内野聖陽さん主演、森新太郎さん演出による舞台『リア王 -KING LEAR-』が開幕。シェイクスピアの四大悲劇のひとつに数えられる本作に内野さんが挑むのはこれが初。「読めば読むほど、難易度の高さを感じる」と語る一方で、「この戯曲には普遍的なテーマがこれでもかと詰まっている」と内野さん。近年、いくつものカンパニーによる『リア王』の上演ラッシュが続く中、果たして彼らが目指す先とは――。本作に臨む、今の心境を聞いた。

【内野聖陽さん撮り下ろし写真】
“今のうちにやっておかなければ”という思いのもと、自ら戯曲を提案
――ついに待望の『リア王 -KING LEAR-』が開幕します!
内野 お客様に待ち望んでいただけているのならうれしいですね。気合いも入ります(笑)。
――最初に今回の公演の企画を伺って驚いたのが、内野さんにとって初めての『リア王』だということでした。これまで『ペリクリーズ』(2003年)や最近では『ハムレット』(2017年)などのシェイクスピア作品に挑まれていますし、勝手ながら『リア王』も過去に経験されているものと思っていました。
内野 『リア王』に関しては、昨年WOWOWで放送した『連続ドラマW ゴールドサンセット』でリア王役と向き合っている市民劇団の老人役を演じたことがあるんです。もしかすると、その印象が強いのかもしれませんね。
――では、そのときのドラマがきっかけで今回の『リア王 -KING LEAR-』につながったという経緯もあるのでしょうか?
内野 そうですね。ドラマではリア王のハイライトのシーンを分割して撮影していたので、「幕開けからから最後までリアを演じたい!」という思いが湧いてきてしまったのです。また、そんな思いの中ある日突然、東京芸術劇場のプロデューサーから「(シェイクスピアの)『テンペスト』を森新太郎さんの演出でやりませんか?」とオファーを受けたんですね。ただ、自分の中で“『テンペスト』より『リア王』に気持ちが傾いていまして。それで僕のほうから、「だったら『リア王』にしませんか?」と提案したというながれです。
――内野さんからの投げかけだったんですね。そのときの皆さんの反応はいかがでしたか?
内野 最初は「えっ!?」と驚いていました(笑)。でも、森さんがだんだんと「内野さんの『リア王』を見たくなってきた」と乗り気になってくださったんです。
――『テンペスト』と『リア王』では作品のテイストがまるで違う印象がありますから、皆さんが驚かれるのもわかる気がします。
内野 『テンペスト』はどちらかというと少しファンタジックな物語ですからね。実は、あとになって“『テンペスト』でもよかったかな”と少し後悔したり(笑)。というのも、『リア王』は内容的にも体力的にも負担がすごく大きいんです。嵐の中で雄叫びをあげる有名なシーンではかなりのエネルギーを使いますし、終盤になって三女のコーディリアを抱きかかえたりもする。でも、だからこそ、体がまだ動く今のうちにやっておかないと、この先できなくなるかもという思いもありました。

リアを通して見せていく、時代の変容に戸惑う人間の姿
――内野さんが感じる『リア王』の戯曲の魅力とはどんなところでしょう?
内野 やはり人としての“引き際”を描いているところですかね。時代が移り変わっていくとき、人間というのは、どうしても時代に合わせて簡単には変われないところがある。ましてや年齢を重ねていると、それまで自分がこだわって貫いてきた生き方があるわけですから、なおさらですよね。僕自身も、最近では若い世代の人たちが考えていることがわからないときがありますし、極端なことを言えば、怖さを感じたりもする。でも、だからと言ってそのままにしておくと、どんどん自分がダメになっていく。そういったいろんな心情を、僕はリア王にも強く感じたんです。
――確かに、劇中のリア王は古い価値観に縛られています。
内野 「涙の雫は女の武器。男の頬を汚させないでくれ」なんてセリフもあるぐらいですからね。ある意味、男はその時代ごとの価値観の中で生かされているとも言える。そんな男が時代の変容に戸惑っていく姿を『リア王』では描いているんです。
――『リア王』は物語の始まりも衝撃的です。栄華を極めてきた王が、その実権や土地を娘たちに分け与えて勇退を決めた途端、長女のゴネリルと次女のリーガンから追い払われてしまう。
内野 本当に極端だけどオモシロいですよね(笑)。先ほど“引き際”の話をしましたが、この作品にはいろんなテーマが盛り込まれていて、親子の関係性もそのひとつ。こうして戯曲と向き合っていると、親と子どもってもしかしたら一番わかりあえない存在なのかもしれないなと感じさせられます。ふたりの娘の真意を見抜けなかったのはもちろん、三女のコーディリアは唯一、父のリア王を心から愛していたのに、リアは彼女の真心を理解できていなかった。リアの家臣であるグロスターもそうですよね。息子の着飾った善意を取り違えてしまい、その結果、不幸な結末を迎える。一番近いはずの人間が一番理解できていない状態って、今の時代でも変わりませんし、すごく共感できるんですよね。そこも、この戯曲がいろんなカンパニーによって、繰り返し上演される理由かもしれませんね。
――また、今作ではコーディリア役の清水くるみさんが道化も演じられます。この2役のキャスティングには驚きました。
内野 面白いですよね。これは森さんのアイデアでした。「シェイクスピアはきっとこのふたつの役を同じ役者に演じさせていたに違いない!」と翻訳の松岡和子さんを説得したんです。松岡さんも最初は「そうかしら?」と疑問を感じていたみたいですが、セリフの分析をしていく過程で、徐々に「確かにそういう解釈をしたら間違いなく面白くなる!」と賛同してくださって。
――道化はリア王に対していつも皮肉をぶつけていますし、キャラクターとしてはコーディリアと真逆ですよね。
内野 でも、実は重なる部分もなくはない。コーディリアは父親のことを三姉妹の中で一番愛している。その愛情の深さと、道化がリアに向ける心情のふたつが重なって見えたりしますし。それに、他のシェイクスピア作品に登場する道化は主人公たちに対して辛辣だったり、もっと突き放した態度を取ったりするんですが、『リア王』の道化は非常に愛のある描かれ方をしているそうです。だからこそ、きっと同じ役者が演じたんじゃないかという森さんの推測が生まれたわけです。実際、道化が登場するのはコーディリアがいなくなったあとですし、最後にコーディリアが亡くなったとき、リア王は頭が混乱しているのか、「俺の道化が死んだ」という言葉を発している。そう考えるといろいろと辻褄が合う。この2役を同じ俳優が演じるという演出はあまりほかのカンパニーでもやっていない試みですから、お客さんの目にどのように映るのか、僕もすごく楽しみですね。

悲劇的でやるせないけど、どこか共感できる。そんな『リア王』を目指してます
――演出の森さんとは今回で3作目になります。どのような印象をお持ちですか?
内野 前回が2015年の『東海道四谷怪談』ですから11年ぶり。かなり空きましたね(笑)。森さんは、ひと言でいうとものすごい勉強家です。テキストを掘り起こす度合いが尋常じゃないといいますか。それでいて、演出は非常にしつこい(笑)。一切の妥協がありませんから。よく言われるのが、百本ノックをどんな役者にもぶつけてくる。若手に限らず、年上の先輩方にもノックをやっちゃう。そこが素晴らしいですね。また、役者の生理もわかっていらっしゃる方で、何度も繰り返し稽古をすることで、役者の中に新たな表現や感情が芽生えてくるのを待っている。そこまで寄り添ってくれる演出家ってあまりいませんから、その意味でも信頼しています。
――また、開演に向けて稽古も佳境に入っているかと思いますが、稽古を重ねる中で作品への印象に変化を感じるところはありましたか?
内野 この作品で描かれている人間は極端に愚かなんです。でも、極端がゆえに、どこかしら人間なら誰もが持っている本質的なものを描いているんだなと感じるようになりました。実は、稽古に入る前は理解できない部分もあったんです。“どうして、みんなこんなにバカなんだろう”って(笑)。でも、よくよく考えると、自分たちも似たようなもので。そのバカさ加減の幅に差があるだけで、たいして変わらない。それだったらいっそのこと、自分が演じるリア王はとことんイカれたジジイにしてやれ! と思うようになりました(笑)。
例えば、娘たちに向かって「人でなしの鬼ババァ」という言葉をぶつけるんですが、最初は嫌悪感があったものの、今では“いいねぇ、それ!”って心の中で思っています(笑)。今の時代はそこまでの怒りがあったとしても、口に出すことが憚られるでしょ。そうした、コンプライアンスでがんじ搦めになった今だからこそ、誰もが言いたくても言えない思いをリア王に成り代わって痛快に放っていこうかなと思っています。
――それもある種のリアリティですね。
内野 まさに。この作品には“リアル”が本当にたくさん詰まっているんです。長女のゴネリルと次女のリーガンは王から奪うように土地を手に入れますが、それだけでも充分なはずなのに、どんどん欲深くなり、その結果、共闘していたはずがやがて仲違いしていく。これも遺産相続争いでよくありそうな話ですし。そうした人間のいやらしい部分も森さんは容赦なく見せていくんだろうなと思っています。
――ゴネリルやリーガンがやっていることは親への裏切りですが、幸福や安定を得るための手段として捉えると、もしかしたら彼女たちの行動を肯定的に見る世代もいるのではないかという気がします。
内野 それもきっとあるでしょうね。この十数年で人が持つ価値観が大きく変わっていきましたけど、さらにコロナ禍を経験したことで、働くスタイルや人間の関り合い方にまで変化が起きました。でも、この状況に戸惑っている人たちもたくさんいるはずで。そういった方たちにも響く作品にしたいなという思いがあります。内容自体は非常に悲劇的で、やるせなさもありますが、どこか共感してしまう。そんな僕たちが目指す『リア王』を森さんや共演者の皆さんと探っていきたいですね。

舞台『リア王 -KING LEAR-』
9月21日(月・祝)~10月4日(日)
場所:東京芸術劇場プレイハウス
(STAFF&CAST)
作:ウィリアム・シェイクスピア
訳:松岡和子
演出:森 新太郎
出演:内野聖陽
前田公輝、井之脇 海、清水くるみ、川上友里、内田 慈
大山真志、永島敬三、和田正人、杉本哲太、山路和弘ほか
(STORY)
絶対的権力者であるリア(内野聖陽)は、自身の老いとともに、王位と領土を3人の娘たちに分け与えることを決意する。長女のゴネリル(川上友里)と次女のリーガン(内田 慈)たちから語られる愛の深さに幸福を感じるリアだったが、三女のコーディリアは甘い言葉だけを並べる2人の姉に苦言を呈す。そして、上手く気持ちを伝えられなかったコーディリアはリアから思わぬ反感を買い、勘当を言いつけられてしまう。一方、見事に領土を得た長女と次女は、その途端に父に対する態度を急変。2人から蔑ろにされ、住む場所すらなくしたリアは荒野を彷徨うことになる。
撮影/干川 修 取材・文/倉田モトキ ヘアメイク/佐藤裕子 スタイリング/中川原 寛

