第20回 巨人軍
昔、アルバイト先の先輩Tさんが大の巨人ファンで、出勤しての第一声は「昨日、いい試合でしたねえ〜」などと、前日の巨人戦の感想を伝えるのが恒例だった。
Tさんは仕事中とにかく基本不機嫌で、アルバイト全員がTさんの気分によって、その一日が良い日なのか悪い日なのかが決まっていた。
それくらいTさんは幅を利かせていて、恐ろしい存在だった。
アルバイトが辞めるだいたいの理由が、「Tさんと一緒に働きたくない」だったのも納得の不機嫌さだった。
僕は仕事を覚えることよりも先に、「Tさんに好かれないと、この狭い水槽の中で生きていくことができない」と悟って、巨人戦の感想を必ず伝えるという草の根運動を始めた。
すると、基本不機嫌、なにか不具合が起きれば大激怒のTさんが、僕にだけはどんなことがあっても優しく接してくれるようになる。
周りの人たちは、「なぜアイツにだけ優しいんだ⁈」と首を傾げていたが、ただ毎朝、「巨人戦の感想を伝えていた」というだけのことだった。
もちろん僕は、巨人にもプロ野球にも大した思い入れはない。「仕事場」という狭い水槽の中で、息をしやすいようにしたかっただけだった。
ところが、Tさんに伝えるため、毎朝欠かさず巨人戦をチェックしているうちに、巨人の選手の名前を覚え始めてしまう。
対戦相手の選手の名前も覚え出し、だんだん試合内容にすら詳しくなっていった。
「なんでそこでピッチャー交代させなかったんだよ!」「そこはバントじゃなくて強行だろ!」などと意見も出てくる。
Tさんへの感想も、最初は「昨日勝ちましたね」「負けましたね」くらいだったが、「なんであの選手使うんですかね?」「あれは監督の采配を褒めるべきですよね?」と、ただの熱いファントークになっていく。
Tさんも「お前がそこまで突っ込んだ話をするんだったら!」とスイッチが入り、議論は熱を帯びてくる。気づくとTさんと一緒に、東京ドームに巨人戦を観にいくようになっていた。

我ながら社会性がない方じゃない。
子どもの頃から憧れていた職業に就いたことは人生に一度もない。ものを書く仕事も人との出会いの中から、ずるずると始めてしまった。
ただ、せっかくだったら与えられた仕事の中で、自分が夢中になるものを見つけたいと思っている。
いや、最初はそんな高尚なことは考えていなかった。
仕事をつづけていく上で、イヤなことを少なくしたい、くらいの考えでなにかしらの行動を起こしてみる。仕事の中で「この業務は嫌いじゃない」くらいのものを見つけ、それを毎日育てていく。
すると誰かがぼんやりだが、どこかで見ていて、「よくやっている」と声をかけてくれたりする。
その頃には、「嫌いじゃない」が「なんなら好き」くらいに変化していると最高だ。
結局、そのアルバイトを辞めたあとに、僕は巨人戦を観に行ったことは一度もない。Tさんと関係していたときは夢中になれたが、「あくまでも仕事として」好きだっただけなのだ。恐ろしいことに、辞めるまで僕は、自分が本当に巨人ファンになったと思っていた。

我ながら社会性がない方じゃない。
もしくは辟易するくらいわかりやすい性格だ。ただ、生きていると、ほとんどの場合は自分の思い通りにはならない。
一緒に働く人も、環境も待遇も、最初はだいたい提示されたものに合わせていくしかない。「思い通りじゃない」の連続だ。
与えられた環境の中でどう楽しめるか? が人生な気がする。
あのとき、Tさんと一緒に買った、読売ジャイアンツオフィシャルユニフォームは、まだ実家にある。「捨てないで取っておいてほしい」と母に頼んだことすらある。辟易しながらも、自分の中のそういう部分は、生きていく上で大切だと、どこかでわかっている。そのことを忘れないために、あのユニフォームは捨てないことにしている。
イラスト/嘉江(X:@mugoisiuchi) デザイン/熊谷菜生