第22回 美化しすぎる場面が苦手だ
某制作会社の社長Sさんが先日亡くなった。雲の上の人すぎて、一度しか話したことはなかったが、その一度がとても印象深くて忘れることができない。
いまから五年ほど前、打ち合わせのため、Sさんの制作会社まで出向くと、エレベーターが点検中で使用不可になっていた。仕方がないので階段で上がっていくと、Sさんが踊り場でシャドーボクシングをしている。パンチを打つたびに繰り出される「シュ、シュ」の声も様になっていた。
「おつかれさまです」と僕が頭を下げると、シャドーボクシングをしながら、こちらをチラッと見て「今日さ、夜、会食なんだよね、シュ、シュ、最悪殴り合いになるから、いまから練習してんの、シュシュ、最初にこっちから怒鳴りつけて、その場を制圧できるかがポイントだな、シュッシュ」と真顔中の真顔で言う。「ああ……、そうなんですね。お疲れ様です」まったく状況を把握できないまま、僕はそう答えるしかなかった。
たった一度の会話がそれだった。最悪殴り合いになる会食ってなんなんだよ! 何年経っても思い出すたびに、そう心の中で突っ込んでしまう。そんな(どんな!)Sさんが亡くなった。
通夜に参列すると、知り合いの仕事関係者がたくさん出席していた。僕がその方々に挨拶をして回っていたとき、とある知り合いのカメラマンが「本当に温厚な方でした……」と涙ぐんでいた。久々に会ったディレクターも「あんな仏様みたいな人、いないよね」と同意を求めてきた。彼らが目頭を押さえている間中ずっと、僕はSさんが「シュッシュ、シュッシュ」と言いながらシャドーボクシングをしていた光景が頭から離れない。もしかしたら、いつもは温厚で仏様のような人だったのかもしれない。……かもしれないが、仏様はシャドーボクシングをしない気もする。
葬式で故人を悪く言う人はなかなかいないと思うが、あまりに美化しすぎる場面に出会うと、それこそ神聖なものになってしまった気がして倍寂しくなる。いろいろな記憶すら上書きされそうな気がして怖くなる。

祖母のときもそうだった。祭壇に飾られた祖母の遺影は、いかにも穏やかそうに微笑んでいるモノクロの写真。家族で沼津のホテルの中華料理を食べに行ったときのものだった。
あの日、僕は祖母の横に座り、酢豚をパクついていた。ここぞとばかりにモグモグと掃除機のように食べている僕に「そんなに酢豚が好きなのかい?」と、横で春巻きを食べていた祖母が訊いてきた。リスのように酢豚を頬張りすぎた僕は、無言でコクンと頷いた。すると祖母は皿に残っていた酢豚を僕の小皿にきれいに移し「早く全部食べろ!」と小声で言った。
僕はさらに酢豚を頬張り、リス化が進む。祖母は空になった皿を、青椒肉絲の皿に重ね、店員を呼びつけ、一言言った。「すみません、頼んだ酢豚、まだきてないんだけど……」と。ホテルの最上階にあったその店は、その日、とにかく人でごった返していた。「すみません!」と店員は言って、厨房にすっ飛んでいく。
僕は静かに咀嚼し、酢豚を食べ切った。酢豚の形跡が残っていた小皿も、気づくと祖母は、自分の小皿の下に重ねていた。バレそうなものだが、堂々としていて、なんとなく疑えない雰囲気が凄かったのを憶えている。
そして厨房から早足で店員が酢豚を持ってきて、「大変申し訳ありません!」という言葉と共に、僕と祖母の前に置く。祖母は僕に向かってニヤッと笑う。
そのとき向いに座っていた父が「おーい、一枚写真撮るぞ〜」と言って、こちらにカメラを構えた。「パシャ」祖母は二皿目の酢豚を前にして、ご満悦の笑顔。僕もその横でピースサイン。めでたし、めでたし。……じゃない。軽犯罪のあとの一枚。それが祖母に遺影になった。
「いつもああやって優しく笑っていたわよねえ」親戚のおばさんがそう言って、ハンカチで涙を拭う。「見て……、あの穏やかな瞳。みんなで仲良くやりなさいって言ってるんだよ」祖母の従兄弟が頷きながら、僕に向かってそう言った。寄ってたかって神聖なものにしようとする場面が苦手だ。いろいろな記憶すら上書きされそうな気がして怖くなる。

実家の仏壇には、あのときの祖母の遺影が飾ってある。遺影を見るたび、酢豚を違法にゲットして、ニヤッと笑った祖母のことを思い出す。リスのように、酢豚を頬張りすぎていた自分のことも思い出す。
いつまでもいい思い出にならない出来事を、大切に抱えながら生きていきたい。生々しい記憶だけが、その人を思い出すための道標なのだから。

イラスト/嘉江(X:@mugoisiuchi) デザイン/熊谷菜生