筆者はビビっていた。
映画やアニメを見るときに声や音楽を意識することはあっても、オーディオ機器そのものにこだわった経験はほぼない。「iPhoneユーザーだから」というだけで普段使いのイヤホンにAirPodsを選び(もちろん優れた製品であるのだけど)、一日のなかで“音”にまつわる活動といえば、仕事中に流し聞きするSpotifyやPodcastぐらい。そんな私が参加していいのだろうか、と。
何の話かというと、2026年6月19日(金)から21日(日)までの3日間、東京国際フォーラムで開催される国内最大級のオーディオ&ホームシアターの祭典「OTOTEN2026」開催に向けた記者発表会だ。ひょんなことから記者として参加することになったのである。

筆者にとってオーディオは、生半可な知識で語ると火傷をする玄人趣味の世界。しかも会見を取材するだけならまだしも、出展メーカーのブースを自由に回り、話を聞く時間まで用意されているという。
知識ゼロの自分が、何を質問すればいいのだろう……。

そんな不安を抱えながら参加したのだが、会見が始まると先入観は早々に打ち砕かれた。そこには、知識の有無に関係なく楽しめる音のワンダーランドが広がっていたのだ。
まさに“耳”から鱗。楽しすぎたあまり、その感動を伝えたくて少し長めの原稿になってしまった。気になるブースのところだけ、つまみ読みしていただくのも大歓迎だ。
目次
AI全盛の時代に、人間に残された聖域とは?
「AIが音楽を作り、音を整えることが容易な時代になった。だからこそ感動の領域は譲れない」。発表会の冒頭、「OTOTEN」を主催する一般社団法人日本オーディオ協会の小川理子会長はそう語った。

オーディオ製品は単なる装置ではなく、音を通じて心を震わせる体験を届けるもの。小川会長はそう定義し、「OTOTEN」が人間にしかできない“最高の音楽体験”を提供する場であることを強調した。
AIが文章を書き、音楽や画像を作り、動画を編集する。創作も情報収集も、かつてないほど効率化された時代。小川会長は、AIや技術によって人間の営みが拡張される可能性に触れたうえで、こう問いかける。
「一方で効率が優先され、感動に心が震えるという体験、人が生きる力を得るパワーのある体験を、いったいどのぐらいできているのでしょうか」
筆者はこの言葉に、ぐっと心をつかまれた。
音楽や動画のサブスク、SNSにPodcast。私たちは以前よりも多くのコンテンツに囲まれ、日々たくさんの“音”に触れている。にもかかわらず、“音そのものにじっくり向き合う時間”は減っている気がしていたからだ。
もちろん今も、音楽や映画を深く掘り下げ、丁寧に楽しんでいる人はたくさんいるし、現代の音楽体験が悪いわけでもない。むしろ選択肢は格段に広がった。ただ筆者の場合、いつからか“ながら聴き”や倍速視聴が当たり前となり、音を“味わう”よりも“情報として摂取するもの”として扱う時間が増えていた。
中高時代は、お小遣いと相談しながらCDを選び、一枚のアルバムを何度も聴き、友達と貸し借りしていたというのに。
さらに小川会長は、「音楽とは、アーティストが一つひとつの音に人生をかけて絞り出したエネルギーであり、エンジニアが聴く人の状況をイメージしながら、制作調整に魂を削った執念」だと続ける。

そして今のOTOTENは、そうした“音に向き合う体験”をより多くの人に届ける開かれた場になりつつある。

小川会長は「男性偏重なオーディオ界からの脱却」も目標に掲げ、「世の中の半分は女性。子育て中のお母さんや楽器演奏を楽しむ女性にも良い音を届けたい」と意気込んだ。
この言葉のおかげで筆者の不安は少し和らぎ、各ブースに体当たり取材をする勇気がわいた。それでは、いざ出発。
【クリプトン】オーディオはあくまで脇役!? 専門用語はわからなくてもOK
会見後のブース巡りで、筆者のなかの「オーディオ=近寄りがたい」というイメージを覆された。最初に訪れたのは、オーディオファンからの信頼も厚いクリプトンのブース。

開口一番「オーディオのことはまったくわからないんです」と正直に伝えると、返ってきた言葉に難しい専門用語はひとつもなかった。
「製品の能書きなんて知らなくてもいいんです。あくまで主役は音楽。オーディオなんて、いい音楽をいい音で聴くための脇役みたいなものなんで」
あれ? 思っていた雰囲気とまったく違うぞ……?
担当者はさらに、「大事なのは、聴いたときに心地いいと感じるかどうか。どういう音を心地よく感じるかは人それぞれですからね」と続ける。
そして、こんな本音も飛び出した。
「これまでオーディオの世界は僕たちのようなおじさんばかりの空間で、若い方や女性が入りにくい世界になっちゃっていたなって、僕たちも思っていたんですよ」
なんと! 中の人たちもそう思っていたとは!
展示されていたのは、小型スピーカー「KS-55HG」。PCデスクなど限られたスペースにも置けるサイズながら、ボーカルの息遣いまでしっかり届くと高い評価を得ているモデルだという。
「座ったほうが良さがわかるから!」
「とりあえず座って、座って」
気づけばもうひとり担当者が現れ、ふたりがかりで椅子を持ってきてくれた。

なんだか親戚の家に来たかのような気分になりながら、スピーカーの前に座ってみる。
すると素人耳でもすぐにわかった。
「あ、これ、本当はこの大きさのスピーカーじゃ聞けない音だ」
スマホほどのサイズにもかかわらず、音に厚みと広がりがあり、コンサートホールで聴いているかのような余韻。自然と目を閉じたくなる。そんな心地いい音がした。

担当者は、「サブスクで気軽に音楽を聴ける時代だからこそ、スピーカーを導入してみてほしい」と語る。
「それだけで音の世界ががらりと変わりますよ。映画を観るときにも、おすすめです」
そう言われて、映画やアニメを“ながら見”していた自分を再度反省した。
さらに話は「音は耳だけで聴いているのではない」という方向へ。もはやオーディオを超えた話になっていたが、いずれにせよ筆者の頭の中は、ひとつめのブースにして“音の世界”への興味でいっぱいになっていた。
【ナガオカ】ビートルズが目の前に現れる!? 深すぎるレコード針の世界
オーディオに疎い筆者も、昨今レコードが注目されていることは把握している。ただ、盤面に落とす“針”にも様々な種類があるとは知らなかった。
訪れたのはナガオカのブース。担当者に聞くと、繊細さと迫力の両方を備えた音を楽しめる「MP」シリーズの全ラインナップを持ってきたという。

「価格はピンキリ。でも高いほどいいというわけではないんですよ。人によって音の好みは異なりますし、音楽のジャンルによっても聞こえ方は変わりますから。OTOTENのブースでは、レコード針の聴き比べをできるようにします」
高価なオーディオ機器を揃えなくても、針を変えるだけで音色はまったく変わるらしい。
なかでも気になったのが「モノラル針」だ。担当者が目を輝かせながら、こう言ったからである。
「モノラル針で聴くビートルズはヤバいです。ぶっ飛びますよ」
モノラルは音に広がりがないぶん、音がドカンと真っ直ぐに伝わってくるのだという。「1960年代に録音された音なのに、去年録音したの? というくらい、みずみずしい音がするんです」。さらに担当者は続ける。
「流した瞬間、目の前にビートルズが現れます!」

オーディオショップでもレコード針の試聴はできるそうだが、素人が気軽に試すにはハードルが高い。
「だからこそ、ぜひOTOTENで試してみてください。私たちはレコードに触ったことがない人でも入りやすいブースを目指しているので、常にドアも開けっぱなしにしていますから」
「でも、ビートルズは聴けないですよね?」と確認すると、「おそらくうちの上司が持ってきますよ!」とのこと。
本当に目の前にビートルズが現れるのか。会場で体験してみるしかない。
【オンキヨー】音で酵母の活動が変わる!? 音楽を聞かせながら醸した酒
すでに「想像していたイベントとだいぶ違う」と感じてはいたが、その思いをさらに強めたのがオンキヨーのブースだ。
行ってビックリ。スピーカーもアンプもない。並んでいたのは、日本酒にワイン。酒しかない。どうやら“音楽を聴かせて作った酒”らしい。

筆者は普段、GetNaviでお酒の特集を担当している身。醸造設備内に音楽を流す酒蔵があることは知っていた。だがオンキヨーの取り組みは、発酵中のタンクに音楽を“振動”として伝えているのだという。
「振動を与えることに効果があるの?」と半信半疑だったが、聞けば東京農業大学との共同研究だという。東京農大といえば、酵母研究において国内トップクラスの大学。一気に真実味を帯びてきた。

「振動を与えることで酵母の挙動に変化が起きるんです。それにより、同じ原材料で造ったお酒でも味わいに変化が生まれます。実際に実験で証明されているんですよ」
ということは、曲によっても味が変わる?
「おそらくそうだとは思いますが、まだ証明できてはいないんです。でも多分、酵母にも好きな音楽があると思うんですよね」
なんともロマンチックな答えが返ってきた。“酵母の推し曲”気になるぞ。
あいにく今回の発表会では試飲ができなかったが、OTOTEN2026の会場では試飲できるようにするとのこと。酒好きは要チェックだ。
【鹿島建設】もはや人の“気配”まで!? 建設会社が作るスピーカー
OTOTENには、一見オーディオと関係なさそうな企業も出展する。そのひとつが鹿島建設だ。日本を代表する建設会社だが、ブースに置かれていたのはまさかのスピーカーだった。

「建設会社がスピーカー?」
疑問に思って聞くと、実は同社は20年以上前から音響にまつわるビジネスを展開してきたのだという。数々の音楽ホールの設計・建設を手掛け、音響建築にまつわる技術を磨き続けてきたらしい。
このスピーカー「OPSODIS 1」には、英国サウサンプトン大学と共同開発した立体音響技術が使われているという。ものは試しとスピーカーの前に座ってみる。

突然、背後で音がしたかと思えば、前や真横、遠くに近く……360度あらゆる方向、異なる距離から音が聞こえてくる。真横をクルマが通り過ぎる音が聞こえたときは、思わず避けたくなった。
そして最後に、耳元でささやき声がしてドキリ。実際に隣に誰かがいるような、“気配”まで感じられたのだ。
イヤホンやヘッドホンならまだわかる。だが音の発生源は、目の前のスピーカー1台。しかもブースは単なる会議室のような空間で、壁や天井に仕掛けがあるわけでもない。え、どういうこと?
理解が追いつかず、脳が混乱している。この驚きの空間をぜひ会場で体験してほしい。
【由紀精密】人工衛星にも使われる切削技術から生まれたターンテーブル

海賊映画に出てくる宝箱のようにも見えるこの筐体。何かわかるだろうか。
「人工衛星です」
そう教えてくれたのは、茅ヶ崎に拠点を置く金属加工メーカー・由紀精密の担当者だ。
「なぜ金属加工メーカーがOTOTENに?」と思いながら机の上を見ると、映画『2001年宇宙の旅』に出てきそうな近未来的な金属装置が置かれている。聞けば、それはターンテーブルなのだという。

由紀精密は金属の切削加工を得意とする会社で、宇宙ステーションの船外で有機物を捕獲するユニットや人工衛星の設計・組み立て、医療機器や時計に使われる部品などの製造を行っている。
「今年で創業76年と歴史のある会社なのですが、基本的にBtoBのビジネスを行っているので、会社の名前が表に出ることがあまりない。そこで“由紀”の名を冠した製品を開発することになったんです」
最初は半導体関連の製品を作ろうとしたが、プロジェクトリーダーを務める担当者が、いまひとつ面白いと思えなかったという。
「リーダーである自分が夢中になれないのはまずいぞと思い、自分の大好きなオーディオ関連の製品を作ることに切り替えたんです」
そうして生まれたのが、このターンテーブルだ。
「強みである“削り”に特化した設計なので、とにかく剛性が高く、振動の影響をまったく受けずにすみます」
残念ながら今回は試聴できなかったが、「低い音を鳴らしたときに音のこもりがなく、低音でもすべてのメロディーラインが聞こえると言われることが多い」とのこと。
なおハイエンド・オーディオなこともあり価格は390万円。昨今の部品費高騰により、近々値上げ予定とのこと。OTOTEN2026の会場では試聴可能だ。
オーディオは意外と「怖くない」。未知なるオーディオの世界に飛び込む絶好の機会
最後が駆け足になってしまったが、それもこれも各ブースの話が面白すぎて、つい長居してしまったためだ。まさかオーディオに無知な筆者が、こんなに楽しめるなんて思っていなかった。記者発表会でこの調子ということは、「OTOTEN2026」の会場にはどれほどのワクワクが詰まっているのだろう。
ブースを回って強く感じたのは、どこも初心者ウェルカムのアットホームな空気に満ちていたこと。そしてどのブースも、専門用語なしで特徴や魅力を伝えるのが実にうまい。
固く閉ざされていると思っていた門戸は、びくともしないどころかフルオープンだった。だからオーディオのことはよく知らないという人も、安心して参加してほしい。きっとそこには、未知なる世界に出会う感動があるはずだ。
【OTOTEN2026】
会期:2026年6月19日(金)〜6月21日(日)
※6月19日は来場者人数限定、有料のプレミアムデー。20日、21日は無料で入れる一般公開日(事前登録制)
会場:東京国際フォーラム(ガラス棟全域)
主催:一般社団法人 日本オーディオ協会