第21回 自分から小さく崩れてみせる/燃え殻「もの語りをはじめよう」連載

ink_pen 2026/5/18
  • X
  • Facebook
  • LINE
第21回 自分から小さく崩れてみせる/燃え殻「もの語りをはじめよう」連載
燃え殻
もえがら
燃え殻

1973(昭和48)年神奈川県横浜市生まれ。2017(平成29)年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetfliexで映画化、全世界に配信、劇場公開もされ、大きな話題に。小説の著書に『これはただの夏』、『湯布院奇行』エッセイ集に『すべて忘れてしまうから』『夢に迷って、タクシーを呼んだ』がある。

第21回 自分から小さく崩れてみせる

 昨日、ハイボールを二、三杯飲んで気持ちが大きくなって、そのままラーメン屋でつけ麺を食べ、完食したあと、二軒隣のラーメン屋でまたつけ麺を食べてしまった。

 五十を越えてそんなことをしたら、次の日、というかその夜から、胃もたれ必至なことはわかっている。ただ、そんな日をたまに設けないと、ストレスは溜まるだけ溜まって、胃もたれ以上の不調が自分を襲ってくるので、たまに出来る範囲で無茶をすることにしている。

 なにを食べると鉄分が摂れるかは、すぐにネットで調べることができるが、ストレスを発散するには、なにを食べたらいいのかは、なかなかヒットしない。

 その回答は、食べ物というより、「適度な運動と睡眠」くらいのことになりそうだ。思春期の性欲の発散方法くらい、絵空事っぽく聞こえ、それで乗り切れたら苦労しないよ、と言い返したくもなる。

 個人的には、ストレスがフルマックスに溜まったときは、パンチの効いたジャンクフードを、ムシャ喰いするか、いつもなら買わない無駄な買い物をしてみる、ということが効く気がしている。

 中でもペヤングを食べているとき、僕はこれ以上ない背徳感を感じる(いい意味で、いやそのままの意味で)。

 ジャンクフードでしか分泌されない物質が脳にはある気がする。それがいいことかは、まあ置いとくとして……。

 知り合いのデザイナーは、「俺はペヤングを食べるとき、かやくなどは捨てて、素ペヤングにして食べる」と豪語していた。混じりっけなしのジャンクフードをいただきたい、ということらしい。

 またある女性の編集者は、昼にペヤング、夜は『天下一品』の日を月一で設けていると教えてくれた。久しぶりに真似をしてみたいと思える生活習慣だった。

 そういう無茶をする日を適度に設けないと、こんな先行き不安で物価高、かつ不穏な世の中を渡っていける気がしない。大きな自堕落は取り返しがつかない。小さい自堕落をこまめにこなしていくほうが安心安全だ。

 昨日、ラーメンをハシゴしたあと、無駄にサングラスを二つ買った。レンズの濃さが違う同じ形のサングラス。かなり贅沢な買い方だと思って、買ったとき、気持ちがスーッと落ち着くのがわかった。

 借金をしてまで買いたい、というような買い物依存症までにはならないが、ときどきそういうことをして、気持ちを落ち着かせている。濃淡が多少違うサングラスを、玄関の鏡でかけ比べて、どちらをかけるかを選ぶ、無駄な時間が人生には大切だ。

 多少の贅肉あっての人間味。多少の贅沢は、人を人としてたらしめる。

 ここだけの話、昔、まだ僕がサラリーマンをやっていた頃、季節の変わり目にふと休むことが恒例だった(自分の中で)。

 会社には風邪だと言って休み、横浜スタジアム近くのビジネスホテルに泊まったことは、二度三度ではない。別になにかそれ以上の悪さをしたわけではないが、ちょっとした背徳感が気持ちを落ち着かせてくれた。

 陽が暮れて、煌々とライトが点った横浜スタジアムを眺めながら、冷えた缶ビールをプシュとやり、グビグビと飲んだときの気持ち良さは格別だ。「いま、自分がここでこうしていることを、この世界の誰も知らない」という開放感。そんな踊り場のような時間が、人生には必要なはずだ。

 仕事をつづけていく上で、イヤなことを少なくしたい、くらいの考えでなにかしらの行動を起こしてみる。仕事の中で「この業務は嫌いじゃない」くらいのものを見つけ、それを毎日育てていく。

 そのビジネスホテルに泊まったときは、だいたい中華街まで歩いて行って、四川風麻婆豆腐あたりを肴に、ハイボールかなにかを二、三杯飲むというコースが定番だった。

 あるとき、一軒目の店を出たあと、中華街では珍しいカウンターだけの店にすぐに入店したことがあった。次に入ったその店で、今度は炒飯と春巻き(or 水餃子だったかもしれない……)を注文した。そして紹興酒をボトルで頼んで、鼻歌まじりにグラスに注ぐ。

 そのとき、店主が僕に訊いてくる。「お客さん、今日サボり?」と。「わかります?」ニコニコで僕は応える。「たまに来るよ〜、お客さんと同じニコニコ顔の人」そう言って、大根餅をサービスしてくれた。

 たまに、後々回収できるくらいの無茶はしたほうがいい。

 少し贅沢で無駄な買い物も、気持ちをスーッと楽にしてくれる。そういうものが、人生にはあったほうがいい。

 大きく崩れないために、自分から小さく崩れてみせることも重要だ。

 日常使うメガネは二つしか持っていないのに、サングラスに関しては八つもある。たまにそれをテーブルに並べて、しみじみと「無駄だなあ」なんて思うとき、しっかりと溜飲が下がる。こっそり、そういう小さな自堕落を、日々に取り入れていったほうがいい。

 実は言わないだけで、こっそりみんなやっているのかもしれないけれど。

 

【燃え殻「もの語りをはじめよう」】アーカイブ

イラスト/嘉江(X:@mugoisiuchi) デザイン/熊谷菜生

Related Articles

関連記事

もっと知りたい!に応える記事
Special Tie-up

注目記事

作り手のモノ語りをGetNavi流で