文房具愛好家・古川耕の手書きをめぐる冒険
文房具愛好家の古川 耕さんが、筆記具について解説しながら考察する人気連載。今回は、持ち方に合わせてペン先の向きを調節できる新機構を搭載した一本の万年筆を通して、老舗メーカーならではのモノづくりの矜持を掘り下げる。
凛とした佇まいでキャップ式シャープ<シーン>を支え続けて半世紀
ぺんてる
万年CIL《ケリー》
2200円
高級万年筆の風格を持つ特別なキャップ式のシャープペンシル。どこにでも携帯できるコンパクトなボディと、エレガントなデザインが魅力だ。右は通常モデル、左は文房具を中心に卸販売業を行う「kitera」の限定モデル(3080円)、「レトログリーン」。


店頭に並び続けて55年シャープペン界の異端な古株
今のシャープペンに見慣れた人からすると、ひょっとしたらシャープペンには見えないかもしれない。それくらい珍しい「キャップ式」のシャープペンが、ぺんてるの「万年CIL《ケリー》」です。
その発売は遡ること1971年。今から半世紀以上前ですから、現在店頭に並んでいるシャープペンのなかでもかなりの古株に入ります。万年筆がまだ、日常使いする筆記具のヒエラルキーで上位だった時代。「生きた化石」などという形容はエレガントな本品には似合いませんが、しかし事実として本当にそうした時代に生まれ、そして今なお店頭に残り続けているレガシーな存在なのです。
国産シャープペン史においてもキャップ式は本当に稀少で、ぺんてる社でももう一本あったようですが、それもとっくに終売。トンボ鉛筆の「ZOOM505」や三菱鉛筆の「ピュアモルト」などにもキャップ式のシャープペンはありましたが、それらもすでに販売されておらず、2022年に三菱鉛筆から「クルトガ ダイブ」が登場するまでほぼケリーの寡占状態でした。こう考えると、発売時から変わらぬ外見のまま平然と売られ続けているケリーの異常さがよくわかります。
また、外見と同じくらい洒脱な「ケリー(KERRY)」というネーミングについて今回初めて調べてみたのですが──筆者はてっきりエルメスの「ケリー・バッグ」と同じように、のちにモナコ公妃となった女優グレース・ケリーが由来だと予想していたのですが─実際にはアイルランドのケリー地方に生息する黒毛牛ケリー種から来ていると知りました(そもそもグレース・ケリーの綴りは「Kelly」)。黒軸モデルからの連想でこの名が付けられたそうです。ヘェ〜、牛なんだァ……。さらに、ケリーと一緒に書かれている「万年CIL」という呼称も以前から謎だったのですが、これもついでに判明しました。「万年筆+SHARP PENCIL」で「マンネンシル」と読むんだそうです。
ヘェ〜〜……。

小ぶりで軽快、そして驚くほど端正
さておき、外見も細かく見ていきましょう。まず胴軸の全長はキャップを装着した状態で12センチちょっと、キャップを外して後ろにはめても短くてかわいい。
キャップと軸中央のローレット部は金属ですが、胴軸本体は樹脂製。なので軽くて取り回しやすく、塗装も光沢があってきれい。シャイニーで重みもありますが、重厚というにはあまりに上品でキュート。個人的には、パイロットの名作万年筆「エリート」らと並べたくなるような、どうにも嫌いになれないラインです。
ノックはキャップを後ろに付けた状態でも、キャップを外した状態でも可能。キャップのかかり具合や外すときのほどよい抵抗感、はめるときのパチッという音など、どれをとってもスムーズで、相当な工作精度がうかがえるし、とても丁寧な造りだと感じます。
もちろん、書き心地は最先端の現代シャープとは比べられないものの、実用品としてストレスを感じることはまったくない。何度でも言いますが、本品は55年前の製品です。これが2000円ちょっとで今も普通に売られ続けていること自体、我々はもっと驚くべきなのです。

売り場の片隅を見ればシーンの豊かさがわかる
それにしても、こうしたペンをレパートリーに抱える「ぺんてる」という会社の地層の厚さにはつくづく感心させられれます。
高級化・高機能化が進むシャープペン界では毎月のように新製品が発売されています。ただ、そのなかにあってもケリーのような独創的なペンは滅多にない。シーンの本当の豊かさというのは、こういったペンが生み出され、たとえそれが売り場の片隅だったとしても、長くゆっくり愛され続けることを言うのではないでしょうか。経済的な要請で淘汰を進めるだけでは、いつまで経ってもペンは消費財の域を出ません。しかし筆者は、日本の筆記具に「文化」になって欲しいと願う者です。そのためには「歴史」という縦糸と「多様性」という横糸が織り合わされた〈シーン〉という名のタペストリーが必要で、ケリーはその織布を編み出す編み針なのです。
実際のところ、手書き復権の気運が進む昨今の風潮を受け、かつては「面倒くさい」という一点のみで忌避されてきたキャップ式のペンに復権の兆しがあります(三菱鉛筆「ユニボール ゼント」のシグネチャーモデルの人気もその徴候のひとつでしょう)。この先、シャープペンに限らず、中価格〜高価格帯のペンで、“あえて”のキャップ式が増えていくかもしれない。そのときこそ、いよいよ本格的にケリーに陽の目が当たるかもしれません。
この原稿を書くにあたり、限定カラーのレトログリーンを手に入れて使っているのですが、半透明の軸がさらにノスタルジックな雰囲気を醸し出していて、とても気に入っています。
ケリーには他にも限定モデルが多数あり、海外向けには0.7ミリ仕様なんてのもある。おや、なんだかちょっと集めたくなってきたような……。 今後、限定カラーやコラボ展開、リパッケージの工夫次第で、55年目の再ブレイク、大いにあると思います。

※「GetNavi」2026年4月号に掲載された記事を再編集したものです。
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