クマを森へ放す学習放獣とは?
森の中で響き渡るカレリア犬の大きな吠え声はクマ追いにはぴったりなのだろう。犬の優れた嗅覚でクマを見つけ、「近づくな!」とばかりに吠えてクマを森の奥へと追いやり、人里へ下りてこないようにハンドラーと共にパトロールをしている。にもかかわらず、夜間や早朝にゴミをあさりに人里に入り込んでしまうクマもいる。軽井沢では仕掛けた檻にクマが入ることがしばしばあるそうだ。
そして、捕らえたクマを再び森へ放すことを「学習放獣」というのだそうだ。檻に捕らえたクマはいったん麻酔注射で眠らせ、このとき首輪式の電波発信機を取り付ける。放獣のあともそのクマの動向を観察できるからだ。
さて、檻は中が見える鉄格子のものではなく、中は真っ暗な赤いドラム缶だ。放獣の日、そのドラム缶に向かってブレットはワンワンと激しく吠え立てる。クマには人と犬の怖さを感じてもらわなくてはならないからだ。
そしていよいよ放獣だ。
ロープを引っぱると、とびらが持ち上がりました。
ワン!ワンワンワンッ!
ホウ! ホウッ! ホウッ!
純平さんやスタッフが全員より集まって、声を上げます。出ろ! ブレットは大声でそう言っているようです。
あッ、黒いかたまりがとび出しました。一瞬、(どっちへにげようかと迷ったように)立ち止まり、そのままミズナラの枝をくぐりぬけ、いちもくさんにカラマツ林へ向かって走りました。バクチクが投げられ、花火とゴム弾が打たれます。ブレットはからだじゅうに力をみなぎらせ、もうぜんとおとを追いかけます。
「ゴー!(ゆけ!)ブレット。」
(『クマを追え!ブレット 軽井沢クマ対策犬ものがたり』から引用)
このときリードを腰のベルトに繋いだ田中さんも一緒に走るそうだ。リードを放せばブレットはどこまでも追いかけてしまうからだ。そして山の斜面の途中で「リーブ・イット!(はなれろ)」と言ってブレットに追いかけをやめさせる。そうやってクマにここからそっちならいいよと教えるのだ。
ブレットはやさしい家庭犬でもあった
ベアドッグとして活躍するブレットだが、田中家の愛すべきペットでもあったようだ。幼い三人の娘さんともブレットは仲良しで、庭でボール遊びをしたり、抱きついて一緒にころがったり、とても楽しい日々を過ごしていたようだ。
ところが、普段はとても元気で勇敢なブレットだが、実は“てんかん”持ちだったのだそうだ。100頭に1~2頭はあるという犬のてんかん。ブレットも3週間に一度くらいの頻度で突然倒れ、痙攣で苦しんでいたという。獣医である田中さんの奥様、そして子どもたちが、その度に「大丈夫だよ」とやさしくブレットの背中をやさしく撫であげた話には涙が出る。
この夏も軽井沢でブレットの後輩たちが活躍する
その後、この本が発行された翌年、ブレットは急性骨髄性白血病で9歳という若さで天国へ旅立ってしまった。まだまだ、ベアドッグとして活躍できたのに……。田中さんもご家族もさぞ悲しんだことだろう。
が、その後、ブレットの後継者としてアメリカからやってきたタマとヌイックいう2頭のカレリア犬がクマ追いの役目を受け継いでいる。
同時にピッキオでは“ベアドッグ繁殖プロジェクト”も始動し、今年はじめにアメリカからやって来た雄犬と雌のタマとの交配が成功。この春、タマが6匹の子犬を産んだという嬉しいニュースが飛び込んできた。国内でのベアドッグの誕生はこれが初めてだそうだ。
これからも軽井沢のカレリア犬たちは、人とクマの共存のために大活躍してくれることだろう。
【書籍紹介】
クマを追え! ブレット 軽井沢クマ対策犬ものがたり
著者:田中純平(協力)、あかいわしゅうご
発行:学研プラス
軽井沢でたびたび目撃される野生のクマ。クマたちがすむ自然と地域の住民を守るためにアメリカ生まれのブレットとハンドラー田中純平さんが立ち上がる。飼育が難しいベアドッグのブレットと暮らしながら、家族、住民、自然に向き合う田中さんとの感動の記録