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2020/11/8 20:00

えちぜん鉄道「三国芦原線」10の魅力発見の旅

【魅力発見の旅⑥】九頭竜川橋りょうから風景が一変する

さて田原町駅からは、福武線の電車も乗り入れし、路線はより華やかになる。平日ならば通学する学生の乗降も多くなる。そして福井大学のキャンパスに近い福大前西福井駅へ。この駅からしばらく、福武線用の超低床の車両が走るために、通常の高いホームと超低床車両用の低いホームが連なるように設けられていておもしろい。高いホームの先に低いホームがあるという具合だ。三国芦原線の電車は最大で2両編成なので、ホームの長さが短くて済む。大都市の電車とは異なるからこそ、こうしたホーム造りが可能ということもあるだろう。

 

福大前西福井駅からは大きく右にカーブして電車はほぼ北へ向かって走り始める。日華化学前駅から3駅ほど福井市街の駅が続く。築堤をあがると、福井のシンボルでもある一級河川、九頭竜川(くずりゅうがわ)を渡る。

↑三国芦原線の九頭竜川橋りょうを渡る三国港行電車。本格的なトラス橋で、1990(平成2)年に現在の新橋りょうが完成した

 

九頭竜川橋りょう手前まで左右に広がっていた市街地は川を境に大きく変る。川の堤防とほぼ同じ高さに中角駅(なかつのえき)があり、視界が大きく開ける。路線の先々まで見通せ、広々した水田風景が広がる。この車窓風景の変化が爽快だ。中角駅の先は視界が開けることもあって、同路線の人気撮影スポットとなっている。

 

筆者も同駅で下車、撮影を楽しんだ。同線の線路沿いはありがたいことに雑草が刈り取られているところが多かった。このあたりも地元の人たちや鉄道会社の配慮なのだろう。もちろん撮影する鉄道ファン向けでは無く、やはり利用者や、住民の快適さを考えて、線路端もきれいに整えているようである。

 

ちなみに中角駅のみ超低床車両用のホームがないため、福武線と相互乗り入れを行う電車は同駅のみ通過する。乗り入れる列車は一応、急行となっているが、三国芦原線内では中角駅を通過する急行列車なのである。

↑中角駅〜仁愛グランド前駅(臨時駅)間を走るMC6101形。水田が広がる同ポイントから中角駅へ電車は勾配を駆け上がる

 

中角駅から一つ先は仁愛グランド前駅となる。この駅は臨時駅で通常の列車は停車しない。停車するのは駅前にある仁愛学園のグラウンドで学校行事がある時のみで、下車できるのは学生に限られる特別な駅だ。ホームだけがあり停車しなかったので、筆者も当初は廃駅かなと思ったが、そんな裏事情がある駅だった。

 

【魅力発見の旅⑦】鷲塚針原駅まで超低床車両が走る

臨時駅の仁愛グラウンド前駅のホームを通過し、次の駅は鷲塚針原駅(わしづかはりばらえき)。田原町駅と鷲塚針原駅間は、福武線との相互乗り入れ区間で、同路線には「フェニックス田原町ライン」という別の愛称がつけられている。

↑中角駅付近を走る福井鉄道の超低床電車F1000形FUKURAM(ふくらむ)。中角駅を通過して鷲塚針原駅まで急行列車として走る

 

さて鷲塚針原駅。超低床ホームが通常のホームと並行して設けられるが、見比べるとその高低差に驚かされる。三国芦原線のように一部区間に、こうした超低床車両が乗り入れるという試みは、今後、検討する都市の例も出てくるだろうが、こうしたホームの整備が必要になることがよく分かった。

↑鷲塚針原駅のホームを見比べる。左は三国芦原線用のホーム。右手は超低床のL形やF1000形用の専用ホームでその低さが際立つ

 

鷲塚針原駅を過ぎて郊外の趣が急に強まる。特に西長田ゆりの里駅から北は、見渡す限りの水田風景となる。

 

ご存知の方が多いだろうが、福井はお米の品種コシヒカリが生まれたところだ。この品種の歴史は古く1944(昭和19)年に誕生した。改良を加えて「越(こし)の国に光り輝く米」という願いを込めて、コシヒカリとなった。コシヒカリの作付面積は全国一という福井県。広がる水田はすでに刈り取りが終わっていたが、きっと初夏から秋にかけては見事な景色が楽しめたことだろう。

↑大関駅付近から望む田園風景。路線の東側、遠方に標高1500m前後の飛騨山地が望めた

 

【魅力発見の旅⑧】廃線マニアにはこの急カーブが気になる

田園風景が広がるのは番田駅(ばんでんえき)付近まで。線路の先を眺めると、大小の旅館、ホテル、そして住宅が建ち並ぶ“街”が見えてくる。こちらが関西の奥座敷とも呼ばれる芦原温泉(あわらおんせん)だ。温泉街が近づくと三国芦原線は左にカーブしてあわら湯のまち駅へ向かう。

 

駅に到着する前のカーブは半径400mとややきつめで、線路はほぼ90度に折れて、進行方向を西へ変える。

 

このカーブはもしかして……? 実は以前に東西に敷かれた線路があり、その線路に合流するように三国芦原線の線路が設けられたのだった。東西に線路が延びていたのは旧国鉄三国線で、国鉄がまだ鉄道院だったころの1911(明治44)年に金津駅(かなづえき/現・芦原温泉駅)〜三国駅間に開業した路線だった。同時に現在のあわら湯のまち駅にあたる芦原駅も誕生していた。温泉街へ向かう観光路線として造られたわけではなく、港湾として重要視されていた三国港へのアクセス路線として造られたのだった。

↑北上してきた三国芦原線の線路は、温泉街の手前でカーブする。左の直線路が国鉄三国線の線路跡。この先、JR芦原温泉駅まで線路があった

 

つまり国鉄の三国線は三国芦原線よりもだいぶ前に開業していて、すでに温泉街への足としても利用されていた。そこに合流するように後年になって三国芦原線が造られたのだった。この国鉄三国線の線路と三国芦原線の線路は芦原駅(現・あわら湯のまち駅)〜三国港間では平行に敷かれた。その後に、太平洋戦争中は不要不急路線として国鉄線が休止、戦後に復活したものの1972(昭和47)年3月1日に正式に廃止された。

 

いわば古くに造られた路線が先に廃止され、後発だった鉄道路線が今に残ったというわけである。

↑あわら湯のまち駅から芦原温泉駅へ京福バスが運行されている。芦原温泉駅は北陸本線にある駅だが、温泉街はあわら湯のまち駅が近い

 

【魅力発見の旅⑨】あわら湯のまち駅近くの芦湯でひと休み

昨今、温泉の玄関口となる駅はクルマ利用の人が多くなったせいか、寂しくなりがち。あわら湯のまち駅はどうなのだろうと思って降りてみた。確かに盛況時の賑わいは薄れているものの、公共の施設や、屋台街があり、夕方はそれなりの賑わいになることが想像できた。

 

余裕があったら、ぜひ立ち寄りたいのが駅近くの芦湯(あしゆ)。足湯といえば通常は「足」に「湯」だが、ここでは少し洒落て芦湯。大正ロマンをイメージした無料の足湯で、泉質豊富な芦原温泉らしく、5種類の湯が楽しめる。利用時間が朝7時から夜11時と、時間を気にせずに入湯できる。旅先でタオルを持参出来なかった時にも、有料で販売しているのがありがたい。

↑あわら湯のまち駅から目と鼻の先にある芦湯。5つの異なる泉質の湯船を無料で楽しむことができて楽しい

 

さてあわら湯のまち駅で気になる表示を発見。構内踏切にあった案内に「“ジャンジャン”がなったらわたらないでください」という表示が。福井では踏切の音を“カンカン”ではなく、“ジャンジャン”と呼ぶようだ。カンカンは決して全国共通ではなく地方により異なる呼び方があると初めて気がつかされた。

↑あわら湯のまち駅で見つけた構内踏切の注意書きには「ジャンジャンがなったら」とあり思わず注目してしまった

 

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