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2016/6/1 16:30

【価格はカンで決めた】2万5000円のトースターを10万台売った社長に直撃! 「バルミューダ ザ トースター」が爆売れする理由

バルミューダといえば、二重構造の羽根をもつ扇風機やWファン構造の空気清浄機、タンクレスの加湿器など、他に類を見ない家電製品を開発してきた会社である。そんな同社が発売した約2万5000円のトースター・BALMUDA The Toasterが爆発的なセールスを続けている。今回は、バルミューダの代表取締役社長・寺尾 玄さんに、同製品が大ヒットしている理由を直撃取材。さらに同社の商品開発、販売ポリシーから自身の経営哲学まで、じっくり話をうかがってきた。

 

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クチコミを介してユーザーの裾野が広がり予想をはるかに超える売り上げを記録

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↑本製品開発のヒントは雨中のバーベキュー。水分を含んだパンを焼いたら、完璧なトーストができたと語る

 

BALMUDA The Toasterは、バルミューダが発売した初のキッチン家電。昨年6月の発売以降、累計約10万台を超えるヒットを続けており、これは発売当初の予想の2倍の売れ行きだという。いまも予約2か月待ちという状態が続いており、人気にかげりが見える気配もない。

 

これまでのトースターといえば、2000円~5000円台の商品が主流。そこに圧倒的高価格の製品を投入し、爆発的ヒットを記録したことは業界の大トピックとなった。バルミューダ社長の寺尾 玄さんは、同製品のヒットに関して、「ある程度の勝算はあったものの、その規模は想定を超えていた」と語る。

 

「我々の商品はいつも、商品開発時に年齢や性別のターゲットを想定しません。そもそも『ベーシックな家電』を作っているつもりで、同じジャンルの家電を買うならよりよい体験を求める、“感度の高い層”をターゲットと考えているんです。今回も、発売当初に買っていただいたお客様はそういう方々だった。ところが時間が経つにつれ、そこからどんどん裾野が広がっていったと感じました」(寺尾さん)

 

裾野が広がった要因として、寺尾社長が挙げたのが「クチコミ」。購入者がブログやSNSだけでなく、日常会話の中で同製品で焼いたトーストのおいしさを語り、ときには自宅に招いて実際に食べさせたりといったこともあったようだ。

 

「そういう現象は過去に発売した製品では起きなかった。なぜならトースターは、扇風機などとは『楽しさ』のレベルが違うから。キッチン家電、キッチンツールは『作る楽しみ』と『食べる楽しみ』の2段階なんです。また、『実感』が湧きやすいのも強み。風の違いより味の違いのほうが断然わかりやすいですから。これは開発時から意識していて、プロモーションでも試食会を多くの場所で行いました。でも結局、購入した方々が最高のプレゼンターになってくださいましたね」(寺尾さん)

 

 「世界一のトーストを食べたくない?」と聞かれたら誰でも興味を持つんです

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↑BALMUDA The Toaster(2万4732円)。独自のスチーム技術と細かな温度管理で、至高のトーストを作ることができる

 

同製品は爆発的ヒットを記録したことにより、瞬く間に「高級トースター」という新ジャンルを確立。だが寺尾社長は、企画の立ち上げ時から高級トースターを作ろうとは一度も考えていなかった。

 

我々が考えていたのはただ、『世界一のトーストをお客様に食べていただこう』ということだけ実際、『2万5000円のトースターほしいですか?』と聞いても、多くの人は『いらない』と言うはずです。『なんでそんなに高いのが必要なの?』ということになるんです。そういう質問の仕方では、人はもう動かない。でも、『世界一のトーストを食べてみたくないですか?』と聞かれたら? そこまで言い切れる製品ってどんなものか、みんな興味を持つんですよ」(寺尾さん)

 

「世界一のトースト」実現に向け、同社が着目したのは「スチーム」。庫内に水蒸気を投入、パンの表面を水の膜で覆い、パン内部の水分やバターのうまみを閉じ込めて焼いていく。また、センサーによる温度管理で焼き加減を絶妙に調整。1秒ごとに庫内温度を検知しながらパンを3つの温度帯で加熱することにより、外はサクサク、中はふっくらモチモチの食感、そして風味豊かな味を実現した。パンの種類ごとに最適な加熱パターンに調整することも可能だ。

 

製品デザインではトーストを焼く「楽しさ」を喚起することを意識。バルミューダらしいモダンデザインから、クラシックなテイストにシフトすることにした。

 

「結局おいしいトーストは、カッコいいトースターから出てきてほしくない。おいしいものが出てきそうなのはどこかと、社内でディスカッションしたんですが、そのなかで出てきたのが『魔女の宅急便』のおばあさんの家にある、『ニシンのパイ』が出てくるオーブンでした。まあ、あれはただ壁に扉が付いただけなんで、実際のモチーフにはなりませんでしたが、『ああいう雰囲気のものを』というのでたどり着いたのが今回のデザインです」(寺尾さん)

 

さらに今回は、宣伝の仕方でもかつてない戦略を取った。広告のグラフィックスにおいて、製品を表に出さなかったのだ。

 

「ポスターでもウェブの宣伝ページでも、パンの写真だけ出てて、その下に『BALMUDA The Toaster』と書いてある。トースターの写真は出してないんです。それをあらゆる現場で徹底しました。ここまで徹底してやったのは、この製品が初めてです」(寺尾さん)

 

みんなにモノが行き渡った時代に売れるのは「いい体験」だけなんです

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↑トーストは外がサクッ、中はふっくらもちもち。普通の食パンも格段においしくなる

 

そうした商品開発から広告宣伝まで、すべての中心にあるのは、「人が買うのはモノではなく体験である」という“信念”だ。

 

いまの時代、もうただの『モノ』は売れない。洗濯機は壊れたら買いますが、壊れてない家に洗濯機を売るのは大変です。昔はみんな持ってない時代があって、そのときは作れば作るほど売れたんです。その状況が変わったから、大手メーカーでさえもこんなにキツくなっている。いまは基本的に市場自体がないので、そのとき人々は何を買うのか。バルミューダの場合、それは『いい体験』だと考えます。『いい体験しか売れない』と思い込んで、それが本当かどうかまだわかりませんが、その『いい体験』を提供することだけ考えているのです」(寺尾さん)

 

そもそも、同社がキッチン家電に取り組んだのも、この「モノより体験」という信念によるものだ。

 

「体験とは五感で感じたことを脳がまとめたもの。例えば、テレビの向こうで起きることは『体験』とは言わない。では、テレビで見るのと体験の違いは何かというと、テレビから受け取るのは視覚と聴覚だけなんです。体験は、それに加えてニオイをかいだり風を感じたりして初めて『体験』になる。この『五感で感じるかどうか』が、体験かそうでないかの境目。そう考えたとき、逆に五感すべてを使う行為は、実のところすごく希少で、『食べる』がそれに相当することに気づきました。味覚ってほとんど使わないので。そこで、体験を売る会社なら、『食べる』ことに関わればその思いをフルに発揮できると考えたわけです」(寺尾さん)

 

いい意味で差別感が出せて購買意欲を動かせる2万円台ってヤバいんです!

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↑チーズトーストモードは上火が強め。蒸気がチーズ表面の乾燥を抑え、香りも豊かになる

 

ところで、今回の取材でぜひ聞きたかったのが、2万5000円という価格設定について。売れてから改めて思うのだが、この価格が絶妙なのだ。そこで、寺尾社長にその根拠を単刀直入に質問したところ、なんと「価格設定の根拠は自分のカンです」との答えが返ってきた

 

「『世界一のトーストが食べられる道具っていくらぐらいかな』と考えて、『8000円じゃ安いな』『5万円じゃ高いな』みたいな。2~3万円ってヤバいんですよ!(笑) 購買意欲を動かしやすいんです。これが4~5万円だと意味が変わってくる。他の商品と比べて高いという、いい意味での『差別感』を出せて、しかも払えない金額ではない2万円台に付けるのは、価格設定としては相当イケてますよ」(寺尾さん)

 

寺尾社長によると、これまでもバルミューダ製品はすべて「カン」に基づく価格設定で商品企画を立てていた。ただ、少なからず原価計算での失敗も多かったという。

 

「作っている最中に、売り値が企画に収まらなくなるんです。なにしろ、世界最高のものを作ることしか考えてないから。でもそれって、『モノ』のことしか考えてなかったんですよね。だから企画が成立しなくなる。そうじゃなく、要はお客様が快適さ、満足感を得られればいい。そういった考えで商品を作れば、設定した売り値の商品はできたと思う。BALMUDA The Toasterの場合は、企画時に『世界最高のトーストを食べていただく』という縦軸と、『だいたい2万5000円ぐらい』という横軸があった。そこで今度は2万5000円を目指して、当然会社としてきちんと収益を出さないといけないんで、収益の出る原価を設定し、それに向かって開発を進めました。それが今回はすごくうまくいきましたね」(寺尾さん)

 

メーカーや小売店の表示価格に意味はなく社会が価格を決めるんです

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↑チーズトーストはチーズの味がより濃厚に。パン自体もふわふわの焼き上がり

 

ユーザーに「絶品トーストを食べる」という体験を提供する同製品は、購入前こそその価格に驚くが、使ってみれば多くの人が価格にも納得。なかには、2万5000円以上の価値があるという人もいる。

 

「『2万5000円以上の価値がありますか』と聞かれたら、私も『ある』と答えると思います。でなきゃこんなに売れるわけがない。そもそも『価格』とは売買が成立したときにはじめて決まるもの。メーカーや小売店はとりあえず価格表示しているだけで、売れないとその価格には何の意味もない。価格を決めているのはユーザー、つまり社会なんです。だから重要なのは、社会的な感覚で『値付け』ができるかどうか。マーケッターの感覚が一般的かどうか。社会に受け入れてもらえる価格がどれくらいかというのは、結局ユーザー側の感覚を持ってなきゃダメなんです。私自身、その感覚を忘れたら終わりだなと思います」(寺尾さん)

 

ちなみに、この「値付け」の仕事は社長の仕事の中でもっとも怖い業務のひとつだとか。

 

「BALMUDA The Toasterのときも、『これは1万9800円じゃないか?』とか、最後の最後まで迷いました。しかも私はこれまで、この値付けを何度も外していますから(笑)。もちろん商品企画会議では、社員と『高い』やら『安い』やらと毎回大激論をしています。でも結局のところ、どれが正解かはわからない。それで最後にGOサインを出すのは私。誰かの提案だったにしろ、決済して、『じゃあ投資しよう』とお金とスケジュールを動かすのは経営者です。そのとき自分の直感が問われる。そこでGOしたことの是非が、その商品が社会に出たときにわかるんです。いわば、毎回社会にジャッジを問うてるんです。イヤな仕事ですよね、そういう意味では(笑)」(寺尾さん)

 

チャレンジの第一歩を踏み出せない人は何を怖がっているかよく考えるべき

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↑自己破産をするよりも、再起不能になることのほうがよっぽど恐いと本人は語る

 

新製品を企画するたびに、会社経営に関わるリスクをおって「値付け」を行う寺尾社長だが、最近では心配することに慣れすぎて、「胃が痛くなる」こともないという。

 

「胃痛は慣れると本当になくなる。『慣れる』というのは、腹のくくり方に慣れてくるんです。『最悪どうなるか』と考えたとき、大したことにはならないとわかる。せいぜい会社が倒産して、自己破産するぐらい。不治の病になるのと、自己破産するのと、どっちがイヤですか? 要するに、『どっちが再起できるか』。自分がまだ何かをやりたいときに、自己破産は大したことじゃない。死ぬわけじゃないですから」(寺尾さん)

 

寺尾社長には、自己破産しても何度でも立ち上がれる自信がある。バルミューダの名を世に知らしめた扇風機・GreenFanを発売したときも、銀行からまったく融資を受けられないなど、大ピンチの連続だった。そんな瀬戸際をくぐり抜けてきからこそ、持つことができる自信だ。

 

「うまくいったときは『自信』になるし、失敗したときは『学び』になる。ただ、大きいチャレンジをしないとどっちも起きない。その大きいチャレンジを躊躇させるのは『恐れ』です。チャレンジしたいけど、なかなか一歩を踏み出せない人は、何を怖がっているかをよく考えたほうがいい。自分が恐れているのは何か、よくわからないままに恐れている人が多いけど、そのとき起きることって実は、あんまり怖いことじゃないと私は思うんです。インターネットで自己破産ってどういうことか調べてみればいい。金融機関からお金を借りれないとか、そのぐらいじゃないですか。そのときは別のところから調達すればいいだけ。会社が作れないわけじゃないんです」(寺尾さん)

 

【寺尾 玄さんプロフィール】

バルミューダ株式会社代表取締役社長。モノ作りを独学で学び、2003年に会社設立。2010年に発売したDCモーター搭載の扇風機・GreenFanなど、独創的な家電を販売し続ける。

 

【URL】

BALMUDA The Toaster 製品ページ https://www.balmuda.com/jp/toaster/