本人に訊け〜明日からモノ選びや暮らし方が変わるかも。
特別な知識や道具がなくても、早起きが苦手でも大丈夫。東京近郊には、日帰りで行ける面白い山が、実は数多ある。「低山ハイキング」という新提案で山ブームの裾野を広げてきた名編集者、若菜晃子さんが伝える山の楽しみ方に、ブックセラピストの元木忍さんが共感。誰でも次の週末から真似できる、“山のある人生”の始め方とは?

■6冊目
[新版]東京近郊ミニハイク
(若菜晃子・著/小学館・刊 1760円)
■今回の“本”人
編集者・文筆家 若菜晃子
大学卒業後に山と溪谷社へ入社。『山と溪谷』副編集長、『wandel』編集長を経て独立する。著書に『地元菓子』(新潮社)、随筆集『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)など。小冊子『mürren』編集・発行人。
初心者にやさしい山は身近にいくらでもある
――東京から日帰りで行ける、低山ハイキングのガイド本。2008年に発行された『東京近郊ミニハイク』は、あの“山ガール”ブームに火をつけ、登山愛好家の裾野を広げたベストセラーですね。
「ありがたいことに、とてもよく売れました。本の中で紹介している山を歩いていると、本の帯が落ちているのを見つけたことがあるくらい(笑)。その後版権を移して2015年に再版しましたが、昨年2025年に再度内容を一新して『[新版]東京近郊ミニハイク』を発売しました」
――『山と溪谷』の副編集長だった若菜さんが、フリーの編集者になって間もなく手がけたのが本書だったそうですね。ご自身は、昔から山好きだったのですか?
「いえ、そうでもないんです。本が好きで、出版社に入りたくて受かったのが山と溪谷社でした。結果、辞めるまでの15年間で、すっかり山に魅了されてしまったのですが、会社ではやはり経験者向けの山の本を手がけることが多く、かつての自分のような、“山の初心者”の目線で楽しめる本を作りたい、という思いが強くなっていったんです」
――その思いがこの『東京近郊ミニハイク』を生み出したのですね。
「山に関する深い知識がなくても気軽に歩ける山って、実は私たちの身近にたくさんあります。東京近郊だと高尾山が定番ですが、いざ登ってみたら人が多くて疲れてしまって、あぁ、山ってこういう感じなのね……で終わってしまうことってありますよね。せっかく山に関心を持っても、それではもったいない。高尾以外にも素敵な山はいくらでもあるのにな、って」

早起きしなくても行けるお気に入りの寝坊山を探す
――本書では、有名ではなくても行ってみたくなる魅力的な低山が様々な切り口で紹介されていますね。山の初心者は、どんな山を選ぶといいですか?
「私は、早起きしなくても日帰りですぐに行ける山を『寝坊山』と呼んだり、手持ちのスニーカーでのんびり散歩できる山を『スニーカー山』と呼んでいて、初心者の方にはそうした気軽に楽しめる山をおすすめしています。そうやって行きやすい山をいくつか歩いてみると、そのうち自分は『ここは好き』と感じる山がわかってくる。好きな山が見つかったら、今度は違う季節にもう一度登ってもいい。気に入った山はぜひ何度も歩いてみてほしいですね。山には登頂する喜びだけでなく、歩きながら自然を感じたり、自分の頭でいろいろと考え、行動すること自体に無限の楽しみがありますから」
――雪に覆われた高尾山が紹介されていましたが、私にも登れるかもしれないと思ってわくわくしました。
「高尾山のように身近な低山なら、都内に雪が降った翌日に歩けたりします。アイゼンやピッケルがなくても、雪山の景色を体験できるチャンスです」
――本書は、山を知る人の目線で書かれた丁寧な地図や周辺情報など、初心者が知りたいことを見開きで簡潔に網羅した構成も秀逸です。この1冊があれば、電波が届かない山の中でも心強いですね。
「実際に自分の足で歩いてみなければわからないことを体験しに行くのが山なので、スマホの地図や検索結果で知った気になってしまうのが実はいちばん危ない。紙の地図やガイドブックは、山を歩くなら持つことをおすすめします」

人の中にある大切な感覚に気づき、自分を解放する
――実は私自身も数年前から山遊びをしています。戸惑いながらも初めて自分でテントを張った時、そこで感じた土の匂いや炎のゆらめきに、不思議と懐かしさと安堵を感じたのをよく覚えていて。
「とてもよくわかります。人間は古来、身体の中にそういった感覚を熾火のように残してきたのかもしれません。その感覚をもち続けて高みを目指す登山家もいれば、何だか懐かしい、癒されるといった感じが呼び覚まされる元木さんのような人もいる。いずれにしても、人間の奥底にあるそういう大切な感覚を解放してくれることも、山の魅力かなと私は思っています」
――『東京近郊ミニハイク』は、身近な山でもその解放感を味わえることを教えてくれました。 「山が本当に好きな人は、山の高低や有名無名に関わらず、どんな山に対しても謙虚な人が多いんですよ。そういう人ほど、近所にある裏山に足しげく登っていたり、どんな山にも四季折々の表情があることをよく知っている。そんな風に身近な山から、山のある人生を楽しむ人々が増えたらうれしいと思っています」

ナビゲーター
ブックセラピスト・元木 忍
Gakken、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブを経て独立、一貫して本の仕事に携わる。東日本大震災で「本が人の心を支える力」を実感して以来、知と感性を軸に、人生に寄り添う一冊を選び続けている。
※「GetNavi」2026年6月号に掲載された記事を再編集したものです。
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