お菓子やビールなどの食料品分野では商品個々に名前が付けられていることが多いですが、家電分野で名前が付いている製品はごく一部で、多くはアルファベットと数字の組み合わせの「型番」で表記されています。
ネーミングでいうと、たとえばエアコンや洗濯機など、シリーズ展開している製品のブランド名は多いですが、個々に名前をつけるとかえって煩雑になることもあります。
そんななか、商品名が大ヒットを導くひとつの要因となった家電製品があります。それは、ドウシシャの健康家電「ゴリラシリーズ」です。「ゴリラのひとつかみ」から始まったゴリラシリーズは2026年9月時点で32アイテムまで拡大し、シリーズ累計販売台数は400万台(2026年7月末時点)に達しました。
この大ヒット家電、ゴリラシリーズはどのように生まれたのでしょうか。ネーミングを中心に、その秘密を紐解きます。

ネーミングの着想は失敗から始まった
「ゴリラシリーズ」の成功の歴史は、たった一人の若手社員から始まります。
2022年にドウシシャに入社した水島英恵さんは、大阪で1年間営業を担当した後、2年目にして東京の家電商品部に転属になり、いきなり「ふくらはぎをケアする家電を作りなさい」と指示されたといいます。
「『近々開催される展示会にそのサンプルを展示したい」という話になり、時間がないなか、急いで工場に試作品を発注したのですが、そこでとんでもないミスをしてしまったのです」(水島さん、以下同)
ゴリラのひとつかみの原型となる、ふくらはぎを空気圧でケアするアイテムを試作したところ、エアーの圧力と時間設定の指示を間違え、ものすごく痛い製品ができあがってしまったそうです。入社2年目のまだ新人ともいえる立場の水島さんにとって初めての経験。適正な数値なんてわかるはずもなかったのです。
「展示会まで日がなく、やり直しをしている時間はないので、どうしようと焦ったのですが、工場に作り直しをお願いするにしても、ちゃんと試して具体的に指示する必要があると思い、とりあえず定格使用時間の10分間を試してみました。そうしたら、器具を外したときの解放感と気持ちよさが、これまでのサンプル品とは圧倒的に違うことに気づいたのです」
そのとき、『失敗した』から『この痛みが魅力的な商品価値になるのではないか』と瞬間的に頭が切り替わったのです。ただし、ふくらはぎに布を巻くだけのシンプルな見た目なので、この魅力を伝えるためには、商品名や見せ方に工夫が必要だと感じ、そのまま上司に相談しに行きます。
「上司に『こんなおもしろいサンプルができました』と見せたのが金曜日。上司からは『考えをまとめて週明けの月曜日の会議でもう一度プレゼンしなさい』といわれ、土日にずっと頭を悩ませていたのですが、日曜日の夕方、西日が差し込む自室の中で、ピンとひらめいたのです」

それが、“ゴリラ”。アナウンサーの研修で、現場リポートする際には中高生でも理解できる表現を使いなさいと指導されるという話を思い出し、それならば動物を使って表現すれば誰にでも認知されやすいのではないかとひらめいたそうです。
「ゴリラって握力がすごく強かったなと思って調べたら500kgもありまして、これはいけると。でも500kgでつかまれたら足が粉々になるから、“ちょっとつかむ”というイメージで“ひとつかみ”を加えました」
そうして、ほかにも候補を4つほど考えて月曜のプレゼンに臨みました。
「最後の5番目に“ゴリラのひとつかみ”案を出したら、上司がクスっと笑ったんです。その瞬間に、これは行ける! と確信したのです」
想定より10倍多い注文で営業と無言のハイタッチ
もともとドウシシャには、ものづくり指針として『ENJOY精神』があります。E=ええやん、N=なんでやねん、J=自分、O=おもろいやん、Y=やったらええやん、の頭文字を取ったもので、情熱やワクワク感を大切にしながら、自由な発想で商品開発をするという企業風土が存在しています。この企業風土に、「ゴリラ」の商品力とネーミングがぴったりハマったわけです。
しかし、直属の上司に背中を押されて意気揚々と参加した、営業部門も加わった事業部会議では、まさかのノーリアクション。熱いプレゼンが終わっても誰も何も話さない。
「ネガティブな雰囲気ではなかったんです。片足用だけで売ります、とても痛いです、名前はゴリラですと、企画書の内容がこれまでになかったことの連続だったので、ほかのスタッフは皆一様に、なんとも判断しづらいという表情でした」
売れるかどうかわからず、イエスともノーとも言い難い雰囲気。水島さんは諦めきれずに会議で説得を続けると、事業部長から「自分が行きたい得意先にアポをとって、営業してきなさい。そこで、買いますといわれたら、GOサインを出す」といわれ、さっそく大手ディスカウントチェーンのバイヤーに会いに行ったとのこと。

「営業担当と2人で5アイテムを持ち込んで商談に臨みました。最初の4アイテムに対するバイヤーさんの反応がちょっと鈍かったのですが、最後にゴリラのひとつかみを出したら、ものすごく興味を持ってくれたのです。バイヤーさんとしても、ちょうど女性向けの健康商品の品揃えを厚くしようと考えていたところらしく、タイミングがよかったこともありました」
当初は300個も注文が入れば成功と考えていましたが、その場で3000個の注文が入ることに。「帰りのエレベーターの中で、営業担当者と無言でハイタッチをしました。ああ、これは絶対に売れる、と確信した瞬間でした」。
ネーミングを活かすために、業界の常識に反したパッケージと展示
商品力とネーミングを活かすための見せ方にも水島さんの発想力が光ります。
通常、健康家電製品は展示台に見本品が1台置かれ、その下に化粧箱に入った製品が並んで販売されることが多いのですが、ゴリラのひとつかみはそのセオリーを覆し、パウチパックで売ることにしたのです。

「入社2年目だから、業界の常識はいい意味で理解していませんでした(笑)。当時、大ヒットしていた機能性ソックスが業界の常識を覆し、商品訴求ポイントが印刷されたパウチパックで売られていたのを思い出し、ひと目で商品の特徴がわかり、女性も手に取りやすい、かわいらしいデザインのパウチを考えました。加えて、売り場の“面”を取るために、健康家電ではあまり見ないダンプ什器も導入しました」
商品名どおり、パッケージにはゴリラがふくらはぎをつかんでいるかわいらしいイラストを採用し、なかの商品のカラーがわかるように小さな透明の小窓を取り付けました。社内からは、パッケージに製品写真を載せるべきでは? との意見も出ましたが、それでは魅力が伝わらないと考えイラスト化。これも業界の常識に反した施策でした。
さらに、輸送箱を開梱すればそのままディスプレイ台になるダンプ什器を採用することで、量販店のスタッフが迅速に商品を陳列でき、加えて、一定のスペースを必ず確保できるようにしたのです。
「商品を横に2列並べて幅30cmのダンプ什器を作りました。これにより、店頭で確実に30cmのスペースが確保できるようになったのです」
驚くのが、これらの施策はまだ製品ができあがっていない段階で企画されたこと。発注の失敗から付けたネーミング、そのネーミングを活かし、商品の魅力を伝えるためのパッケージ、そして売り場展開。これらを、入社2年目の水島さんが一人で企画していったのです。
シリーズ展開するも、商品力がないと“ゴリラ”を名乗れない
結果はご存知のとおり。初めての製品発表会でゴリラのひとつかみは、ひとりのライターがSNSで発信したものが大バズリし、大手ECサイトでは軒並み在庫切れ、発売1か月後には10万台を越える受注を実現します。
それまで、ドウシシャの家電事業は季節家電や照明器具が主軸で、健康家電は小さな存在でした。それが、ゴリラのひとつかみで一気にエース事業へと成長していきます。
シリーズ展開により取り扱い製品が増えたため、当初は水島さん一人で担当していた商品企画・開発を「チームゴリラ」で担うことに。水島さんは入社4年目にしてブランドマネージャーとしてチームゴリラの責任者を勤めています。
現在、ゴリラシリーズは25アイテムにのぼり、そのなかには圧着ソックスやサンダル、ブランケット、ジョッキ、水筒、フライパンといった、健康家電の枠を大きくハズレた商品も多数ラインアップしています。

“ゴリラ”というネーミングが独り歩きしているのではないか、まずは名前ありきで商品開発されていのではないか、という疑問に対して、水島さんはこう答えます。
「当社の商品開発ポリシーは、商品力が第一となっています。ネーミングのインパクトに惹かれたり、SNSでバズったりしているから買ってみたのに、使ってみたらガッカリした、というものにはしたくないんです。買ってよかった、使ってよかったと満足いただける商品の開発が第一、その次に、商品のインパクトポイントを一言で伝えられる商品名を考えています」

そのうえで、“ゴリラ”の名付けに関しては、かなりシビアに対応しているとのこと。
「チームゴリラの商品選定審査はものすごく厳しいです。どんどん厳しくなっていって、ちょっとしんどいくらいなのですが(笑)。ただ、お客様の“ゴリラ”に対する期待感は大きいので、その期待を裏切らず、感動につながる商品を選定しています」
ゴリラと名付ければ売れるだろう、という安易な考えは一切ありません。健康家電以外の事業部から上がってきた案件に関しても、チームゴリラが商品企画・開発の時点で監修に入り、“ゴリラ”の名前を冠するに値する商品に仕上げるべく、事業部と一緒に作り上げているそうです。
大ヒットを生み出した商品のネーミングは1つのブランドとして広く認知され、消費者に長く愛され続けていきます。次はどんな製品を作ってくれるのか、どんな価値をもたらしてくれるのか、ブランドのファンは大きな期待を持って次の商品を待ち続けています。ネーミングの重さを水島さんは感じながら、今日もゴリラシリーズの商品開発に努めています。
日本のヒットネーミングが集まるネーミング大賞が開催
GetNaviではネーミングの価値を社会に発信する「日本ネーミング大賞」を応援中。2026年9月1日から、日本ネーミング大賞 2026の募集が開始しています。過去には多くの人が知っている製品、ブランドも受賞。気になる人は公式サイトをチェックしてみてください。

「日本ネーミング大賞 2026」応募概要
応募対象:2025年10月1日〜2026年9月30日の間に、日本国内で販売または提供されている「商品名」「サービス名」「社名」「ブランド名」等で、商標登録がされているもの(※20年前に発売されたロングセラー製品でも、期間内に販売されていれば対象となります)
応募期間:2026年9月1日(火)〜10月10日(土)
応募方法:公式ホームページのエントリーフォームよりオンライン応募
応募費用:ネーミング1件(1部門)につき5,500円(税込)
2026年度地域フォーカスエリア:「広島県」
※地域ソウルブランド部門において、広島県の企業・団体等が商標を持つネーミングの応募費用は無料となります。