営戦略室ESG・SDGs推進部・部長の飛山芳夫さんはこう説明します。
「サステナビリティビジョンに転換した理由の一つに、東日本大震災があります。震災を機に再生可能エネルギーへの転換など、エネルギー構成を見直す風潮が社会的にも生まれました。さらに2015年のパリ協定、SDGsの登場もあり、こうした視点を加える必要性も出てきたのです。そして2017年に策定した中期経営計画からESGという考えを経営基盤戦略の一つに掲げた流れも受け、E(環境)の部分に特化したビジョンのままではなく、地球環境、人、社会の調和を目指すビジョンへと改訂したのです」(飛山さん)
将来の持続可能な社会の実現に対して、大林組が目指すべき事業展開の方向性を示した「Obayashi Sustainability Vision 2050」。これを踏まえ、今後、どう進めていこうと考えているのでしょうか。
「具体的には、“脱炭素”“価値ある空間・サービスの提供”“サステナブル・サプライチェーンの共創”を目標に掲げています。これらを達成するために、具体的なアクションプランを設定し、推進しています」(飛山さん)
地球環境、人、社会の調和を目指すビジョンを実現するために、グリーンキューブ®をはじめとする同社のグリーンインフラの取り組みについては、これからも大いに注目していきたいところです。