「AIを使いたいけれど、どう使えばいいかわからない」。そんな人にこそ届けたい
AI PCへの注目が高まる一方で、多くのユーザーは「何ができるのか」「これまでのPCと何が違うのか」を、まだ十分に実感できていない。そんななか、富士通クライアントコンピューティング(以下FCCL)は、AIを一部の詳しい人だけが使う特別な技術ではなく、誰もが日常の中で自然に使えるものにしようとしている。その考えを具体化した取り組みのひとつが、AI活用支援サービス「FMV AI Plus+」だ。
一方、FMVの製品を生産する島根富士通では、工場内物流の自動化、AI活用による品質向上、生産計画の高度化が進んでいる。ただし、目指しているのは単に人を減らす工場ではない。人にしかできない仕事へ、人材を集中させる工場だ。
AIがPCの使い方を変え、AIと自動化がPCの作り方も変えていく。そのような時代に、ユーザーに届けるPCの価値と、それを生み出す製造現場は、これからどのように進化するのか。FCCL執行役員常務/COOの栗田克彦さんと執行役員常務でコンシューマ事業本部長の高嶋敏久さん、そして島根富士通代表取締役社長の宮下浩之さんに話を聞いた。
取材対象者
栗田克彦さん
富士通クライアントコンピューティング 執行役員常務/COO。社長室長兼法人事業統括
高嶋敏久さん
富士通クライアントコンピューティング 執行役員常務。コンシューマ事業本部長
宮下浩之さん
島根富士通 代表取締役社長
取材の舞台となった島根富士通について
今回の取材が行われた島根富士通では、2026年8月22日に第19回「FMVパソコン組み立て教室」が開催された。同イベントは2006年から続く体験型イベント。小学5年生から中学3年生までを対象に、親子でFMVノートPCを組み立てるほか、工場見学やAIとの対話によるゲーム制作を体験できる。2026年は12都府県から21組が参加した。
今回参加者が組み立てたのは、FMV公式ショッピングサイトFMV Store限定モデルの「FMV Zero」と「FMV Note U」。イベントではPCの内部構造を知るだけでなく、ハードウェアとソフトウェアの両面からデジタル技術に触れるプログラムが用意されていた。
AIを「詳しい人だけのもの」にしない
――Copilot+ PCの登場から約1年が経ちました。PC業界全体がAIを大きなテーマとして動いていますが、FCCLとして、どのような手応えを感じていますか。
栗田:2026年度はWindowsのサポート終了に伴う買い替え需要が一巡し、市場全体としては一度落ち着く局面に入ると見ています。一方で、AI PCの普及によって、PC市場をもう一度活性化できる可能性があるとも考えています。そのなかで、私たちが特に力を入れているのが「FMV AI Plus+」です。Copilot+ PCは、マイクロソフトが提供する標準的なAI体験を提供するPCです。メーカーを問わず利用でき、生産性向上の観点からも非常に重要ですから、業界全体で普及させていくべき領域だと思います。一方、FCCLが独自の価値を提供できるのは、そのAIをお客様が生活の中でどう使えるようにするかという部分です。「FMV AI Plus+」は、まさにそこを支えるサービスと言えるでしょう。
――AIに興味はあっても、プロンプトを書くことに難しさを感じる人は少なくありません。
栗田:そうですね。AIに慣れている人であれば、自分でプロンプトを書き、目的に応じて使いこなすことができます。しかし、実際には「AIを使ってみたいけれど、何を入力すればいいかわからない」「個人情報を入力しても大丈夫なのか」など、まだその活用に大きな不安を感じている方も多くいらっしゃいます。そこで「FMV AI Plus+」では、「何を入力するか」から考えていただくのではなく、「何をやりたいか」からAIを使えるようにしています。AIを使うために、まずAIの勉強をしなければならない……それでは入り口が狭くなってしまいます。特別な知識がなくても、自分の目的から自然にAI活用を始められる。その入り口を広げることが狙いです。
――実際には、どのような人が利用しているのでしょうか。
栗田:詳細な数字は公表していませんが、利用状況はおおむねスタート時の想定通りです。ただ、このサービスを始めたことで新しい発見もありました。当初は、比較的シニア層やAI初心者の方の利用を想定していました。ところが、実際にはビジネスパーソンの利用も非常に多かったのです。仕事でAIを使いたいと思っていても、何から始めればいいのかわからない方や、一つひとつプロンプトを考えることに負担を感じる方がいる。この結果から考えるに、初心者向けだけでなく、ビジネス用途を想定したコンテンツも広げる必要があると感じています。

AI PCの差別化は、NPUの性能だけでは決まらない
――AI PCの時代になると、CPUやNPUといったハードウェア性能が注目されます。メーカーとしての差別化は、どこに生まれるのでしょうか。
栗田:もちろん、NPUのようなAI処理を支えるハードウェアは重要です。ただ、私たちはハードウェア単体で勝負するというより、AIを通じてお客様にどのような価値を届けられるかを重視しています。安心して使えること。長く使えること。特別に意識しなくても、自然にAIを活用できること。さらに、購入後のサポートまで含め、PCのライフサイクル全体を提供することです。スペック表だけでは見えにくい部分ですが、そうした総合的な体験こそが、AI時代のFMVの価値になると考えています。
――その考え方の根底には、FMVのスローガンである「日本のユーザーに寄り添う」という思想があるのでしょうか。
栗田:その通りです。私たちは40年近く日本のお客様と向き合ってきました。そのなかで、日本語環境におけるPCの使い勝手や、日本のお客様がPCに求めることについて、多くの知見を蓄積してきました。また、開発と生産が国内で完結しているため、市場やお客様から寄せられた声を反映する「スピード」にも強みがあります。修理対応の早さも含め、製品を売って終わりではなく、長く安心して使っていただける環境を提供できる。それはFMVの大きな特徴だと思います。
――AI PCへの期待は大きい一方で、Windows OSのサポート終了に伴う大型買い替え需要ほど市場を動かせるのかという見方もあります。
栗田:AI PCの需要は確実に伸びています。ただ、現時点では、サポート終了の大型買い替えサイクルを完全に置き換えるほどの規模ではありません。それでも、AI PCならではの価値が広く伝われば、今後大きな波が来る可能性は十分にあります。これはFCCLだけの課題ではありません。PCというデバイスが、AIによってどれだけ新しい価値を提供できるか。AIを搭載しているというだけではなく、ユーザーが「これまでより便利になった」「PCを使う意味が変わった」と実感できるか。それによって、PC市場全体の成長が決まると思います。
3年連続国内店頭販売台数No.1。その理由は「何ができるか」にある
――FMVは3年連続で国内店頭販売台数No.1という実績を残しています。支持されている最大の理由を、どのように分析していますか。
高嶋:私たちは、PCを単なるハードウェアだとは考えていません。お客様の困りごとを解決するためのデバイスであり、そのためのソリューションを提供する存在だと考えています。もちろん、スペックは重要です。ただ、スペックの高さだけでは、実際の暮らしや仕事のなかでどのように役立つのかは伝わりません。このPCを使うと何ができるのか。お客様の生活がどう便利になるのか。その視点を重視してきたことが、評価につながっているのではないでしょうか。
栗田:もう一つ理由を挙げるとすれば、長年積み重ねてきた軽量化の技術です。FMVは世界最軽量クラスのモバイルPCを実現してきました。これは、単に部品を軽いものへ置き換えれば実現できることではありません。品質を保ちながら、持ち運びやすさを高める。その両立を長年追求してきた結果です。そうした品質や軽量化技術は、メイド・イン・ジャパンのものづくりだからこそ実現できた部分があります。お客様が長く支持してくださっている理由のひとつだと思います。

「作りやすさ」も設計する。国内生産がもたらす距離の近さ
――国内生産の強みは、どのようなところにあるのでしょうか。
栗田:商品企画から生産・量産までの距離が非常に近いことです。新製品を立ち上げる際には、品質保証部門が島根へ入り、生産現場と一緒になって製品を作り込みます。一方、島根富士通から開発部門へ意見を返すこともあります。例えば、「この設計では量産時の効率が良くない」「この構造に変更すれば品質が安定する」、こうした生産現場ならではの視点をダイレクトにやりとりできるわけです。つまり、量産を前提にした知見が、設計段階から製品へ反映されているのです。国内生産というと、「日本国内で組み立てていること」に注目が集まりがちです。しかし本当の強みは、開発と生産が近い距離で意見を交わし、ものづくりのプロセス全体を改善できることにあると思います。
――生成AIは、商品企画や開発のプロセスにも影響を与えていますか。
栗田:もちろん活用しています。新商品の企画段階におけるブレーンストーミングや、アンケート結果の分析では非常に役立っています。一方で、まったく新しいアイデアを生み出すのは、まだ人間の役割だと思っています。AIに新商品のアイデアを出してもらっても、既存の発想の延長線上になりがちです。AIは、答えをそのまま受け取るための道具というより、人間が考えるための材料を増やす道具として有効です。最後に何を選び、どの方向へ進むのかを決めるのは人です。そこは、まだ人間が頑張らなければならない部分ですね。
使う側のAIから、作る側のAIへ
ここまで語られたのは、AIをユーザーにどう届けるか、そしてAI時代にPCメーカーがどのような価値を提供するかという話だ。しかしFMVを支えているのは、サービスや商品企画だけではない。製品を安定した品質で、必要なタイミングに生産する工場の存在がある。島根富士通の製造現場では、AGV(無人搬送車)やAMR(自律走行搬送ロボット)、自動倉庫などを活用した物流改革が進行中だ。さらに、AIによる異常検知や生産計画の最適化も視野に入る。その中心にある考え方は明快だ。「付加価値を生まない工程は自動化する」。島根富士通は自動化によって、何を変えようとしているのか。ここからは、島根富士通・代表取締役社長の宮下浩之さんに聞いた。
AGVとAMRを使い分け、工場内物流を変える
――工場を見学すると、昨年からの1年だけでも、さまざまな変化が起きていることがわかりました。特に印象的だったのが、AMRと呼ばれる自律走行搬送ロボットです。
宮下:私たちは、「工場内の物流」というものについて、基本的には付加価値を生まない工程だと捉えています。これまでもAGVという無人搬送車を活用して部品供給を行ってきました。AGVは、決められたルートに沿って物を運ぶことは得意です。しかし、生産ラインの細かな場所まで部品を届けることには向いていません。そこで、今年の春からAMRをトライアル導入しました。AGVが工場内の基幹ルートを担当し、AMRがそこから各ラインの先頭まで部品を届けます。現在は、それぞれの特徴を生かした仕組みを検証している段階です。
――AGVからAMRへ、すべて置き換えるわけではないのですね。
宮下:そうですね。どちらか一方に統一するのではなく、基幹ルートはAGV、そこから分かれる支線部分はAMRという役割分担を考えています。これまで支線部分は人が担当していました。最終的には、ラインへ部品を供給する「水すまし」と呼ばれる作業を効率化できると考えています。ただし、現在は既存の運用と並行して検証しているため、人数自体はまだ変わっていません。将来的な効率化を見据えた取り組みです。

自動倉庫を6〜8基へ。まず物流から自動化する
――工場内では、部品を収容する自動倉庫も目を引きました。
宮下:昨年1基を導入し、今年さらに追加しました。将来的には6〜8基まで増やしたいと考えています。工場の1階には大量のプリント基板部品がありますが、自動倉庫が8基揃えば、それらをすべて収容できる計算です。必要な部品を指定すると、自動的に出庫される。そうした仕組みを目指しています。
――やはり、物流や運搬の領域から自動化を進めているのでしょうか。
宮下:現時点では、そこを優先しています。運搬そのものは製品の付加価値を高める工程ではありません。一方で、改善できる余地が大きく残されています。人が時間をかけて物を運ぶより、機械に任せられる部分は機械に任せる。その分、人にしかできない仕事へ時間と能力を振り向ける。それが私たちの基本的な考え方です。
――自動化が進むと、これまで物流に携わっていた人の仕事は、どのように変わるのでしょうか。
宮下:日本全体で生産年齢人口が減少しており、島根県も例外ではありません。人材を確保することは年々難しくなっています。そのため、自動化によって人を余らせるという発想ではありません。改善によってできたリソースを、修理や保守部品の製造など、別の重要な業務へ活用することが目的です。仕事を機械に奪われるというより、機械に任せられる仕事を切り出し、人には、より必要とされる場所で力を発揮してもらう。優秀な人材を有効に活用するための自動化です。
36年間蓄積した基板製造技術を、PC以外にも生かす
――島根富士通の特徴のひとつが、PC基板のSMT(表面実装技術)です。
宮下:国内のPCメーカーでSMTを行っている企業は非常に少なくなっています。海外メーカーの場合は、現地工場や中国の製造拠点などで対応しているケースが多いですね。
――その技術を活用し、他社製品の製造を受託する可能性もあるのでしょうか。
宮下:すでにEMS(電子機器受託製造サービス)として、PC以外の基板製造も手掛けています。詳細はお話しできませんが、さまざまなお客様向けに製造しています。私たちは36年間にわたってPC基板を製造してきました。その経験を生かし、高品質な製造サービスを提供できることが強みです。近年はファブレス化が進み、自社工場を持たないメーカーも増えています。また、製造を国内へ戻そうという流れもあります。そうしたお客様をお手伝いするケースはありますが、現時点では、あくまでPC事業を補完する位置付けです。急速に拡大するのではなく、PC製造とEMSを両輪として進めたいと考えています。
国内生産の強さは、危機への対応力にも表れる
――島根に生産拠点を構えることには、災害リスクの面でもメリットがありますか。
宮下:災害が比較的少ない地域であることは、大きなメリットだと思っています。特に地震は少ない地域です。ただし、立地だけに頼っているわけではありません。部品調達では一社だけに依存せず、複数のサプライヤーから調達できる体制を整えています。生産量の変動にも柔軟に対応できるよう、ラインを運営しています。工場としても、防災訓練を含む災害対策に継続して取り組んでいます。災害が少ないから備えなくてよい、ということではありません。
――部材のマルチソース化や、生産量に応じた柔軟な対応は、国内生産ならではの強みでしょうか。
宮下:その面はあると思います。近年は、海外生産に伴う物流リスクや地政学的リスクが注目されています。私たちは国内で生産していることで、変化が起きた際に、より柔軟に対応できる部分があります。国内で作ること自体が目的なのではありません。開発、生産、部品調達、品質管理を近い距離で連携させられることが、サプライチェーン全体の対応力を高めています。
――FCCLと島根富士通との距離の近さは、品質にどのような影響を与えていますか。
宮下:例えば、生産ラインで不具合が発見された場合、島根富士通側で解析し、その結果を開発部門へフィードバックします。それを次の設計改善につなげ、不具合の発生率を下げる取り組みを日常的に行っています。月に一度は品質会議を開き、率直に意見を交換しています。新機種の立ち上げ時にも、「この設計では作りにくい」「こちらの構造のほうが品質を高められる」といった議論を行います。人材交流も活発です。開発と生産がお互いの現場を行き来しながら、設計と製造の両面から製品を作り込む。その距離の近さは、大きな強みです。
2050年に累計1億台。その実現をAIが支える
――島根富士通は、2050年までに累計1億台を生産するという目標を掲げています。実現には何が必要でしょうか。
宮下:基本はこれまでと変わりません。お客様のニーズに合った製品をお届けすることです。そして、その製品を高い品質で、必要とされるタイミングに届けられるかどうか。そこが最も重要です。
――生成AIは、島根富士通のものづくりをどう変えていくのでしょうか。
宮下:大きく二つあると考えています。一つは製造現場です。例えば、画像認識を使った異常検知など、AIによって品質を高める取り組みは、今後さらに増えていくでしょう。もう一つは生産計画です。私たちは最大で20ライン近い生産ラインを運営しています。どの製品を、どのラインで生産するのが最適なのか。その判断は非常に複雑です。これまで人が経験をもとに行ってきた判断をAIが支援することで、より効率的にラインを運営できるようになります。
――製造工程だけでなく、間接業務でもAIの活用が進みそうですね。
宮下:開発部門と生産部門をつなぐドキュメントの作成や、情報整理もAIが得意とする領域です。そうした間接業務が効率化されれば、ものづくり全体のスピードも上がります。同じ人数で、より多くの製品を作る。あるいは、多様なモデルを柔軟に生産する。そのために、AIの活用は欠かせないと考えています。
AIに任せる仕事と、人が担う仕事
PCを使う人に対しては、「何を入力するか」ではなく「何をしたいか」からAI活用を支援する。PCを作る現場では、物流や情報整理などを自動化し、人材をより付加価値の高い仕事へ振り向ける。一見すると別々の取り組みだが、その根底にある考え方は共通している。
人がAIに合わせるのではない。AIを、人が本来やるべきことへ集中するために使う。
商品企画では、AIがブレーンストーミングや分析を助ける。しかし、まだ世の中にない価値を構想し、進む方向を決めるのは人だ。生産現場では、AIが異常検知や生産計画を助ける。しかし、お客様が求める品質を定義し、改善を積み重ねるのは、やはり人である。AI PCという言葉だけを見ると、変化の中心はPCの内部に搭載されたNPUや、新しいソフトウェア機能にあるように感じられる。しかしFMVが描くAI時代のPCは、それだけではない。使い方を支えるサービス、長く安心して使うためのサポート、開発と生産が近い国内一貫体制、そして自動化によって人の能力を生かす工場。そのすべてがつながったとき、AI PCは初めてユーザーにとって意味のある存在になる。
AIは人の代わりに価値を生む存在なのか。それとも、人が価値を生むための力を広げる存在なのか。FCCLと島根富士通の取り組みから見えてきた答えは、後者だった。