空手で終わるのか、柔道になるのか。LBEコンソーシアム「LBEC」が挑むXR市場の標準化とは

ink_pen 2026/8/19
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空手で終わるのか、柔道になるのか。LBEコンソーシアム「LBEC」が挑むXR市場の標準化とは
松井 謙介
まついけんすけ
松井 謙介

さまざまな見せ方で“デジタル製品”の魅力を読者に伝える現在のGet Naviのスタイルを築きあげ、読者人気を支える統括編集長。休日は家族と過ごすイクメンパパでもある。

目指すのは業界共通のガイドライン整備

2026年7月28日、XRをはじめとするデジタル技術を活用して空間全体を演出する「LBE(Location-Based Entertainment)」市場の形成と流通促進に向け、「Location-Based Experiences Consortium(ロケーションベースド・エクスペリエンス・コンソーシアム、以下 LBEC)」を発足し、共同運営を開始することが発表された。

このコンソーシアムの目的は、XRを活用したLBE(Location-Based Entertainment)市場の形成と流通基盤の構築を目指す、というもの。わかりやすく言えば、いま全国で増えているVRアトラクションやXR体験施設の市場を、業界全体で育てていこうという試みだ。STYLYとKDDIを中心に、不動産、鉄道、金融、メディアなど25社が参画し、2030年までに150億円規模の市場形成を目標にするという。

勘違いしないでほしいのは、LBECが取り組むのは「コンテンツ制作そのもの」ではない、ということ。挑むのは、施設条件や安全基準、ネットワーク環境などを整理し業界共通のガイドラインを整備することで、LBEコンテンツを全国へ展開しやすくする「流通基盤づくり」なのだ。最初のゴールは150億円規模の市場形成。正直この数字だけを見ると巨大市場とは言い難い。世界のLBE市場は2029年に約2.5兆円規模へ成長するという予測もあるのに対し、150億円はどうしたって寂しいだろう。

しかし繰り返すが、今回のLBECが作ろうとしているのは「コンテンツ」ではないし、「市場そのもの」でもない。まずは、市場をコンテンツが流れるための「川」を作ろうということなのだ。すなわちインフラ。映画産業で言えば配給網。物流で言えばコンテナ規格。インターネットで言えばTCP/IP。そういうこと。STYLYとKDDIは、規格化が先か、市場拡大が先かというジャッジを見据え、前者を取ったということだ。

XRコンテンツを流通させる仕組み

このニュースを読んでいて、なぜか私は「空手」を思い出した。

空手には、日本空手協会、極真会館、松濤館流、剛柔流、和道流などさまざまな流派がある。それぞれに歴史があり、技術があり、哲学があり、魂がある。これは良し悪しの話ではない。しかし、いったん「競技」として世界へ広げていこうとしたとき、その多様性は時として壁にもなる。それは、オリンピックが証明済だ。

空手は母国開催の東京オリンピックでこそ正式種目になったものの、パリオリンピックでは再び不採用。改めてマイナースポーツの烙印を押されたわけだ。理由はひとつではないが、ルールの統一や競技としての見せ方の多様性は、長年の課題だった。「規格」がないからこうなったのである。

一方で柔道はどうだろう。共通ルールを整備し、世界中どこでも同じ競技として成立する環境をまず作った。だからこそ国際的なスポーツとして広がったのだろう。極端な言い方かもしれないが、今のXR業界も似た分岐点に立っているように見える。ヘッドセットが違う。プラットフォームも違う。開発環境も違う。施設ごとに条件も違う。創成期の産業であれば自然な状態だが、市場を大きくしようとした瞬間この違いは障壁になるだろう。

今回のLBECが目指しているのは「その壁を低くすること」。XR業界を「柔道化していこう」ということなのである。施設の広さや天井高、電源容量、通信環境、安全基準などを整理し、「どの施設でどんなXRコンテンツが展開できるのか」を見える化する――つまりXRコンテンツを作る話ではなく、XRコンテンツを流通させる規格を作る、そうした決意表明の発表会だったわけだ。

もし東京五輪で日本人が勝っていたら…

株式会社STYLY 執行役員/CMOの渡邊遼平氏は、「今求められているのは、コンテンツと多様なロケーションを円滑につなぐための『共通の物差し』」だと語った。映画産業が上映環境や運用ルールの共通仕様を整備することで、作品を国内外へ届ける配給網を発展させてきたように、LBEにおいても業界共通ガイドラインが継続的な流通と市場形成の起点になると説明した。

要は、渡邊さんはアントン・ヘーシンクなのだ。ちょっと違う気もするが、柔道を世界のスポーツへ押し広げた象徴といえるヘーシンクくらいの覚悟と野望を感じる語り口だった。ヘーシンクは言った。「もし東京五輪で日本人が勝っていたら、柔道はローカルスポーツのままで終わっていたかもしれない」。これだ。「LBEをSTYLYだけでやっていたら…」、そうだ。そういうことなのである。

「ここまで来たか」と思った。VR元年と呼ばれてから約10年。デバイスは進化し続け、Apple Vision Proも登場した。空間コンピューティングという言葉も一般化し始めている。しかし、市場そのものが大きく広がったかと言われると、まだ答えはNo。VR・XRが日常のレジャーになっているとはまだ言い難く、どうしても「何ができるかよくわからないよね」の域を脱してはいない。その理由は単純だ。「流通」が存在しなかったからだろう。

どれだけ優れたXRコンテンツを作っても、一つの施設でしか展開できなければ、そりゃ大きなビジネスにはならない。施設が変われば天井高も違う。通信環境も違う。安全基準も違う。そのたびに調整が発生する。そうなればコンテンツホルダーも施設側も疲弊するし、「ちょっともういいです」となってしかるべし。映画でいえば、上映する劇場ごとに映写機の規格が違い、スクリーンの比率が違うようなものだ。そんな状態で市場が広がるはずがない。その意味で、今回の発表は「A giant step」だろう。

「その場所でしかできない」を目指すのか

ただ、私はどうしても引っ掛かる言葉がある。

LBEだ。Location-Based Entertainment。このワード、発表会でも当然のように語られていたが、一般にその意味は「その場所でしかできない体験」と証明されることが多い。しかし、本当にそうだろうか。それは、例えば「実際に富士山頂に登ってのご来光体験」のようなものだ。

XRの本質は、むしろ場所に縛られず、「どこでもご来光体験」ができることにあるんじゃないのか。東京にいながらニューヨークを歩く。離れた場所にいる人と同じ景色を見る。もっと言えば、時空を超えた空間に行くこともできる。XRが私たちに与えてくれるのは、「そこへ行く自由」ではなく、「そこを“持ってくる”自由」なんじゃないだろうか。

そう考えると、LBEとはLocation-Basedではなく、むしろLocation-Recreated、つまり「場所再現型エンターテインメント」のほうがしっくりくる。その場所へ行くことではなく、その場所を再現すること。それがXRという技術の本質だと思うし、価値だと思うのである。

確かに施設一体型のXRはそういう、ロケーション依存の側面もあるだろう。東京ドームシティで体験できる「Space Travelium TeNQ(スペーストラベリウムテンキュー)」の「THE MOON CRUISE」(STYLY提供)は、まさにそういうエンターテインメントだ。でも今後はその「敷居を下げていく」発想が重要なんじゃないだろうか。

だから私は、今回のLBECの発表に興味をひかれるのである。LBEという言葉の定義どおりなら、本来は「その場所でしか成立しない体験」を増やす取り組みになる。しかし実際にLBECがやろうとしているのは逆。ある場所で生まれた体験を、別の場所でも再現できるようにすること。つまりは「流通」なのだ。正直、その意味では、行動と用語にギャップを感じるが、取り組み自体はエキサイティング。もちろん期待も大きい。

流通整備への期待と、まだ残る課題とは

まず、日本が持つ膨大なIP資産との組み合わせだ。アニメ、ゲーム、キャラクター。日本ほど世界に通用するコンテンツを持つ国はそう多くない。流通基盤が整えば、日本で生まれたXR体験を全国へ、さらには海外へ展開できる可能性がある。

二つ目は地方創生だ。商業施設、駅、観光地、空きスペース。XRは必ずしも巨大な新設施設を必要としない。既存施設に新たな価値を付加できる。その意味で人口減少時代の地域活性化とも相性は良い。

三つ目はコンテンツの資産化である。これまでXRコンテンツはイベントで一度披露されて終わるケースも多かった。しかし流通の仕組みが整えば、一つのコンテンツを何度も展開できる。クリエイターにとっても事業者にとっても大きな意味を持つだろう。

一方で課題もある。ヘッドセットはまだ万人向けとは言い難い。運営コストも高い。体験内容によっては集客の難しさもある。そして何より、「XRだから体験したい」という状態にはまだなっていない。映画館へ行く人は映画を観に行く。ライブ会場へ行く人はライブを観に行く。ではXRを体験するためだけに人は移動するのか。この問いに対する答えを、業界はまだ見つけていない。

だからこそ、私は今回のLBEC発足に期待している。技術ではなく市場を語り始めたからだ。成熟した産業には共通点がある。規格がある。流通がある。共通言語がある。それは時に自由度を奪う。しかし市場を大きくするためには避けて通れない。

XR業界は空手で終わるのか。それとも柔道になるのか。誰がヘーシンクとなり、市場を一気に世界に広げるのか。LBECの挑戦は、日本のXR市場が次のステージへ進めるかどうかを占う試金石になる。

LBECが本当に目指しているのは、その場所でしか成立しない体験を増やすことではなく、その体験を全国へ届けることだ。「流通」を目指すなら、「BASED」という“根を張る”のような言葉とのミスマッチをもっと意識したほうがいい。

LBECがやろうとしていることは、「BASED」よりもっと大きな「RECREATED」なのである。「人を場所へ運ぶのではなく、場所を人のもとへ運ぶ」。その思想こそが、XRという技術の本質なのだと思う。

期待は大きい。だからこそ、待ってるぜ! 新時代!!

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